第16話 強欲の水曜日

 2度あることは3度あるということわざがある。2度起こったことは3度目があるかもしれないため、慎重にことをなさなければならないという戒めの意が込められている。何度もその言葉を聞いてきたがそんなことあるわけがないだろうと高を括って生きてきた。それにどうして2度目と3度目の間だけなのだ、1度起こってしまったことなら2度目の前にも用心はすべきである。逆に3度起こってしまえば安心して気を抜いてしまうではないか。然るに、2度あることは3度ある、ではなく、未だ起こらないこともいつか起こる、に変更すべきだ。いや、断言はよくないな。いまだ起こらないこともいつか起こるかもしれない、にしよう。もはやことわざでも何でもないではないか。

 昨日とは逆の膝を摩りながら私は信号の前にいた。2度あることは3度ある、か。実際にそのような境遇に遭遇したのは初めてだ。いくらことわざを知っていても意識して生活していなければ意味がない。そうだ、3回連続で同じ場所で滑ってしまった私は悪くない。例によって溝口さんも悪くない。雨のせいでもない。よってことわざのせいにしよう。あんなことわざがあるから伏線を回収をするかのように私に不運が舞い込むのだ。ところで、どうして今週はこうも雨が続いているのだ。今朝はさすがに天気予報を見てきた。金曜日までは雨の予報だった。もういっそのこと日曜日まで雨にしてくれれば1週間をコンプリートできるというのに。はて、何がだろうか。明日は滑らないようにしよう。3度あったから気を抜いてしまってはそれこそことわざの思う壺だ。そうはさせないからな、ことわざよ。私は無機物に喧嘩を売る事が多いような気がする。信号といいことわざといい・・・ことわざはもはや概念の話か。まあいい、悪いことばかりでもない、雨のおかげで昨日見つけた傘屋を今日も拝む事ができた。雨の日のみの営業というわけではないだろうが、雨の日に見つけたおかげで雨の時にあの場所を通ると自然と思い出してしまうのだ。記憶というのは実に興味深いものだ。視覚や聴覚、五感全てを司って脳に、海馬にしっかりと刻み込んでくれる。その時と同じような感覚を覚えた時には自然に思い出してしまうほどに。夜中にコンビニまでイヤホンをさして音楽を聴きながらいくと、いつその音楽を聴いても自然とコンビニまでの情景が脳内に浮かんでくるのだ。それと似た感覚だ。

 さきほどのことを思い出して再び感じてしまった膝の痛みが引いてきた時、信号が変わった。雨ということは、向かいのホームの女性は今日もいるのだろうか。いつも私を待っている例の彼女に納得のいくように説明をしなければ答えを確認させてもらえない。今度こそそれなりの根拠のある考察をしよう。私は答えが知りたいのだ。あとついでに、雨の中をうまく歩く方法も知りたい。もう滑りたくない、痛い。

「来たね、少年」

「前から思ってたんですけど、歳、同じですよね」

「まあまあ、いいじゃない、そういうキャラなのよ、私」

「はあ、まあいいですけど」

「それで、納得いくような答えは見つかった?」

 チラッと向かいのホームをみると、今日も傘をさした女性はいた。もう少しだけ観察してから答えを出したかったから好都合だ。

「少しだけ、待ってもらっていいですか、もう少し、手がかりが欲しいので」

「えぇ、構わないわよ、でも、あんまり見過ぎると、変な人だと思われるよ」

「向こうからこちらは見えませんよ、傘さしてますし」

「それはそうだけど、何で傘さしてるんだろうね」

「それを考えてるんですよ」

 今一度傘をじっと観察してみた。そう言えばあの傘、どこかでみた事があるような気がする。高級そうな白い傘、よくみると、傘に何か模様が施されている。模様というか、あれは

「桔梗・・・」

「え?何?桔梗?」

「えぇ、あの傘、よくみると一箇所に桔梗の花が描かれているんです」

「へえ、よく見えるね、そんなもの、やっぱり目がいいのね、あんた。それで、その桔梗が何か関係が?」

 桔梗と言えば思いつくことは1つだけだ。いやでも、ただの偶然かもしれない。それに、あの描かれている花が桔梗だと決まったわけではない。しかしあの模様、傘屋さんの看板に描かれていた花にそっくりなのだ。だとしたらあの傘はあの店で買ったものなのだろう。それなら辻褄が合わせられるではないか。

「ここにくる途中に傘屋さんがありませんでした?」

「え?傘屋?」

「はい、自分も昨日見つけてばかりなんですけど、多分最近オープンしたばかりの傘屋です。その傘屋、桔梗っていう名前なんです」

「桔梗の傘屋・・・か」

「はい、だから、あの女性はそこでお気に入りの傘を見つけて買った。その傘を少しでも使っていたくてホームにもかかわらずさしているって感じではないですかね」

「ふ〜む、なるほど、確かに、この時間、ここにはほとんど誰もこないし、傘をさしていても恥ずかしくないものね。でも、そんな子供っぽいことするようには見えないけどな」

「見た目で判断しちゃダメですよ、あの傘のしたで笑っているかもしれないですよ」

「それはそうだけど、まあいいわ、そういうことにしといてあげる」

「これで少しは納得してもらえましたか?」

「う〜ん、ほんの少しだけね」

「いいですよ、ほんの少しでも」

「ところで、何で傘ってさすっていうんだろうね」

「それは・・・天に向かってさしているってことじゃないですか」

「でもそれじゃあ、さすっていうか向けるじゃない」

「漢字で書くと差す、ですし意味的には間違ってないんじゃないですか」

「ふむ、そうなるのか」

「どうしたんですか、今週は。次から次に聞きたい事が増えてきてますけど何かを試してるんんですか?」

「偶然よ、ふと思っただけ」

「それよりも、答えを確認しに行っても・・・」

 タイミングが悪く電車到着メロディがなった。最悪だ。

「ありゃま、バッドタイミングだね」

「1本遅らせても構いませんけど」

「いいじゃない、明日も雨の予報だし、明日確認しましょうよ」

「わかりました」

 彼女がそういうので仕方なく明日にすることにしたが、できれば早く知りたかった。彼女は見えていないのかもしれないが私には見えたのだ。傘の下であの女性が今にも泣き出しそうなほど悲しそうな顔をしていたのが。それに2度あることは3度ある、だ。4度目はないかもしれない。

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