第14話 強欲の月曜日
天気模様と心の機微は連動していると私は思う。晴れていれば明るく穏やかな心地でいる事ができ、雨の日は少し気持ちがマイナス寄りになり、風の日はどこかに飛んでいきたくなるような気分になり、雪の日はどことなく白々しい気分になってしまうものだ。後半の2つは違うか、違うな。しかし単純に好みの話をすると、雨の日よりも晴れの日の方が好ましく思っている人の割合が高いように思う。なお、実際に調べたことはない。しかし、天気というものは我々にはどうすることもできない。天の神様などという言葉もあるように人の力が及ぶ範囲ではないのだ。雨乞いとかそういう神秘的な話は知らない。全ては神のみぞ知るとこなのだ。なお、神なんて信じていない。従って我々は雨だろうが晴れだろうが空の気まぐれに付き合うしかないのだ。10日ほど前から楽しみにしていた遊園地デートの日に雨が降ってしまい、デートをできなくなってしまった、なんてこともあるだろう。その時の気持ちはどこにぶつければいいのだ。遊園地なんて晴れてなんぼじゃないか。晴れていないとアトラクションにも乗れないし基本は外で楽しむ娯楽施設をずっと傘をさしながら過ごすあの何にも形容し難い気持ちを味わいたくはない。なお、私にそんな過去はない。
だからと言って雨が嫌いかと言われるとそうではないのだ。雨には雨の良さがある。雨の日に傘をさしてひとりで雨の音を聞きながらコンビニに向かうあの時間は好きだ。雨に濡れるのは嫌だが雨の音を聞くのは好きだということだ。正確には雨水が何かに滴ってぶつかるその瞬間の音が好きなのだ。その音はビニール傘と布製の傘のような差でも大きく違ってくる。その音の差も好きだ。まだあるぞ、雨が降っている時は諸々不便な事があるかもしれないが雨はいつかは上がる。止まない雨はない。そういうマイナスな時を知る事でプラスの感情を知る事ができる。苦しい時があるからこそ、成し遂げた時の喜びは大きいのだ。つまり雨は人生を教えてくれる。そう、雨は素敵なのだ。
そう思わないとやってられない。今日の私は手に傘を持っている。いや、傘をさしている。理由は簡単だ。雨が降っているからだ。傘をさしながら信号を待っているこの時間はさほど嫌いじゃない。しかしここにくる前に帰り道にある溝口デンタルクリニックとか言う歯医者の前のツルツルのタイルで滑ったことは許せない。溝口さんは悪くない、これは紛れもなく雨のせいだ。だが私は雨を嫌いになることはできない。雨の魅力を否定したくない。故に一生懸命雨の良さを思い出そうとしていた。その結果のやってられない、だ。まあそう言うなよ、と言わんばかりに信号が変わりやがった。先週少し好きになりかけたがやはりこいつは変わらない。いつだって私の話を遮ってくる。畜生だ。
雨が降っているからか、もはや毎度お馴染みの登場人物となっている駅員さんが今日はいない。そういえば先週の木曜金曜も会わずに終わってしまったからもうしばらく会っていないほどの悲しみを覚えている。え、何、こんなにあの駅員さんのことを欲していたのか、なんだか複雑な気持ちだ。この半無人駅にも流石に屋根くらいはる。階段下は屋根などないが、当然階段の下であるため。濡れることはない。ホームが剥きだしの場所も端っこを除けばトタン板のような質素なものだが濡れることは辛うじて防げる屋根はある。雨の日にわざわざ電車の写真でも撮ろうとして端っこでカメラを構えない限り濡れることはない。ところがだ。
「どうも」
「あら、流石に掃除がない週は早いわね」
「世界史の瀬古のせいで若干遅れましたけどね」
「それでもあんたはゆっくり来るのね」
「それはいいじゃないですか」
「そうね、構わないわ」
「ところで、何をみていたんですか」
「ん?あれみてみて」
彼女に指し示された方を見るとそこには向かいのホームの階段下に傘をさして待っている人がいた。白い高級そうな傘だ。顔が見えないため性別も判断しづらいが、見える限りの特徴的におそらく女性だろう。白いニットシャツの上に灰色のロングコート、そして丈の長いガウチョパンツを履いている。靴は黒いスニーカーだろうか、比較的若い女性のようだが私たちよりは大人に見える。大学生だろうか。しかしこの辺りに大学なんてない。何よりあの場所はこちらと同じで階段下であるため濡れることはない。若干の掃除用具が入っていそうな倉庫が階段下の中途半端に空いたスペースを効率よく埋めるかのように設置されているが、人が待つことに影響はない。なぜ、あの女性はあの場所で傘をさして待っているのだろうか。
「あの場所って、ここと同じで濡れないわよね」
「そうですね」
「なんで傘をさしているんだろうね」
「不思議ですね」
「だよね、すごく気になる」
彼女はその女性を真剣にみていた。自由研究をする小学生のように興味津々な面持ちでその綺麗な瞳でとらえていた。私はそんな彼女の姿に見入ってしまった。
「ん?何?」
「あ。いや、なんか、やけに気になってるみたいですね」
「う〜ん、そうなんだよね、なんか気になるんだよね」
「そうですか」
確かに、変な光景ではあった。しかし考えてもわかる訳が無い。そう言うことは聞いた方が早い。先週学んだ。
「じゃあ、聞いてみますか?」
「いや!」
「は、え、い、嫌ですか?」
「うん、聞かずに考えてみたい、考えてみようよ、そう簡単に答えを知ろうとするのはよくないよ」
なんだこの人、先週とは別人なのか?この土日で何者かに拉致されて脳みその構造に何かしらの変化を加えられたのか。そうなのだろう、そうだと言ってくれ。そうでないと先週の私の感動はなんだったのだ。いや、感動はしてないか。
「どうしたんですか?先週は聞いてみたらって言ってたのに」
「それはそうなんだけど、これは知らなくても私たちには何の影響もないことでしょ?でも知りたくなっちゃったからさ、どうせなら少しゲーム性を持たせてみたいじゃない。」
「いやでも、考えたとしても、答えを知っているのはあの女性だけですし、結局聞かなきゃいけませんか?」
「それは考えてから考える!とにかく今は考えてたい!」
どんだけ考えるんだよこの人は。しかしこれはもう何を言っても無駄なようだ。やはりこの人には敵わない。
「わかりましたよ、では、考えましょう」
「そうこなくっちゃね、勝負ね、どちらが先に真相にたどり着くか」
いや、それこそ聞きに行った方の勝ちではないか、まあいい、受けて立ってやろうではないか。普段コケにされているからこの辺で一矢報いてやる。
「わかりましたよ」
しかし何から考えればいい?濡れない場所で傘を考えている理由なんて、考えつくはずが・・・ん?
「あれ、雨漏りしてませんか?」
「え、どこ?」
向かいのホームの階段下にもフェンスが張られているが、そのフェンス寄りの一箇所にポタポタと水滴が落ちているように見える。
「ん〜、確かに言われてみればそう見えなくもないけど、でも上は階段だよ?階段にも屋根はついてるし、流石に雨漏りはしないでしょ」
なるほど確かに、それもそうだな
「確かにそうですね」
「ていうか、視力いいんだね」
「そうですね」
ずっと1人で遠くを見ながら生きてきたからだろう。アフリカの方の部族は2キロ先まで見る事ができるだとか、聞いた事がある。もはや特殊能力だ。自然の中で生きて遠くを見たり獲物を見つけるために視力が爆発的に進化したのだとか。私もそう言うタイプなのだろう。ここに新しい部族が誕生した。族ともいえないか、私ひとりなのだ、部人?いや。部も違うな、変人・・・?もういい。
「視力はいいですね、両眼とも2.0です」
「へえ、高校生でそれってすごいんじゃない?」
「どうですかね」
「すごいよ!絶対、何で悪くならなかったの?」
「さ、さあ、遠くばかり見て生きてるからじゃないですかね」
「ふ〜ん、そっか」
先ほどの女性のことはもういいのか、一気に興味をこちらに向けてきた。
「それよりも、考えましょうよ」
「あ、そうだった」
その時、電車到着を知らせるメロディが鳴った。これは本当にタイミングが悪い。
「ここまでか・・・」
「そんなに落ち込まないでくださいよ、そんなに知りたかったですか」
「うん、まあ、できれば。だって変なんだもん」
「まあ、そうですけど」
しかしこうなってはどうしようもない。あの女性のために電車を1本遅らせようとも思わない。
「じゃあさ、明日一応考えてこようよ、どうしてあの女性が傘をさして待っていたのか」
一応って何だ、答えがわからないのに考えてきたら煮え切らないではないか。餌を目の前にしているのに「待て」をくらっている気分になる。ちょっと違うか。しかし何を言っても無駄だろう。
「わかりましたよ、考えます」
「よし、じゃあその方向でいきましょう」
何かの会議の後ですか?全く彼女は毎週異なる表情を私に向けてくる。それに振り回されるこっちの身にもなって・・・いやでも、そんなに悪いものでもないな、と思い始めていた。雨から始まる1週間も悪くない。やはり雨は素敵ではないか。
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