第35話 傲慢の火曜日

 気づけば、肌寒さは一層強まってきている。そういえば、今年は寒さ鈍感になっている自分がいるような気がする。例年、1人でいる時間が長いからか、気温の変化には気付きやすい。ところが今年は、私にしては珍しく、自分以外の誰かと過ごす時間が比較的長いため、気温の変化に注力する意識が少し、ほんの少しだけない気がする。きっと、自分でも知らない自分をたくさん知る機会があって、自分の知らない誰かをたくさん知る機会があって、それどころじゃなかったのだろう。自分の知らない自分、その中で最もわからないが確かに感じるものがある。1人の女性に対して抱いているこのどうしようもない感情だ。今までの私からすると誰かを好きになるなんてことはあり得なかった。人とまともに話したことがなかった私が誰かを好きになるなんて、一年前の、いや、半年前の私でも驚くだろう。もしかしたら、まともに話したことがなかったから、人に対する抵抗力や耐久力がなく、コロッと好きになってしまったのかもしれない。違うな、そんな簡単な感情ではないことは私にもわかる。私は確かに、彼女に惹かれ、好きになった。それだけは、間違いない。どうして人は人を好きになるのだろうか。昨日は「死」で今日は「恋」か。二日続けていくら考えても答えが出そうにない問題を私は考えようとしている。どこかで聞いたことがある。


「恋はするものではなく、落ちるものだ」


 なるほど、今ならその言葉の意味が少しはわかるような気がする。きっと論理や理屈ではないのだ。いくら言葉を重ねても、理由を見つけようとしても、納得できる答えなんて見つかりっこないのだ。気づいた時にはもうその人のことを考えてしまって、その人のことを知りたくなって、その人に一喜一憂されてしまい、それでも構わないと思えてしまうのだろう。全く、恋愛というのは面倒なものだ。だが、最も面倒なのはその気持ちをなかなか伝えられないということである。何度か彼女に気持ちを伝えてみようと、ほんの少し思ったことがあったが、踏み出せる気がしない。しかしこのままではいけない、というか自分で自分に納得できない。伝えなくてもいい、と思っていたが、彼女に聞かれた時、素直になれなかった自分が、何かこう、嫌だった。いつも真っ直ぐ私に向かってくる彼女に対して真っ直ぐになれない私が、嫌だったのだ。気持ちなんて伝えないほうが楽に決まってる。そう思っていたが伝えなくても辛いのは変わらない。伝えることの怖さと臆病になってしまう自分への落胆、伝えないことの辛さと情けない自分への落胆、その板挟みにあってしまうのが恋愛というものなのだろう。


 伝えられていないのは私の伝える努力がまだまだ足りないのではないか。しかし伝える努力とは一体なんだ。言葉を伝えるのに練習なんてあるのか。言葉なんていつだってその瞬間瞬間に自分が思っていること、感じたことを口から素直にこぼすものではないのか。あらかじめ準備していた言葉なんてどこか嘘っぽくて、空々しく、冷たい。ならばやはり、その時に思ったこと、感じたことを素直に吐き出してしまうのが私にできる最大限の伝え方、なような気がする。必要なのは言葉ではなく、覚悟なのだろう。


「どうしたの?難しい顔して」

「そんな顔してますか?」

「うん、なんか心ここにあらずってかんじ、また考え事?」

「ま、まあ」

「せっかくいるのに〜?いつまでこの時間が続くかわからないよ〜?」

「え?」

「いつでもそう思って過ごさななきゃダメってこと」

「あぁ、そうですよね」

 いつまでもこの時間が続くとは限らない、確かにそうだ。永遠なんてない。ならば、早く伝えるべきなのではいか。

「何考えてるかわからないけどさ、考えてもわからないなら、きっと考えちゃダメなんだよ」

「考えちゃダメ・・・」

「そ、きっとそういうのは本当にそれを必要としている時に自然と出てくるものだから、だから、そんなに考えなくても大丈夫だよ」

 私がないを考えているのかわかるはずはないが、彼女の言ったことはスッと私の中に溶け込んでいった。

「そうですね、その時がきたら」

「うん、きっとその時は、もうすぐくると思うよ」

「どうしてです?」

「私の勘!」

「なんですかそれ」

「へへへ〜、結構当たるんだよ〜」

 これまで何度もこの彼女の天真爛漫さ、真っ直ぐさ、無邪気さに救われた。気持ちはそう簡単に伝えられなくても感謝の意は伝えられるのではないだろうか。

「あの、ありがとうございます」

「ん〜何が?」

「あなたは普通に接してるだけかもしれないですが、その何気ない言葉や考え方に自分は何度も救われてきました。あなたは虚言やいい加減なことは言わない。だから直生に聞き入れることが出来るんです。あなたのおかげでほんの少しですが変われた気がします。だから今、言いたくなったんです」

「そっか、もう、私のことをちゃんと知ってるんだね」

「えぇ、知ってます」

「よかった」


 そう呟いた彼女の顔はいつものように私をを真っ直ぐ捉えていたがどこか悲しげで、ほんの少し上がった口角が不自然に見えた。


 そしてやはり、この気持ちは必ず伝えようと、そう決めた。





























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