第五回 秦瓊が馬を売り 雄信が名を馳せる
詩にいわく、
英雄は難局に落ち、道は通じず
旅先で馬を売ればどこにも行けぬ
ああいつになれば雲に乗って
爪をのばし鱗をきらめかせる飛龍となれるのやら
さて、王小二は秦叔宝を脅しにかかります。
「だんなの馬だって二、三日もしたら餓死しちまうかもしれませんが、わたしにはかかわりないことです」
「そういえば、わたしの黄驃馬を欲しがる人はいるだろうか」
「ずいぶん長いことうちにお泊まりですが、やっとまともなことを考えついたみたいですな。この潞州ではみんな馬を使いますからね。馬を売るなら、銀子が手に入るでしょう」
「ここらの馬の市場はどこらへんにある?」
「西門の大街にあります。夜明け前の五更ごろに市が開かれ、日の出とともにおしまいです」
「明日の朝行ってみよう」
厩舎のほうへ行ってみて、つながれている愛馬を見ますに、脚はやせ細り、腹はへこんで毛ばかりが長いという有様。馬のほうも主人を見て、首を振って涙を流し、話したいことがあるのに何も言えないといった様子。秦叔宝も涙を流して「馬よ……」と言うばかり。のどがつまって何も言えません。ただ長い溜息をつくと、馬をブラッシングしてやり、飼い葉をきざんで食わせてやりました。
この夜は針の筵に座っているような気分、秦叔宝はまんじりともせず、五更に起きだし、出発しようとしました。
馬のほうもちゃんとどこへ行くのか心得ています。家に帰るのなら、馬具をつけ、荷物をかついでから出発するはずですし、ただの散歩であれば夜も明けないうちに出発するわけがありません。腰をおろし、前脚をふんばって、出かけようといたしません。秦叔宝、馬がずいぶん痩せてしまっているので、無理に動かそうとせず、馬の呼吸にあわせてゆっくり引っ張りました。王小二は心根のゆがんだ男なので、馬が行こうとしないのを見て、閂で尻をピシャリをやりました。黄驃馬が痛みのあまり跳ね起きます。王小二は入り口を閉めながら、
「売れるまで戻ってこないでくださいね」
秦叔宝は返事もせず、馬を牽いて西門の市へ向かいます。
馬の市はすでに開かれており、金持ちの子弟が行ったり来たりしております。秦叔宝が痩せ馬を連れているのを見て、ちんぴらどもがあざけります。
「道を開けてさしあげろよ。ガリガリの馬を連れた貧乏人さまがお通りだ」
秦叔宝、これを聞いて馬に言います。
「おまえが山東にいたときはまこと堂々とした馬であったのに。今日はなぜそんなにうつむいているのだ」
それから自分の身を顧みます。
「いまやわたしの服もボロボロだ。支払いの金がわずかばかり足りなかったばかりにこんなことになってしまった。おまえのほうがマシかもな」
これぞまことに、
人は貧しければ声も小さく、馬は痩せたなら威勢なし
食事にありついた猫は虎のごとき強さ、羽が破れたおうむは鶏にも及ばず
馬を市に牽いていっても、買おうという人は誰も現れません。空腹をこらえ、眠気で閉じようとするまぶたをこすりながら、足の向くままに市を通りすぎました。城門が開かれ、近隣の村人たちが柴を売りにやってまいります。その柴のなかにほんの少し若葉がありました。馬はとても飢えていたので、その葉にぱくりと噛みつきます。柴売りの老人は突然の衝撃に悲鳴をあげて転んでしまいました。ぼんやりしていた秦叔宝、はっと気づいてその老人を助け起こします。すると老人、馬をしげしげと眺め、
「この馬は売り物ですかな? 市場にやってくる金持ちどもはあきめくらばかりですよ。痩せているとはいえ、口もとが実にしっかりしています。まず名馬と言ってさしつかえないでしょう」
秦叔宝、憂鬱な気分だったところ、こう言われて大喜び。
「おじいさん、この馬の値打ちをご存知なら、どこへ売りに行ったらいいか教えていただけないだろうか」
「餅は餅屋です。この馬を売りたいなら、いまから言う場所へ行けば商談はまとまるでしょう」
「おじいさん、そこへ連れて行っていただけないだろうか。商談が成立したら礼金を出しましょう」
老人はこれを聞いて喜び、このように申します。
「この西門から十五里のところに
秦叔宝、これを聞いて酔いから醒めたような気分になり、この人のことを失念していたと内心後悔いたしました。「潞州の単雄信は好漢と交際するのをこのむ英雄だ」と、かつて故郷で聞いていたのです。どうしてもっと早く訪ねていかなかったのか。いまのようなボロ服では会わせる顔もない。行くのをためらいましたが、この機会を逃したら馬を売ることはできないかもしれません。こう考えます。「ただの馬を売りにきた人のふりをしよう」
そこで老人に案内を頼みます。老人は柴を豆腐屋に売ると、秦叔宝を連れて城を出ました。十里あまりほど行くと大きな屋敷が見えてまいります。
小川はさらさら、古木は鬱蒼。ゆきかう魚が小川に跳びはね、とびかう鳥の声が古木の森にひびく。小橋は虹のごとく、景色は清雅たり。屋根は雲のごとく、整然とつらなる。もし旧閥にあらずとも、定めし名門ならん。
この二賢荘のあるじこそ単通、号を雄信といって、生まれつき顔は藍で染めたように青く、髪は丹砂のように赤く、炎のような気性、雷のような声色、
この日、単雄信はすることもなく部屋に座っておりますと、蘇老人がやってきて挨拶をいたしました。単雄信、振り向いて礼を返します。
「ずいぶん久しぶりだな」
「じじいめは今日お城へ行ったのですが、そこで馬を売っている男に突き当たりましてな。わしの見たところ、その馬は痩せてはいましたが、実は千里の名馬ですぞ。その男を連れてまいりましたので、旦那にもご覧いただきたいのですじゃ」
聞いて単雄信、歩いて出てまいりました。秦叔宝、小川を隔てて彼の様子を見るに、単雄信は身の丈一丈、顔つきは
単雄信、橋をわたってやってくると、秦叔宝にはかまわず、馬をうち眺めます。両手で馬の背中を押してみましたが、力いっぱい押しても馬はびくともいたしません。体高は八尺、全身の毛はまじりっけのない黄一色で、まるで金糸のよう。これぞまことに、
千里を駆けまわって塵埃を巻きあぐ よく慣れた神騎は君子の友
全身は金にかがやき轡は玉 これぞ九天より飛来せし龍駒なり
馬を見終わると、ようやく秦叔宝のほうを向いて挨拶いたします。
「この馬は貴殿が売りにきたのか?」
「彼はわたしの馬ですが、手元不如意ゆえ、そちらにお預けしたいと」
「乗ってきたとか買ってきたとかはどうでもいい。いくらで売ってくれる?」
「貧乏人の痩せ馬です。値段をつけるなどおこがましいのですが、五十両いただければ十分です。それで故郷への旅費には足ります」
「この馬に五十両なら決して高くはない。ただ、いささか痩せすぎているから、慎重に給餌して育てないことには、ただの廃物だ。貴殿の話はどうも気の毒だから、三十両出そう。それで良いなら買おう」
そう言うや、身をひるがえして戻っていってしまいました。秦叔宝もどうしようもなく、そのあとに続いて歩きながら申します。
「旦那さまの決めた値段で結構です」
単雄信、屋敷まで戻って軒先に立ちます。秦叔宝もそのかたわらに控えます。単雄信は部下を呼ぶと、馬を厩舎に連れて行き飼い葉を与えるよう命じました。それからただ者ではなさそうな秦叔宝の風貌を見て、尋ねます。
「貴殿はここらあたりの人ではないようだが?」
「それがしは済南のものです」
単雄信、済南と聞くや、秦叔宝にもっと近づくように言い、さらに尋ねます。
「どうか入ってきて座っていただきたい。お尋ねしたいことがある。俺がかねてから名を慕っている豪傑が済南にいるのだが、貴殿はご存知だろうか」
秦叔宝が誰のことかと尋ねると、
「その人の姓は秦。名前を呼び捨てるのは失礼だから、秦叔宝どのと字で呼ばせてもらおう。山東では賽專諸、小孟嘗と呼ばれていて、済南で捕り手を務めているそうだ」
「それはそれがし……」
秦叔宝、そこまで言って口をつぐみます。単雄信、たいへん驚いて、
「これは失礼いたした」
慌てて下りてこようとします。秦叔宝は言います。
「それはそれがしと同役の友人です」
単雄信は立ち止まって、
「なるほどなるほど、失礼いたした。貴殿の姓はなんと申される?」
「姓は王です」
「頼みたいことがある。貴殿に軽食などさしあげるので、そのかわりに秦どのに手紙を届けてくださらんか。いかがだろう?」
「お預かりいたしましょう。しかし食事は遠慮いたします」
単雄信、中へ入ると、三両のチップと緞子二疋、そして馬のぶんの三十両を持ってきて、お辞儀をして言います。
「かねてより秦どのにご挨拶したかったのだ。貴殿に手紙を託す。面識もない相手からの手紙に唐突に思われるかもしれない。どうか念入りに『単通はひさしく秦どのをお慕いしておりました』とお伝え願いたい。『いずれ必ずお会いしにまいります』ともな。こちらに馬の代金三十両と、それに手間賃三両に緞子二疋を包んでおいた。これは貴殿にお納めねがう」
秦叔宝、単雄信の厚意を断り切れず、受け取ります。単雄信は食事を勧めてきたのですが、秦叔宝は正体がバレるかもしれないと思い、急いで別れを告げ退出いたします。
単雄信、秦叔宝を見送って戻ってくると、蘇老人が屋敷の壁によりかかって船をこいでおりました。
「商談は成立して、馬を売りに来た人ももう行ってしまったぞ」
蘇老人は目を覚まして、
「では追いかけねば」
荷物をかつぐと疾走して秦叔宝に追いつきました。
「王さん、もうお帰りですかな?」
秦叔宝は情の厚い男、老人が追いかけてきたのを見て、チップ一両を渡しました。蘇老人は大喜び、手を合わせて感謝し、去っていきました。
秦叔宝、城の西門まで戻ってまいりました。ちょうどお昼どきでお腹が減ってきたので、レストランに入りました。ウェイターが尋ねます。
「お客さん、お酒ですか、お食事ですか?」
「まず酒とつまみを頼む。そのあとメシを食べよう」
「ではお好きな座席へどうぞ」
三間ほどの広さのホールに贅沢なテーブルと椅子が用意され、左右には個室があって、やはり椅子が置いてあります。秦叔宝はボロ着を着ているので目立ちたくないと思い、個室を選びました。銀子を懐に入れ、傍らに緞子を置きます。給仕が酒と料理を持ってきたので、数杯飲みました。
そのとき、外からふたりの豪傑が数人の召使いをつれて入ってくるのが見えました。最初に入ってきた男は黒い頭巾に花柄の上着、鸞の帯を締め、黒い靴をはいています。いまひとりは白い頭巾に紫の上着、吊根の靴。よく見ればそのうちひとりは王伯当です。あわてて顔をそらし見ないふりをいたしました。
読者さまはこの王伯当がいかなる人物かご存知でしょうか。この人はもとは金陵の出身で、かつて武科挙で状元、文科挙では榜眼となりました。武芸はいかにと申しますと、画戟を使っては神出鬼没の腕前、さらに射芸は百発百中。百歩離れた柳の葉も射抜くことができ、神箭将軍と呼ばれていました。奸臣が幅をきかせる世の中を見て、官を捨て去り、天下を旅して、英雄と交際するようになったのです。いまひとりは謝映登といって長州の人、銀槍の使い手、山西地方へ親戚に会いに来たところ、たまたま王伯当に出会い、一緒に酒を飲もうとやってきたのでした。
秦叔宝はいそいで顔をそらしたものの、王伯当はすばやく見定めます。
「こちらの方はどうも秦兄貴のようだが。なんでこんなところに」
そう言って個室に入ってきます。秦叔宝もやむなく立ち上がり、
「伯当の兄貴、わたしです」
王伯当、秦叔宝の様子を見て、あわてて花柄の上着を脱いでかけてやります。
「秦兄貴、ここに何をしに来たんですか? あなたほどの英雄がなんでこんなことになっちまったんです?」
秦叔宝、ふたりに挨拶をしてから、
「長い話になるのだが、わたしは樊虎とともに歴城県の捕り手をしていて、罪人の護送のため樊虎は沢州に、わたしは潞州におもむくことになった。ところが潞州の長官は唐公李淵さまのお祝いに出かけていて一か月も戻ってこなかったし、樊虎もこちらへ来てくれなかったので、路銀を使いはたしてしまったんだ。馬を売るしかなくなって、さきほど二賢荘の単雄信どののところへ行き、三十両手に入れた。名前を尋ねられたが、名乗らなかったよ」
王伯当、
「秦兄貴、わたしも単雄信とは古い友人です。尋ねられたのになんで名乗らなかったんです? もし秦叔宝だと知っていたら、馬を買うだけじゃなく、もっと手厚くもてなしてくれたでしょうに。それじゃ、いまからわたしといっしょにもう一度訪ねていきましょう」
秦叔宝笑って、
「わざわざ名前を言うためだけに再訪するのもおかしな話だ。馬も売って旅費もできた。旅籠に戻って荷物を整理し、帰ろうと思う。単雄信どのにはまた会う機会もあるだろう。二賢荘には王兄貴が行って、わたしの感謝と尊敬の気持ちを伝えてきてくれ」
「兄貴が行かないというなら、無理に行けとは言いませんがね。兄貴の旅籠はどこです?」
「府前の王小二の店だよ」
王伯当はうなずき、給仕を呼んで酒と料理を持ってこさせ、昼過ぎまで楽しく飲み食いいたします。それから三人は別れ、王伯当と謝映登は二賢荘へ向かいます。
秦叔宝は旅籠に戻りました。王小二、馬がいないのを見て売れたものと知り、声をかけます。
「秦のだんな、うまいことやりましたな!」
秦叔宝、とくに返事もせず、宿代を清算して王小二に支払うと、書類を返してもらい、柳氏にお礼を述べてから、荷物をかつぎ、双鐗を背負って出発いたします。あるいは単雄信が追いかけてくるかもしれないと思い、その夜のうちに山東へ向かいました。
こちら王伯当と謝映登は二賢荘にやってまいりました。単雄信が出迎えます。王伯当、
「単二兄貴、あなたはだいぶまずいことをやっちまいましたな」
単雄信が尋ねます。
「特になにもまずいことなどなかったが、どういう話だろうか?」
王伯当微笑して、
「今日、馬を一頭買ったでしょう」
「たしかに買った。あれは千里の馬だな。なんで知っているんだ?」
「悪いことはばれるもの、ちっと金を惜しみすぎましたね。あれほどの馬を三十両とは。あの人、あなたをケチだと思ってますよ」
「そんな様子じゃなかったがな。おふたりはどこで会ったんだ?」
「さっき潞州の城内でたまたま会いまして。それでことの次第を知ったのです」
「あの人と知り合いなのか?」
「ははは、知り合いどころじゃありません。あのひとは天下に名が知れ渡っている方。あなただって顔は知らずとも、名前はご存知のはずですよ」
「あのひとは使い走りの役人だろう。有名人なのか?」
「あのひとの名声は、兄貴より上かもしれませんね。馬を買うとき出身地や名前を聞かなかったんですか?」
「俺が聞いたところでは、あの人は済南の王という人だそうだ。それで秦叔宝について聞いてみたら、同僚だという。それで、代わりに挨拶しておいてくれと頼んでおいた」
王伯当、聞いて大笑い。
「単二兄貴、探し物は思いがけないときに見つかるといいますが、惜しいところでしたなあ。その人こそが小孟嘗・賽専諸の秦叔宝ですよ」
単雄信、あっとびっくり。
「ああ、なんで名前を言ってくれなかったのだろう。いまどこにおられる?」
「役所の近くの王小二の旅籠に宿をとっています。もう戻っているはずです」
「ぐずぐずしてはいられない。すぐにでも行こう」
「もう夜になります。城には入れないでしょう。明日の朝行きましょう」
単雄信あせりましたが、とりあえずは二人と一晩飲みあかました。とても眠れるものではありません。空がうっすら明るくなると、馬を走らせ城に駆け込み、王小二の店までやってまいります。そして尋ねました。
「山東の秦どのは店におられるか?」
王小二が答えます。
「お三方、遅かったですね。秦のだんなは昨晩出発されました」
単雄信じだんだ踏んで、
「まださほど遠くには行っていないだろう。追いつけるかもしれん」
すぐにも追いかけようとしましたが、そこに単家の配下のものが駆けつけてきて報告いたします。
「二員外、たいへんなことになりました」
単雄信びっくり仰天、
「落ち着け。そんなに慌ててなにがあったのだ?」
「大員外さまが
単雄信、聞いて大声を上げて泣き、王伯当に言います。
「伯当兄貴、俺は叔宝兄貴を追うことができなくなった。山東に行かれたおりには、俺にかわって失礼を詫びていただきたい」
気はあせるばかり、言い終わりもしないうちに、馬を駆り立て飛ぶように去っていきました。
さて秦叔宝は単雄信に追いつかれるのを恐れ、街道を避けて山道に入ります。一晩じゅう歩き続けたところ、だんだん頭が痛くなってきました。無理してさらに十里あまり進みましたが、しまいには脚が思うように動かなくなり、進めなくなってしまいました。路傍に
ここの観主は姓を
この徐茂公というひとは陰陽の道にくわしく、過去と未来を見とおすことができました。天蓬星が災難にあってこの地にやってくることを知っており、半月前には魏徴に指示を与えていました。
「某日、病人がこの廟にやってくるから、できるかぎり手を尽くして助けるのだ。それから数日すると、青龍星が救いに現れる」
そして自身は別の場所へ旅に出ました。
さて魏徴、知らせを聞くやいそぎ出てまいります。秦叔宝は地面に倒れ、顔は赤く、眼を見開き、話すことができません。そばに座って脈を診ると、こう言いました。
「この男はきちんと食事をしていなかったところに、寒さが骨に入り込んで、こんな状態になってしまったようだ。だが、死ぬようなことにはならん」
そこで道士に命じて
「ああ!」
と一声。魏徴は尋ねます。
「あなたはいずこの方ですか。どうしてここに?」
秦叔宝、名前とこれまでのいきさつを一通り説明します。魏徴はうなずいて、
「おにいさん、そういうことなら、この廟でしばらく栄養をつけなさるがいい。それから帰っても遅くはありません」
そこで道士に言いつけて、西の廊下に草の束を敷いてベッドの代わりとし、秦叔宝をそこに寝かせるよう言いつけます。魏徴は毎日秦叔宝の脈を診て、薬を飲ませました。
数日が過ぎました。この日は道士たちが正殿に勢ぞろいし、員外が来るのを待って、経典を読み始める予定でした。読者さま、法事を行うのは誰と思われますか。実は単雄信なのです。死んだ兄のためにここで経を詠むことにしたのでした。
ややあって単雄信がやってきました。魏徴が出迎えます。秦叔宝は草のベッドで寝ていましたが、単雄信がやってきたので顔を壁のほうにむけます。単雄信は正殿に入って聖像を拝みましたが、ふと召使と道士が言い争う声が聞こえました。単雄信、怒ってその理由を尋ねます。召使が答えました。
「この憎たらしい道士め、昨日綺麗に掃除しておけと言っておいたのに、廊下に病人を寝かせています。それで喧嘩していたのです」
単雄信また腹が立って、今度は魏徴をどやしつけます。
「ものぐさ道士め、廟を綺麗にしておいてくれと頼んだじゃないか。病人が廊下に寝てるのはどういうわけなんだ。俺を誰だと思ってる」
魏徴は満面の笑みをふかべて、
「員外はご存じないかもしれませんが、この方は山東の豪傑で、七日前に急病になってここへやってこられたのです。天が助けよと命じているのに、どうして追い出せましょうか。どうかお察しを」
これぞまことに、
浮草みな海へ行きつくもの 人またどこかで出くわすもの
単雄信なんと答えるか、それは次回で。
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