第三回 李淵禍を避け 叔宝役目につく
詩にいわく、
陳の宮殿に美人を斬ったのは
くもりなき忠心よりいたしたこと
讒言を受けるなどとは思いもよらず
開国の功臣もひどい目に
文帝楊堅は勅命を発し、李渾の一族五十三人を、市に引き出して首を斬ってしまいました。
楊広の腹心のひとりに安伽佗というものがいて、こんな奏上をいたします。
「李氏が天子になるかもしれないなら、陛下におかれましては李姓のものを全員殺しておしまいになるのがよろしいでしょう」
丞相の高熲が反論します。
「陛下、これ以上の殺戮はかえって人の心の不安を招きましょう。断じてなりませんぞ。もし陛下の疑念が晴れぬということでしたら、朝廷において李姓のものをいっとき用いないことにし、軍事に関わらぬようにすればよろしゅうございます」
このとき
これより朝廷の李姓のものはみな兵権を解かれ郷里に帰ることとなりました。李淵もまたこの情勢を見て太原への帰還を願い出ました。文帝はこれを許し、李淵に太原の守備を命じて即日出立させたのです。
李淵が解任されたのを聞いた楊広、張衡と語らいます。
「計略はうまくいったが、あいつを殺すことはできなかったな」
宇文述が言います。
「殿下がこれで勘弁してやるつもりならそれまでですが、殿下がまだあやつを許せないのでしたら、わたくしめに策がございます。やつの一族はひとりも残しますまい」
楊広は大喜び。
「いかなる策であろうかな?」
宇文述、
「太子付きの騎兵を集め、わたくしめの子の
楊広は手をたたきます。
「うまくいったなら、やつの一族の女子をすべてそなたにくれてやろう。だが、やつは武官だ。腕の立つものでなくては上手くいくまいぞ」
宇文述、
「わたくしめの子のみで充分ですとも! しかし、さらに殿下みずからお出ましになれば、失敗などありえませんよ」
楊広はこのうえなく喜び、計略にしたがって出発いたしました。
李淵のほうはと申しますと、帰郷が許可されたのに満足し、すみやかに仕度して帰路につきます。弟の
「太原に帰るのは嬉しきことなれど、わたくしは身重でございます。車に乗りづめはつらいですわ。それに、分娩の時期も近うございます。半月ほど出発を延ばせませぬか?」
李淵、
「妻よ、そなたは知らないのじゃ。陛下は疑い深いお方、しかも奸党がそばにおって雑言をばらまいておる。陛下は李姓の者をみんな殺してしまうつもりでいるらしいのじゃ。一刻も早く、この虎穴を逃れねばならぬ。わしはありがたいことに帰郷を許された。篭の鳥が逃がしてもらったようなものじゃ。のんびりしていたのではふたたび捕まってしまうぞ。李渾のとなりに並ぶ日も遠くはあるまい。そうなってから帰りたいと思っても、来世を待つよりほかなくなるぞ」
竇夫人は黙るしかなく、ついに一同そろって出発いたしました。まことに、
ふりむけばなつかしき長安 旅路の先は曇って見とおせぬ
砂塵を巻き上げ騎馬がゆく からすがさわぐ日暮れの空
ときは中秋、車をとばし、馬をとばして、太原をめざして一路、進んでいったのでした。
さて、あの
「秦氏三代、もうおまえしか残っていないのだよ。くれぐれも腹立ちにまかせて命を投げ捨てるようなことはしないでおくれ。秦家を絶やしてはいけないよ」
秦叔宝は他人と喧嘩するときも、母親が呼んでいると聞くと飛んで戻るようになりました。そこで人々は彼を「
秦家の先祖伝来の絶技は百三十斤の熟銅の
ほかに仲良しの豪傑としては
それ以外にもふたりの友人がいました。歴城の東門の馬商人の
才は奇にして海内を驚かせ 友諠を重んじ尊敬を集める
己を知る者なしと恨むなかれ 天下のうちはみな兄弟
このころ青州・山東一帯は日照りの年が続いて、あちこちで盗賊があらわれるようになっていました。刺史の
「今日、新たに有能なものを捕り手を採用するというお触れが出ましたよ。刺史さまに兄貴のことを『気力にあふれ、知恵も腕っぷしも確かです』って推薦しておきました。刺史さまは大喜びで、連れてきてくれとのおおせ。兄貴、いかがです?」
秦叔宝、
「役人になって富貴を得ようなんて考えたこともない。それにわたしは将軍の家柄だ。もし願いがかなうなら、敵将を斬って軍旗を奪い、辺境をきりとって、先祖の名を輝かせたいもの。それがかなわぬなら、いくばくかの田畑を守り、母に仕え、地酒を飲んで野菜をつまみながら友達としゃべっていればそれでいい。わたしは詩はつくれないが、剣と槍の技をみがくことで時間をつぶせる。わざわざ捕り手なんかになって他人にこき使われるなんてまっぴらだ。盗賊を捕らえたとて上司の手柄になる。しまいには盗賊からこっそりわいろをもらって、そいつを釈放してしまったあげく、こっちに誣告の罪を着せてくるなんてのがオチだろう。おべっか使いやこけおどし野郎に味方して良民を迫害するのは畜生の行為だよ。あんたがわたしにやらせようとしているのはそういうことさ」
言い終わるとぷりぷり怒って出て行ってしまいました。
樊虎は秦叔宝が出ていくのをみて考えます。
(刺史さまの前でずいぶん兄貴を褒めちぎったのに、断られるとは思わなかった。家まで行ってもういちど説得してみよう。さてどうなることか)
かくて秦叔宝の家宅までやってきますと、寧夫人が前に立っているのを見かけました。樊虎はお辞儀をして、さきほど推挙を断られた件についてひととおり話します。寧夫人、
「息子はなんと言って断ったの?」
樊虎が秦叔宝の言葉を繰り返すと、
「役人になるのも簡単ではないわ。祖先の地位を引き継ぐことはもうできない。もういちど、無理にでも勧めてみてくれない?」
「刀と槍をふるって名を揚げることを願わない人などいません。しかしまだその時じゃない。いっとき役所につとめるだけのことじゃないですか。それなのに兄貴はまるで聞こうともしないんです」
そんな話をしていると、秦叔宝が家の中から出てまいります。
「母上、樊さんの話を聞く必要はありませんよ」
寧夫人、
「おまえに立派な夢があるのはわかっています。でも樊さんの話も正しいと思うわ。だいたい、日がな何をするともなくぶらついてばかりいて、それで出世の道が開けると思ってるの? しばらく役所につとめてお仕事してれば、おバカな喧嘩もせずにすむでしょ。それに、ここから出世の道が開けるかもしれない。人生は予測のできないもの、こだわりは捨てたほうが良いわ」
秦叔宝は孝行ものですから、ハイハイとうなずきます。叔宝が承知したのを見て樊虎、
「では、明日おれが兄貴を役所へ案内しますよ」
翌日、ふたり一緒に刺史に面会いたします。刺史がたずねます。
「そなたが秦瓊か?」
「それがしが秦瓊です」
「本来は功績を立てたものに地位を与えるべきだが、そなたは豪傑だと聞いているから、ひとまず
秦叔宝は叩頭して感謝してからその場を退出いたしました。
樊虎が言います。
「兄貴、仕事にあたってはまず
秦叔宝、
「ではまず賈閏甫のところへ行ってみよう」
ふたりが店までやってくると、賈閏甫は拱手して出迎えます。
「おめでとう、おめでとう。お祝いが遅れて申し訳ない」
秦叔宝、
「なにがめでたい、母上の言いつけに従っただけさ。ただ、捕り手になったからには捕り物があるだろう。
賈閏甫、
「ちょうど昨日、いいのが何頭か入ったんだ。秦兄貴のお眼鏡にかなう馬はいるかな」
「あんたが頼りだよ」
かくて三人はそろってバックヤードにやってまいりました。なるほど、四百頭の良馬がつながれています。賈閏甫と樊虎のふたりはこいつが良い、こいつが速そうだと品定めいたします。秦叔宝はどれも気にいらず、行ったり来たりしております。
「ここらの馬は入ったばかり。まさかどれも気に入らないなんて」
そのとき、とつぜん後ろから鋭いいななきが聞こえました。秦叔宝、顔をあげて眺めてみますと、ガリガリに痩せた黄驃馬、体高は八尺ばかりと立派ですが、毛ばかりが長く、筋肉が浮いてしまっています。勇壮とはほど遠いありさま。これを見て秦叔宝、尋ねます。
「この馬はどうしてこんなに痩せてるんだ?」
賈閏甫、
「ちょっといろいろあってね。その馬は西方の人が売りにきたやつで、このへんに来てから三か月くらいの期間、餌をやりながら販売してたけど、ちっとも太らないもんだから、誰も買い手がつかなかったんだ。その人が『帰る前にどうしても』っていうもんだから、わたしが三十両出して買った。それが二か月前の話だな。それから二か月飼ったけど、いまだごらんの有様ってわけさ。まったく、代金をどぶに捨てた上に、餌代を増やしただけさ」
秦叔宝、よくよく眺めていますと、馬のほうも秦叔宝をじっと見つめます。たてがみをピンと立て、まんまるな両目を輝かせ、足を踏み鳴らして、まるで昔からの主人を眺めるかのような態度。これは名馬だ、まだ主に出会えていないだけなのだ、と思いました。
「わたしがこの馬を飼ってみよう」
樊虎が笑います。
「兄貴、なんでわざわざこんな痩せた馬を」
秦叔宝は微笑するばかりで返事をしません。賈閏甫が言いました。
「秦兄貴がこの馬を気に入ったと言うのなら、お譲りしよう」
秦叔宝はもう一頭、青花馬を買って樊虎に贈りました。二頭で合計五十両。賈閏甫は酒を用意して秦叔宝とともに祝いの酒を飲み、したたかに酔って解散いたしました。
秦叔宝がこの黄驃馬を連れて帰って飼育いたしますと、半月もしないうちに見事ツヤツヤと肥え太りました。人々は秦叔宝の眼力をほめたたえたということです。これぞまさしく、
馬は骨格を知る伯楽に会い、琴は刎頸の交わりをなす友に出会う
その後、秦叔宝は樊虎・連明とともに捕り手としての務めを果たしました。なにせ秦叔宝は堂々たる人物、馬もこのとおり立派ときて、その声望を慕わない盗賊はなく、遠きも近きもみな交際を望んだのでした。これより山東一帯に秦叔宝が豪傑であると知れ渡ったのです。
ある日、劉刺史は窃盗未遂の罪人を法律に従って軍役につかせるべく、平陽駅と潞州府に送ることにいたしました。ただ、山西地方の治安は悪く、護送中になにか事が起きてはいけません。そこで特に秦叔宝と樊虎を呼び、樊虎には平陽へ、秦瓊には潞州への護送を任せます。秦叔宝は罪人十二名をひとまず連明に預けておき、いそいで家に戻ると、荷物を準備し、母と妻に別れを告げて、樊虎とともに罪人たちを連れてまず長安へ向かいます。ここで流刑について記録してから山西へと出発する予定でした。
季節は秋、木々の葉はくれないに染まり、西風がさっさっと吹き抜けます。空には雁が群れをなして飛んでいき、ゆかいな道中でした。一同、腹が減ればメシを食べ、のどが渇けば酒を飲み、夜になれば休み、朝になれば出発して、あっという間に長安が近づきます。あと五十里というところで、かの臨潼山に行き当たりました。山上には伍子胥の祠廟があります。この山の険しいことといったら、
高峰が連なり暗がりをつくり、古木はむれなし影をなす。木の葉のくれないは錦を広げたごとく、黄色は金を塗りたるごとし。森は深く鳥はうたい、風がふきすさび葉の音がさやさや。これこそ旅人を不安にする孤独の楽曲。
秦叔宝が樊虎に言います。
「かつて伍子胥は主君をよく助け、諸侯を圧倒し、臨潼の会では千斤の鼎を担ぎ上げて、名を天下にとどろかせたと聞く。忠臣として生き、死してのち神としてまつられた。山上にほこらがあるそうだから、お参りしてきたいと思う。しばらく罪人の護送を預けてもいいだろうか。臨潼関の外で待っていてほしい」
樊虎は承知し、罪人たちを連れて岡を越え関を目指します。
かの秦叔宝、樊虎が行くのを見送ってから、臨潼山に登ります。祠廟は寂れ、祭祀の煙も上がっていません。馬を下りて進み、伍子胥の神霊に拝礼いたします。立ち上がってみると、伍子胥の神像はいたく立派で、厳粛な気持ちがわきあがってまいります。しばし眺めておりますと、不意にけだるさを覚え、像の前でしばらく眠ってしまいました。この話はしばらくおきます。
さて、唐公
李道宗と李建成、峻厳な峰々、幽深な森を指さし、景色を楽しみながら進んでいたところ、とつぜん鬨の声が聞こえたと思うと、林の中から無数の山賊が駆け出してまいりました。みな頭に布を巻き、顔を黒く塗り、長槍と大斧をかついで行く手をはばみます。
「ここを通りたくば金を置いてゆけ!」
李建成は肝をつぶし、馬を返して逃げ出します。李道宗はもうちょっと度胸があり、大声で言い返します。
「死にぞこないどもめ、虎の心臓、獅子の肝を食らおうてか。われらを隴西の李家と知っての狼藉か! さっさと道を開けろ!」
言い終わるや刀を抜いて斬りかかります。召使たちもみなナイフを抜き、主人を助けて戦います。かの李建成はと申しますと、馬を馳せ帰らせて李淵に伝えます。
「まずいことになりました。向こうに強盗があらわれて、叔父上を取り囲んで金を要求しています」
李淵、
「こんな都のそばに盗賊が出るものだろうか?」
といぶかったものの、李建成に家族を守らせるいっぽう、自らは
かの晋王楊広と宇文親子は林のなかに隠れていました。李淵の武勇をおそれて兵隊たちは近づこうともいたしません。楊広はしびれをきらし、青いサラサのマスクをつけ、大刀をひっさげ突進します。宇文親子も後に続いて攻め立てます。危うし李淵、まわりとびっしりと取り囲まれ、まことに、
九里山の前に隊伍を並べ 戦塵舞って陽光たゆたう
千斤の力もつ項羽とて 垓下の大軍をいかんともできず
さて、秦叔宝は伍子胥の廟の中でまどろんでおりましたところ、ふとどこかの楼閣にやってまいりました。扁額には金字で「
楼閣をうちながめておりますと、不意に南のほうから吠える声が聞こえ、五色の彩雲とともに金色の龍があらわれて、空中を旋回しはじめました。すると今度は西のほうに真っ黒な雲が湧きたち、中から異獣があらわれました。龍に似て龍にあらず、鹿に似て鹿にあらず、うねりながら飛びまわり、金龍に咬みつこうとします。おそるべき獰猛さ。金龍も応戦しますが、どうにもかないそうにありません。彼らが激しく戦っているとき、秦叔宝はうしろから声をかけられました。
「秦瓊よ、なにをぼんやりしている。御駕をお救いせぬか!」
秦叔宝、聞いて心を奮い立たせ、双鐗を手にとりました。とつぜん目の前の楼閣の入口に麒麟が舞い降りてきます。秦叔宝は麒麟にまたがり、金鐗をかまえます。様子をじっと見定めるや、かの怪物めがけて鐗を投げつけました。みごと命中、かの怪物は「ギャッ」と吠えると、雲の下へと落ちていきました。そのとき黄驃馬のいななきが聞こえてきたので、秦叔宝ははっとして目を覚ましました。これ
秦叔宝どうも不思議でならず、ふたたび伍子胥の神像に叩頭しつつ、
(もし夢のとおりになったなら、廟を改修し、像に金を塗りなおします)
と祈りをささげます。黄驃馬のいななきはやみません。秦叔宝が外をうかがうと、黄驃馬はいまにも駆け出したいようす。不審に思い、馬をつないでいるひもをはずして上にまたがると、かの黄驃馬は飛ぶように山を駆けおりはじめました。
山の中ほどまでおりてきたところで下を見やると、ふもとのほうで煙が上がり、殺し合いの声が聞こえてきます。秦叔宝、馬を止めて眺めますと、無数の強盗が官兵をとりかこみ攻めたてておりました。これを見るや秦叔宝、まずいことになっていると思い、笠をふかくかぶり、帯をきつく締め、金鐗をひっさげ馬に拍車をかけて山を駆け下り、大声で叫びます。
「ごろつきどもめ、好きにはさせんぞ、賽專緒のおでましだ!」
声は雷鳴のようにとどろき、強盗どもはいささか慌てましたが、眺めやってみればたったのひとり。たいして気にも留めません。秦叔宝が争いの場までやってくると、ようよう三人、五人と迎え撃ちに来ます。しかし、秦叔宝は鐗をふりかざし、さっさっと続けざまに打撃をくりだして、またたく間に十数人を打ち殺してしまいました。
かの唐公李淵、絶体絶命のピンチでしたが、大喝の声とともに数人が落馬した音が聞こえたので、そちらを見やればひとりの壮士。
一鐗ふりかざせば霧を切り裂き、両鐗ふりおろせば身もこおる冷たさ。飄然として吹雪の舞うがごとく、滾然として嵐の渦巻くがごとし。傷つき落馬する者あれば、倒れて岸辺に伏す者もあり。戦塵まいあがって天をさえぎらんとす。虎は心をかくして戦うもの。
ややあって、秦叔宝は鐗をひらめかせ、楊広の頭めがけて打ち下ろします。楊広は眼がくらみ、慌てて避けようとしましたが、したたか肩を打ち据えられ、負傷して悲鳴をあげ、すごすごと後退します。
秦叔宝、逃げた強盗のうちひとりを捕まえて尋ねます。
「かような場所で狼藉をはたらくとは、きさまらいずこの盗賊か?」
そのひとは慌てて答えます。
「だんなさま、どうか命ばかりはお助けください。これは太子殿下が強盗のふりをし、不和な唐公さまを除くため、暗殺をはかったのでございます。先ほどだんなさまが打ちたおしたのが太子です。どうか命ばかりは」
秦叔宝、これを聞いてぞーっといたします。
(太子と唐公の不和などにかかわっていてはろくなことになるまい。わたしがどこのだれか分かったら命もあやういかもしれぬ)
そこでどやしつけました。
「でたらめを抜かしおって。命は取らないでおいてやる。さっさと行け!」
そのひとは頭を抱えて逃げ去りました。
秦叔宝、ぐずぐずしていて巻き込まれたらろくなことになるまいと思案し、笠を深くかぶって顔を隠し、馬を駆りたて立ち去りました。
どうにかピンチを切り抜けた李淵、例の壮士が去っていくのを見て、李道宗に言います。
「そなたは女や子供たちを預かっていてくれ。わしはあの勇士に挨拶してくる」
そう告げて急いで追いかけると、大声で叫びます。
「勇者よ、お待ちを、李淵の礼をお受けください!」
秦叔宝はひたすら走ります。李淵はなお十里あまりも追いかけました。秦叔宝、李淵があきらめず追いすがってくるのを見て、振り向いて言います。
「李さま、もう追うのはおやめください。それがしは秦瓊と申す」
手を振ると、馬に拍車をかけ、飛ぶように去っていきました。李淵はなおも追いかけようとしましたが、自分の馬は疲れきっていて進もうといたしません。秦叔宝の馬の鈴がチリンと鳴るのが聞こえるばかりです。秦叔宝は「瓊」と言ったのですが、手を振りながら言ったものですから、李淵は「五」だと思い込みました。そしてこのことを深く心に刻んだのです。
さて、馬をかえして戻ろうとしたところ、とつぜん塵が舞いおこり、誰かが馬に乗ってやってくるのが見えました。
「いかん、連中がまたやってきたぞ」
急いで弓を引きしぼり、ひょう、と射はなつと、そのひとは空を踏み、もんどりうって落馬いたしました。これぞまことに、
誤って放たれた矢が旅人を死なせ、英雄と結びたる深き怨み
ということになるのですが、射られて死んだのは何者か、それは次回で。
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