おうちのじかん

まきや

第1話


 今日は美香ちゃんの誕生日。


 この日にあわせて、パパは海外出張から帰ってきてくれた。その手に大きなお土産を持って。


 プレゼントは『ドールハウス』。


「アンティークのお店に一点だけ残っていたんだ。大人っぽ過ぎるかもしれないけど、パパの方が一目惚れしちゃってね」


「素敵じゃない!」


 ママが賛成してくれたので、パパは嬉しそうだった。


「ねえ、美香。気に入ってくれた?」


「うん!」


 美香ちゃんは笑顔でパパに抱きついた。



 ドールハウスは本格的で大きかったので、ママに頼んで自分の部屋に運んでもらった。


 ひとりになった美香ちゃんは、さっそくパパのプレゼントをじーっと観察した。


 真っ赤な屋根と白い壁の対比が鮮やかだった。おうちの半分はパカッと外れるようになっていて、素通しになった部屋の中が隅々まで観察できた。


 壁紙は上品なこん色で統一されている。どの部屋にも立派な家具がしつらえてあり、カーテンの柄が部屋によって違うのが面白かった。


 食器棚にしまってあるお皿は、美香ちゃんの小指の爪ぐらいしかないのに、ちゃんと模様まで描かれていた。


 少女が特に気に入ったのは、部屋の飾りつけだった。


 どの扉にもリースがかけられ、椅子やベッドの端は鮮やかなリボンでいろどられている。


「きっとパーティをするんだわ!」


 想像するだけでドキドキする。美香ちゃんの大きな目がキラキラと輝いた。


「主役はあなたなの? うらやましいなあ」


 美香ちゃんはドールハウスの2階の小部屋をのぞきこんだ。話し相手は三つ編みの小さな女の子。ベッドの上で寝ている布製の人形だった。


 前の持ち主が残したものか、リビングにはパパとママの人形の姿もあった。


「みんなで食べるピザとかクッキーの用意ね? 大変そう! 私もやるね!」


 自分のおもちゃ箱からプラスチックの包丁とまな板を取り出し、さっそくお手伝いごっこを始める美香ちゃん。


「すてきな、おうちの時間ね」


 子供部屋の様子を見に来たパパとママは、幸せそうにその様子を眺めていた。




 その日の晩。


 すやすやと寝息をたてる美香ちゃんの横で、小さな光が瞬いた。光のもとは、誕生日のプレゼント、ドールハウスの一室にあった。


 明かりはひとつ、ふたつと増えていき、やがておもちゃの家全体がほんのり明るくなった。


 まもなく部屋の中に人の影が現れた。それは行ったり来たりを繰り返し、ついにはふるふると震え、そして――。


「あなたのせいよ!!」


 キッチンの方から女性の非難の台詞が響いた。精神的に追い詰められた妻の、痛々しい叫び声だった。


 ただ音量はあまりにも小さ過ぎ、ドールハウスの外で寝ている美香ちゃんにはまったく聞こえていない。


「もう何度も言ったはずだ。僕に原因があるのは認めると」


 ソファに座っていた白髪の夫が返事をした。声が疲れており、いまにも消え入りそうだ。


「けど、あのおもちゃにそんな・・・呪いがこめられていたなんて、誰が想像できる?」


 祈りの言葉が出かかったが、夫は口を閉じた。もう神は自分たちを助けてくれないだろう。


「『永遠に家から外に出られず、同じ夜が延々と繰り返される』。すべてはあのドールハウスを家に置いたその日から始まった。僕はただ、娘にプレゼントを買いたかっただけなのに……」


 夫の情けないなげきを聞いた妻が、金髪をふり乱してやってきた。手には包丁を持っている。


 その鋭さを見ても夫は動じなかった。


「無駄なことは止めよう。何度も試したじゃないか。殺しても、殺されても、気づけば僕らは人形となって、この家のベッドで目を覚ます。外に逃げたって結果は一緒だったじゃないか」


「わかりきった風に言わないで!!」


 妻の言葉にならない怒りのののしりを、夫は悠然と聞き流す。


「僕たちが人でいられるのは、夜の間だけ。せめてこの時間を大事に楽しもう」


 悟りきった夫の提案を聞き、妻の怒りは頂点に達した。きびすを返して、飾り棚の上をねめつける。


 視線の先にはドールハウスが置かれていた。中華風の赤い屋根が特徴的で、ちょっとした庭園まであるみやびな造りだった。


 全ての元凶だ。家族をこの場所に縛った呪いの家。


 あのおもちゃの家の中にも、違う建築様式のドールハウスが置いてあった。小さすぎて見えないが、さらにその中にも家があるのだろう。いったい何百世帯の家族が、ここに閉じ込められていることか。私たちのように苦しみ、諦めながら。


 妻はドールハウスを棚から叩き落とし。包丁をめちゃくちゃに突き立てた。


「無駄なことはよそう。疲れるだけだ。そいつは明日もそこに置いてある」


「きゃああああああああ!!!!!」


 突然、天井を突き抜けて若い女の悲鳴が聞こえた。リビングの真上は夫婦のひとり娘の部屋だ。


 肩で息をしながら階段へ向かう妻を、夫が制した。


「ジェーンの発作が始まったようだ。また悪夢を見たのだろう。大丈夫、僕が見てくる。君はそこで休んでくれ……ゆっくりとね。どうせこの家の時間は、まだ終わりそうにないから」





(おうちのじかん    おわり)


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