星渡しシリーズ
埴輪モナカ
星渡しの公衆電話
「なぁ、もう一度会わないか?またお前の顔が見たいんだ。」
そういう自分の声は自覚できるほどに震えている。
「無理だよ、分かってるでしょ?でも、そう言ってくれてありがとう。」
彼女の声も、まるで顔が見えるかのように想像できた。
チリリリ、チリリリ
アラームの音、いつも通りの騒がしい音。手を伸ばして、止めて、起きる。
今日もまた、学生生活が続く。
別のアラームの音、電話がかかってきたので出る。
「おっは~!起きてる~。って電話に出たんだから起きてるか。」
スマホの向こうから朝とは思えないほど元気な声が聞こえる。
「朝からうるさいな。おはよ。」
眠気のせいでそっけなくなってしまう。
「そりゃまぁ、昨日から寝てませんし。」
この声の暗さからさっきのがカラ元気だったのがよくわかる。
「また徹夜でゲームしてたのかよ。今日の授業出れるのか?」
「頑張って出るよ~。隣で寝てたら起こして。」
「はいはい、また学校でな。」
「お弁当作ったからお昼楽しみにしててね~、ちなみに500円だヨ。」
「マジか、楽しみにしてる。」
そう言ってから電話を切った。
女の子のお弁当という単語だけで眠気が飛んだのでさっさと身支度を済ませて家を出た。
歩いて数十分、通っている大学に着いた。予定していた講義に出ると、隣に(あきら)彰が座ってきた。
「おはよ、さとる。昨日テレビで見た話していい?」
「今講義中だろ、この時間くらいまともに集中させてくれ。」
「なんだよー。いつも俺がお前の勉強時間奪ってるみたいな言い方しやがってー。」
「その通りなんだよ。」
「ま、そうだけど。」
「ところでさ、この先生なんだけど。死んだ母親と話した~だとか言ってほかの人困らせてたらしいよ?」
「あの先生いくつだっけ?」
「確か六十。」
「見た目以上に年だな。」
「ほんと、あの見た目で六十とか若く見えすぎる、俺もああなりたいなぁ。」
「美容の秘訣でも聞いてくれば?」
「俺と話したらどう考えても真っ先にさっきの話題振ってくるじゃん、ごめんだよ。」
「あきら、オカルト系好きだろ?」
「俺は偽だってわかったうえで好きなの、あんな確証も何もない世迷言聞いてても疲れるだけだよ。」
「そっか。よっぽど誰かに聞かれたんだな。」
「そーですー、例の絡まれた人たちに絡まれましたー。」
「そりゃお疲れ様。」
そんな軽口を交わしながら講義を聞く。
これ以降は講義が被らないので彰とは別行動だ、集中しなければ。
そんなこんなで昼になった、スマホを見ると有明から連絡が来ている。
『食堂にいるから来て』
『りょーかい、すぐ行く』と返す。
食堂に着くと、机に伏してるアリアがいた。
「おーい、お待たせ~。起きてる~?」
そう聞くと片腕を伸ばして手のひらを開いてくる。あぁ、五百円入れればいいのね。五百円を入れると起きた。
「はいこれ、約束の。」
そっけなく渡してくる。
「ありがとう。昨晩は何やってたの?」
「狩ってた。」
「把握。なんか出た?」
そう聞くと肩を震わせながら。
「出なかったよ!宝玉全然でないのなんでぇ!さとると一緒にやるとさとるばっかり出るのにぃ‼」
「まぁ、物欲センサーなるものが働いてるんでしょうねぇ。」
「ぬぐぐ、オカルト否定派なさとるがそんなこと言うなんて。」
「俺も推しキャラでねぇし。」
少し重い空気。
「それはそれとしておいしいな。」
「ほんと!?休憩ついでに作ってみた甲斐があったよ~。」
そう言って照れるありあの手にはたくさんの絆創膏があるが、気づかないふりするか。
「五百円以上の価値があるからありがたい。」
「次から千円とってやろ。」
「勘弁してくれ。」
と、昼も軽口で済ませる。
午後の授業もありあのお弁当のおかげで集中できて、いつもより満足気味に一日の授業を終れた。 そんな帰宅途中、
「なぁさとる。」
ふいに後ろから彰が現れた。
「うわっ、なんだよ。」
「ちょっと面白い話があったんだよ。」
不敵ににやにやする彼の顔はいつものオカルト話の顔だ。
「いいよ別に、興味ないし。」
「いや、今回は少し面白そうなんだよ。」
「なんだよ『面白そう』って、いつもなら可能性があるだとか言って連れまわすだけじゃん。」
「そう、今回は特別なんだよ。」
「なんだよ特別って」
「そう、今回は・・・」
「いいから、言う気無いなら帰るぞ?」
「分かった言う、言うよ。どうやら、死んだ人と電話ができる公衆電話があるらしいんだ。」
全部聞いてから前を向いて歩きだすことにした。
「待って待って!今回はマジかもしれねぇから!」
「マジなわけないだろそんなん、あってたまるか、亡者にくちなしっていうだろ。」
「死人に口なし、な。かっこよくすんな。」
「それにそんなのあったら・・・。なんでもない。そんなのありえない。俺は帰るぞ。」
「だから待ってってば!ついで!今度計画してる旅行のついででいいから行こうぜ?」
「今度計画してるってことは芦ノ湖か。なんでそんなとこに。てか、なんでその話をお前が知ってるんだよ。」
「多くの人に引かれた情報量なめんな~。で、で、どうする?」
「どうもこうも興味ないって。」
「あぁ、ついでにその場所、絶景で有名らしいよ。」
「まぁ、ついでなら。」
「ちょろすぎない?」
「絶景見るためだ。」
その後、近くのカフェでもう少し情報をもらってから帰った。
その話によると、夜中に金時山方面に向かうと道が開かれるらしい。情報が曖昧過ぎるだろ。
五日後、例の旅行計画は俺の所属している旅行サークル主催のもので、基本的にほかの人は来ないが彰だけ特例でいいらしい。深く聞かない方が吉だろう。
電車を乗り継いで夏の箱根に着く、夏休みという訳でもないので人はまばらだ。
「さて、ここからしばらく自由時間にする。各自楽しむように。18時にはホテルにチェックインしておけよ。」
というサークル長の号令に「はーい」とみんな適当な返事をして散る。半分ほどがチェックインを先に済ませる人たちなので散ると言ってもそこそこだが。
先にチェックインを済ましてから、箱根神社にお参りをする、御朱印ももらう。
背の高い木々が生えるこの場所は、自然の大きさが目に見えるように感じる。
なつかしいな・・・
大涌谷にも言って硫黄を感じる、くさい。でも黒卵がおいしい。これも、懐かしい。
18時まえにホテルに戻ると、○○大学御一行様、と札があり夕食の場所だと分かる。
どうやらついた人から順次に食べていいことになったらしい。という訳でいただきます。
ここの良いところは団体客でも一人一人和食と洋食を選べることだ。それぞれに三種類あるので、俺は洋食のオムライスコースを選んだ、ふわふわの卵と芯まで染みるポタージュがたまらなくおいしい。
芯まで温まったらもう一度、なんて言葉は無いけれど、落ち着いてからは温泉に入った。正直、かなり心地よくてこのまま寝てしまいそうだったが、隣の彰が隣の女風呂を覗けないからと言って聞き耳を立ててる姿は、そのまま写真を撮ってありあに送り付けてしまいたくなった。
ちなみに、ありあも同じサークルにいるけれど、サークル内ではあまり話さない。
さっぱりして風呂を出て、部屋に戻り、グダグダとしていると、ドアを壊すような勢いで彰が入ってきた。
「さとる!そろそろ行くぞ!」
「周囲の人の迷惑だぞ、ドア開けるときは落ち着いて開けろ。」
実際、テンションが上がりすぎてドアを壊した事案が数年前にあったらしい。
「あ、すまん。でもお前、電話のこと忘れたまま寝そうだったろ。」
ぐうの音もでない。
「その顔は図星だな?早く準備していくぞ。」
「りょーかい。」
そう言って渋々支度を済ませる。
支度を終え、扉を開けると、横には長袖長ズボンの彰がいた。
「なんで長袖長ズボンなの?」
「自分だってそうじゃんかよ、分かってるならいいじゃん。」
そう言って歩く彰の後ろを付いて行く。リュックサックの中には遭難しても大丈夫なようにしてあるのだろう、自分もそうなのだが。
二人で黙って歩くこと数分、ありえない光景が見えた。道路の真ん中に下に続きそうな道(穴?)があるのだ。
二人で顔を合わせて、うなづく。
入ると、中は海を想像させるような青。思い出すのは、あいつと行った水族館の水中を切り抜いたかのような景色。壁が青いのではなく、奥行きがあるから青いのだと分かる。
進んでいると、出口のような場所に出た。
さっきまでの道はもともとなかったかのように平原が広がっているだけだが、それ以前に・・
黒い空に輝く星々、月は無い、黒いはずの空は、青く見えたり見えなかったり。見渡す限り平原であり、木も、山も、雲も無い。見えるのはただ続く、風になびく青々とした草。
どこを向いても、絶句するほどの絶景だった。
その中で一点を見ていたのは、それが異様だったからなのか、美しかったからなのか。
そこには電話ボックスがあった、向かい側が透ける、ガラス製の。透ける向こうは勿論、星空。
俺も彰も少し声が出せなかった。
しばらく見入ってから、彰が。
「行ってこい、俺には話したい奴なんていないんだ、幸運だからな。」
少し茶化すように言ってきた。
「あぁ、言ってくる。」
そう言って電話ボックスに進む。電話ボックスだけはよく見るものだ。ただ、公衆電話にはボタンが付いてない、そのまま受話器を取ればいいのだろうか?
少し悩んでから、受話器を取って耳に当てる。
「こんばんは、久しぶりだね。」
聞こえる声は彼女のものだった、声から届く感情は、涙、えがお、困惑。
その声を聴いた自分はまた声が出なかった。告白するべきだった、死んだはずの、大好きな幼馴染。二度と出会えない、二度と話せないと何度後悔したことか。
「・・・本当に、ひさしぶりだね、6年ぶりくらいかな。」
「うん、ちょうど六年だね。」
「寿(こと)は、元気?」
「まぁ、こっちじゃぁ元気も何もないからね。元気と言われれば元気だよ。さとるは?」
「正直、あんまり元気じゃないかな、どっかの誰かが、俺の初恋を壊してくれたせいで。」
「それはごめんよ。死ぬ前だって、まさか幼稚園前の約束を守ってくれるなんて思ってもなかったんだから、だから、うれしかったんだ。死ぬ直前に、あんなに幸せになれる人なんて、私以外にはきっといないから・・・。いろんな人に自慢しちゃお!」
「うん、だから、改めて言わせてほしいんだ。」
「駄目だよ。」
驚くほど真剣だった。
「言ってはいけない、言霊を動かしたら、さとるがこっちに連れてかれてしまうかもしれない。」
「なにを・・・、」
そう言いつつも何となく察していた。
「そろそろなのかな、空が明るくなってきた。」
「ほんとだ、こっちもだよ。」
「ねぇさとる、ここがどんな場所か気づいてるんでしょ?だから、もう行って。」
わかっている。理解かっているけれど。
「寿、もう一度だけ、会おう?また、君の顔が見たいんだ。」
わかってしまっていた。うまく言葉がしゃべれない。
「ありがとう、それだけでうれしいよ。だからさ、これから毎年、お墓に会いに来てね。」
そう告げる彼女の声はだんだんと小さくなっていった。顔は、想像することしかできなかった。
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