幼馴染はラブコメがしたいっ!

夜野 舞斗

真のラブコメって何だろう事件

「よくラブコメにある、昔馴染みの女の子が隣にいて、毎朝起こしてくれるって言うの、あれどう思う? ああいうラブコメってやりたくならない?」

「えっ?」


 夕陽が田んぼのあぜ道とそこを通る僕と一人の少女を照らしている最中のことだった。その少女は黒いストレートヘアーを揺らし、悪戯に笑っていた。

 どうせ、彼女のふざけた発言だと思った。

 高校生になるまでずっと、美伊子みいこという名のちょっとかわいい悪魔に何度も騙されて、いじられてきたのだ。その中に思春期と言える僕の心を刺激するものが何度あったことだろうか。

 「今日は一緒に帰ろ!」や「ゲームで遊ばない!? うちの兄貴と一緒にさ!」なんて言ってくるまでは普通の友人として接していられる。しかし、「最近欲求不満なんじゃない?」だとか「何でも一つ好きなことを聞いてあげる」と言う男子を一瞬勘違いさせるような態度は本当にやめてほしいと思っている。

 僕はクラスの中でも平常キャラで通っているのだ。そんなことされたら、変な声を上げて興奮してしまう。そんな姿を見られて、またクラスメイトや彼女の兄にからかわれる。完全に彼等の中での僕はいじられキャラだ。クールなんて文字は彼等の脳裏に一文字たりともないだろう。

 きっと、先程の言葉に期待の言葉を寄せれば「やっぱ、男の子だねぇ!」と言い、否定の言葉を出せば「またまたぁ、心の中ではこういうの幸せって思ってるんでしょ」と言うだけに違いない。

 何だか思い通りの言葉をもらうのも飽きたので、変な誘いをすることにした。


「じゃあ、今日は姉ちゃんと親はいないし、夕方まではいないけど。来る? お昼寝から起こしてくれる?」


 勿論もちろん、冗談半分。ただ……。


「OK! 分かったよ!」


 指で丸を作って了承する美伊子。彼女のすんなりとした対応に僕は体が震え、その勢いで田んぼに落ちそうになった。


「ええっ!? 嘘っ!?」

「何? いいって言ったのは君じゃん? それとも何か問題が?」

「いや……そのっ……まぁ……」


 思春期の異性同士が狭い家の中二人で過ごすなんていいのか。困ったことは起きないのか。そう悩んだが声は出なかった。たぶん、僕の心の中に最低なむっつりがいる。否定したくないスケベ心が眠っている。

 どうにかこうにかそいつが暴れるのを止めるのに精一杯な僕。僕の中の悪魔が「こういう時は普段できないことをやっちまおうぜ」と。天使は「お風呂に一緒に入る位ならいいでしょ」と。何か天使の方が言ってること、邪悪のような……。

 僕は首を振って、その天使と悪魔を脳から振り払う。

 田んぼから出た後は自分の家に後で来ると言って、そのまま美伊子と別れることとなった。

 彼女がいなくなった後、交差点がある場所まで走って立ち止まった僕。心の中はもうドキドキで気が気ではない。苦しすぎて、これがインフルエンザとかと言われても信じてしまうかもしれない。 

 だから、何度も胸を抑えて深呼吸。取り敢えず、目前の信号が赤から青に変わるが、動かない。そのまま息を吸って吐いて、を繰り返す。

 近所の人と犬が何かヤバいものでも見たかと言うようにささっと通り過ぎっていたが、何かあったのだろうか。

 いや、今はそんなこと、どうでもいい。

 美伊子が……家に来る!


「そうだっ! 家を!」


 楽しいおうち時間を過ごすための準備、その一。

 おうちを片付ける。

 即座に家に帰って手洗いうがいが終わらせる。それからすぐに学生服やプリントが入った鞄、教科書全てを洗濯機の中にぶち込んだ。残りの放置してある洗濯物も全て洗濯機。

 後は普段通りの部屋着ではなく、もっとリッチなものを選ぶ。ギンガムチェックのよそ行きの服などが妥当である。

 それを着てジーンズを付けたら、自分の部屋を掃除機を動かしていく。取り敢えず、何時か買った自動の丸型掃除機もあったから、暴走させておいた。

 

 楽しいおうち時間を過ごすための準備、その二。

 おもてなし、だ。共に過ごすのだから、お茶の準備やらしとかなければ。お菓子はあったかな、と思うのだけれども。適当なスナック菓子しか買っていなかった。

 冷凍庫を見ると大福が幾つか、凍ってる。取り敢えず、それで僕は自分の頭を殴りつけた。よし、痛い、夢じゃない。これは凍ったまま食べるとして、残りの大福は美伊子に勧めよう。 

 何て焦っている間に彼女は来た。ピンポンの後に元気な女子高生の声が聞こえてきた。


「おーい! もう帰ってるよね!?」


 今から始まる。ラブコメという名のデスゲームが。僕の心の中が爆発するか、耐え抜くことができるのか、のとんでも遊戯だ。

 負けたらいろんな意味で死亡する僕。

 ……絶対に負けるものか。僕の沽券を守るためにも、彼女の思う僕のイメージを壊さぬためにも。いや、とっくに壊れてるかもだけれどさ。念のために、ね。

 手のひらに書いた人と言う字を飲み込んでから、玄関に出て落ち着いて彼女に対応した。


「まぁ、散らかってるけど……入って入って」

「言うより問題ないじゃない」


 彼女は持ってる重そうな荷物をぷらんぷらん揺らしつつ、首をきょろきょろ回す。同時に荷物が勢いを持ち、僕の足に当たる。不意を突かれたポカンと僕は飛んでしまった。


「うわぁ!?」


 廊下に倒れ込んだ僕に急いで彼女は駆け寄ってきた。


「だ、大丈夫!?」

「大丈夫だけど、それって中に何が入ってるの?」

「夕飯も食べていこうかと思って! 夕飯の材料とゲームだよ!」

「な、なるほど……!」


 それを聞いて更に実感が湧いた。のだが、同時に次の言葉を聞いてしまった。


「後々、包丁とナイフと日本刀も持ってきたよ!」

「うん!?」


 彼女は鞄から日本刀を取り出すと、僕の方に抜いてみせた。キラリと輝く銀色の刃。

 頬を赤く染めながら、彼女は僕の目を見ずに喋っていた。


「だ、だってラブコメって言ったら、大袈裟に起こすシーンとかあるじゃん。やってみたかったんだよね」

「……ちょっと待て。それ絶対ラブコメじゃねえよ。ミステリーだ!? ミステリーで人を殺めるシーンと彼女が主人公を起こすシーンと混同してねえか!? じゃねえよ、絶対混同してる!」

「昏倒はしてないよ? 起きない君を思いっきり、首を」

「やめぃ! 永遠の眠りになるわ!」


 なんて叫んだところで彼女は刀を床に突き付けてみせた。と言っても、床が傷付くことはない。

 お遊びの日本刀だったから。

 彼女は僕が慌てる様子を見て、また楽しんでいたのだ。


「また慌てちゃって……」

「慌てさせてやろうか……そんなことやってると……そのふざけた……ふざけたくち……」


 呆れた僕は勢いついでに異常な言葉を口にしようとしていた。


「ふざけたくち……?」

「くちび……を」

「ち、乳首……君のふざけた乳首、今は見せてくれなくてもいいからね」

「おふっ!?」


 なのに、滅茶苦茶な勘違いをされた。確かに「る」の発音がうまくできていなかったかもしれないが。ラブコメが好きなら察してくれてもよかろうに。

 えっ!? これ、僕が悪いことになるのかな?

 自分のやったことを省みながら、再び立ち上がる。背伸びをして、少々気分をすっきりさせてから彼女が何をしたいのかを尋ねてみた。


「……で、今からラブコメみたいなのをしたいんだよね?」

「うん。ラブコメ。何だろう。家に来て、とにかく……君のエロ本を探すとか?」

「やめろさい」

「じゃあ、何だろ。ええ、何だ。闇鍋の準備でもする? 食べれるものから食べれない食材も準備してきたけど」

「食べれない食材って、それ絶対鍋ん中に入れちゃダメだからね!?」


 さてはて、言われてみればラブコメとは何をすることなのだろう。

 思い付かない。

 いや、ない訳ではない……。

 一つだけ。

 たった一つだけ真実があるではないか。バーロー。ラブコメ小説のお決まりが、あり……それこそが……。


 思い切ってやっちまえ。

 僕の天使と悪魔と僕自身がそう叫んでいた。

 転んだふりをして、彼女の胸に……いや、そんな最低な事できる訳がない。そう思って彼女の元から去ろうとした矢先、僕は彼女の持ってきた鞄につまづいた。

 彼女のふわっとした胸に触れる。

 わざとじゃない……わざとじゃない……! 僕は逃げようとしたが、もう遅い。


「えっ!? ちょっと!? ええええっ!?」

 

 反射的に彼女は僕の股間を蹴り上げた。クリティカルヒット。彼女は親や兄から危険な時は男の大事なところを蹴りなさいと教育されてきたのではないかと思う程の命中率。

 あわわとなる僕はそのまま辺りを駆けまわろうとして、洗濯機に激突。僕は倒れるのだが。

 同時に鞄やら制服が押された勢いで外に出てきてしまい、僕の中へと降りかかる。

 

「うわぁあああああああああああああああ!?」


 ……女の子にラッキースケベをして、痛い目に遭う。うん、間違いない、これこそラブコメだ。

 おうち時間に手軽に起こせる最低なラブコメだ。

 気を失う中、彼女は苦笑いをしながら言っていた。


「ううん……これで一応、寝ているのから起こすってことはできるけど……このうっかりスケベはずっと寝かしといた方がいいのかな……?」

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