第一回 秦彝孤児を託し 李淵美人を殺す

 詩に曰く、


  繁栄、衰亡、浮雲のごとし

  大勲を建てて不朽の錦を飾らん

  雄大な武略は落ちようとする太陽を支え

  いさましき心は駑馬に混じるのを拒む

  危急のときにあって英雄はしばし隠れ

  運が開けたならただちに君に仕える

  奇妙なものだ、史書に書きつくされていないとは

  わが筆の冴えをもって補おう


 むかしむかし、三皇が五帝に位を伝えたのち、虞、夏・商・周・秦・漢・西晋・東晋と時代は移り変わりました。司馬氏の五王が長江をわたったのち、天下はふたつに分かたれました。これを南北両朝と呼びます。南朝は劉裕りゅうゆうの宋、蕭道成しょうどうせいの斉、蕭衍しょうえんの梁、陳覇先ちんはせんの陳とうつりかわりました。いっぽう北朝はともうしますと、拓跋たくばつ氏が魏をうちたてたあと、ふたたび分かれて東魏・西魏となります。高洋こうようは東魏にとってかわって北斉を号し、宇文泰うぶんたいは西魏にとってかわって周を号しました。ときに周主宇文邕うぶんようは自国がゆたかで兵も強かったことから、軍隊をくりだして北斉を降さんと思い、護衛大将軍の楊忠ようちゅうを大元帥とし、弟の楊林ようりんを行軍都総監に任じ、六十万の大軍を出陣させ北斉にいくさをしかけたのです。

 この楊林という人は、顔はおしろいをぬったよう、眉は黄色く、鼎を持ち上げ、飛ぶ鳥を捕まえることができ、両腕には千斤の力があります。身の丈は九尺、腰はひろく、百五十斤の囚龍棒を二本持って戦う万夫不当の豪傑で、天界の計都星けいとせいが降臨した者。隋朝第八条の好漢であります。砦にあえば砦を取り、城にあえば城を奪って、その勢いは破竹のごとし。済南せいなんに到達するや軍営を築きました。

 このとき済南を守っていたのは武衛大将軍の秦彝しんいであります。秦彝の父は秦旭しんきょくといって親軍護衛をつとめておりました。秦彝の妻は寧氏。妹は秦勝珠しんしょうしゅといって、とおく燕公羅芸らげいに嫁いでその妻となっておりました。寧夫人には男の子が一人おり、幼名は太平郎と申しまして、天界の左天蓬大将さてんぽうたいしょうが降臨した者、隋朝第十六条好漢でありますが、このときはまだ五歳でした。

 彼が生まれたとき、秦旭は、

「目下のところ、わが国は南は陳、西は周に国境を接し、戦乱のやむことがない。この孫が息子とともに天下泰平を打ち立ててくれることを願い、太平郎と名づけるのだ」

 と語ったといいます。


 さて、斉主高緯こういは秦彝を済南に派遣し守備させるいっぽうで、秦旭を晋陽しんようにとどめ護衛とさせていました。しかし周の軍隊がやってくると、斉主は檀州だんしゅうへと逃げ出してしまいました。秦旭と高延宗こうえんそうのみがとどまって晋陽を守っていたのですが、周の軍隊と戦うこと一か月余り、楊林が城の守りを打ち破り、高延宗は捕らえられ、秦旭は孤軍奮闘のすえ戦死してしまいます。まさにこれ、


戦に苦しみ陣雲くらきも 身を軽んじて主恩に報ゆ

兵を呑まれ空しくも恨みあり 歴代の幽鬼はなおそこにあり


 周の軍隊は晋陽を陥落させると、さらに済南へ進撃していきます。斥候がこの戦況を済南に伝えますと、秦彝は大声をあげて泣き、父の仇を討たんと兵を集め出撃をこころみます。このとき丞相の高阿古こうあこが斉主の命でともに済南を守っていたのですが、楊林の威武を恐れておしとどめます。

「将軍、あせってはいけない。晋陽はもはや陥落してここは孤城じゃ。こうなってはさっさと投降するにかぎる」

 秦彝、

「わが君は城の兵が足りないとご心配になり、あなたに力添えを命じたのですぞ。そのように死を恐れ気力を失われるとは!」

「将軍は情勢というものをご存じない。周兵の勢力は大きく、楊林は強い。この孤城を守ろうなど、無駄な努力じゃ」

「われら親子は国家のために死に、臣下としての節を尽くします」

 配下に門を固く守るよう命令し、自分は屋敷に帰ると、寧夫人に会って言います。

「父上は晋陽にて節に殉じた。いま、周の軍隊は城下を埋め尽くしており、高丞相は降伏を決意しておる。わが秦家は幾世も国家の恩を受けているのだから、生きながらえようとは思わない。もし負けとなれば、死をもって国に報いることで、先祖に顔向けするつもりだ。妹は遠く羅家に嫁ぎ、音信も途絶えてしまった。わが血を引く者は息子・太平郎だけだ。この子のことはそなたに託す。そなたたちは命を軽んじてはならぬ。家伝の金鐗きんかんをわたしておく。心にとめておいてくれ、秦家の命脈をそなたが守ってくれれば、わたしは安心して死ぬことができる」

 嘆き悲しんでいる暇もございません。にわかに太鼓やシンバルが打ち鳴らされる音が聞こえ、兵隊の鬨の声が響きます。高阿古ははや城門を開き投降してしまったのです。秦彝はいそぎ馬にまたがると、手に渾鉄こんてつの槍をひっさげ戦おうといたします。周の兵隊は潮のように押し寄せ、秦彝の部下は数百人を数えるのみ。秦彝の部下は精鋭ぞろいではありましたが、楊林のごとき猛将にはとても太刀打ちできません。楊林は右へ左へと、無人の境を行くかのように突き進みます。秦彝の部下は十人に一人だって残ってはいません。鎧は血まみれ、身体には矢だらけ、思わず声をはりあげます。

「わたしが敵を防ぎきれなかったのではない。奸臣が主君を売って栄誉を求めたため、かような仕儀とあいなったのだ。もう力尽きた!」

 それでもナイフを手に数人を倒しましたが、楊林の槍が秦彝ののどを貫き、ついに刺し殺します。秦彝はこのとき四十三歳。楊林は秦彝の甲冑を手に入れました。まさに、


父子 生を軽んじて社稷をまっとうす 忠魂はまさに白雲に向かい来たる


 城内は大混乱でしたが、寧夫人は貴重品をかきあつめると、秦安をともなって屋敷を駆け出ます。周の兵隊が街路を埋め尽くし、召使の男女はみな逃げ散ってしまいました。太平郎と母子ふたり、東へ西へ、どこにも安全な場所はありません。日が暮れて、気もあせります。ふいにひなびた静かな村にたどりつきました。

 家々の扉は閉まったままですが、ある家から子供の泣き声が聞こえます。誰かいるのだとわかり、その家のドアをたたいてみると、出てきたのは三歳の子供を抱いた婦人でした。寧夫人が身分の軽い者ではないと見るや、慌てて中へ迎え入れ、ドアを閉じます。婦人がたずねます。

「奥さま、この戦乱の中どちらからおみえで?」

 寧夫人が一家の災難、召使いが逃げ散り、身を隠す場所もないということを涙ながらに訴えますと、婦人、

「さては寧夫人でいらっしゃいましたか。失礼いたしました。わたしの夫は程有徳ていゆうとくですが、不幸にしてすでに世を去りました。わたしめは莫氏ばくし、この子・程一郎ていいちろうのほかに家族はおりません。奥さまはひとまずここにお住まいになったらよろしい。乱がおさまってから、また住む場所をお探しになったら」

 寧夫人は感謝し、程家に住むことにいたしました。


 まもなく楊忠は戸籍を回収し、治安を回復しました。寧夫人は持ってきたアクセサリーを換金し、街角に家宅を買って、莫氏といっしょに住むことにしました。愉快なことに二人の子供はともに立派な悪ガキに育ち、意気投合したのです。この程一郎は天界の土徳星が降臨した者、大唐の福将となります。ふたりは街へ出かけては喧嘩したり、ろくでもないことに巻き込まれたりしておりました。

 太平郎は十五歳になりました。耳は長く、身の丈は八尺、腰まわりは十抱え、眼と口は大きく開き、燕の額に虎の顎、読書が大好き。寧夫人は彼を塾にやり、書物を学ばせますと、先生は彼のためにけいという名、叔宝しゅくほうという字をつけてくれました。程一郎は咬金こうきんという名、知節ちせつという字をもらいました。のち、済南には飢饉があり、莫夫人と程咬金は寧夫人と別れて歴城れきじょうへ去っていきましたが、これはのちの話です。


 さて、楊忠が凱旋してくると、周主はたいそうご満悦で、楊忠を隋公ずいこうに封じました。これより長江の北は統一されたのです、

 この楊忠には息子が一人おりました。楊堅ようけんという名で、生まれつき眼が星のように輝き、ふしぎな手相を持っていました。手のしわがどうも「王」の字に似ているのです。楊忠夫婦は特別な子だとみなしました。のちになって、ある老尼が母親に向かってこう言いました。

「この子は言葉にあらわせないほど貴い命運に生まれついております。ただ、両親から離さないと育ちはしないでしょう。貧尼めにお任せ願えませぬか」

 母親は楊堅をこの尼僧に託して育てさせました。楊忠が隋公になったのち、老尼はこの子を楊家に返しました。そののち、わずか数年で楊忠が死ぬと、楊堅が隋公の地位を引き継ぎました。

 周主は楊堅の容貌が魁偉なのを見てかれを忌み嫌い、たびたび占い師をやって人相を見させました。占い師たちは楊堅の運命を悟ると、みな彼に良かれとはからいます。楊堅は主君に疑われているのを知り、娘を太子の妃に送り込みました。周主が世を去ると、太子は臆病者であったため、楊堅は叔父・楊林の武威を頼りに天下をのっとり、ついに国号を隋と改めます。まさにこれ、


王莽は外戚になって劉家のまつりをのっとり

  曹操は娘をとつがせて漢の天下をひっくりかえす

奸雄はむかしから同じようなもの

  国家は花のようにたやすくうつりかわる


 というものです。

 楊堅、即位すると隋の文帝を称し、長男の楊勇ようゆうを立てて太子といたしました。次子の楊広ようこう晋王しんおう、楊林を靠山王こうざんおう独狐氏どっこしを皇后とします。国政にはげみ、夜が明ければ朝議をはじめ、遅くなれば退朝します。文には李徳鄰りとくりん高熲こうけい蘇威そいらが、武には楊素ようそ李国賢りこくけん賀若弼がじゃくひつ韓擒虎かんきんこといった人材がおり、君臣こころをひとつにして、辺境を切り開き、天下の統一を目指します。南征して陳を併呑しようというのです。


 さて、陳の後主・陳叔宝ちんしゅくほうは聡明な人柄でしたが、張麗華ちょうれいか孔貴妃こうきひという二人の美人を寵愛し、毎日とばりをはって風流・音曲を楽しむ暮らしをしておりました。孔範こうはん江聡こうそうといった寵臣たちも、何事につけてもおもねるばかり。やることといえば、酒を飲むのでなければベッドの上でお楽しみ、天下のことなどとんと頭にも浮かびません。まさにこれ、


陳主の才知は果てなきも

  惜しいかな驕奢にとりつくのみ

いずれは宮廷の井戸へ落ち

  それでもまだ歌を歌ってた!


 というものです。

 楊堅は朝廷において楊素たちと協議し、出兵して陳を併呑しようといたしました。しかし北漢が出兵の隙をつき攻撃してくるかもしれません。議論していたところ、次子の楊広が進み出てこのように奏上します。

「陳の後主は節度を知らぬだらしなさで、自ら滅びを迎え入れようとしているようなもの。わたくしに一軍団をおまかせいただければ、進撃して陳を平らげ、天下をひとつにしてみせましょう」

 読者のみなさま、晋王楊広、刀槍が火花を散らす場所へ、なにゆえみずからおもむこうとしたのか、おわかりでしょうか? 兄の楊勇はお人よしだが臆病ものでした。楊広はその兄に北面して臣と称するのを承服できず、後継者の座を奪い取ろうという魂胆をいだいていました。そこで兵を率いて陳を討って功績をたて、また手足となるべき将軍たちと交わりをむすび、英雄たちを配下にくわえようと考えていたのです。


 楊堅が決めかねているところへ、とつぜん羅芸の軍勢が河北、冀州きしゅうを襲撃してきたという知らせが入りました。楊堅は楊林に軍隊を預けて冀州を平定させるいっぽう、楊広を都元帥とし、楊素を副元帥とし、高熲と李淵りえんを長史司馬として南征を命じました。楊広は二十万の軍勢を集め、韓擒虎と賀若弼を先鋒に選びました。このふたりはまばたきもせず人を殺す羅刹であります。六合県ろくごうけんから出発し、永安えいあんを経由して南下しました。九十人の総管、二十万の精兵が、みな楊広の命令に従います。東の端は海に、西の端は四川の山に届こうかという大軍勢が、舟艇をつらね、シンバルを打ち鳴らし、槍や矛をきらめかせて進み、いたるところことごとく降伏させてしまいます。楊広は天界の珠婆龍が降臨した者、のちの煬帝ようだいであります。


 陳の国境を守る武将たちは慌てて報告したのですが、みな江聡と孔範に握りつぶされて後主には届きません。僕射の袁憲えんけんは毎朝後主を待ち構え、直接拝謁し報告しようとしましたが、そのまえにもう隋の軍勢は広陵こうりょうに到達していました。まさに、


北ののろしが長江を照らすも

  南の将軍の意気はなお衰えず

ところが宮廷では名月を歌い

  新たな曲を弾いている


 というものです。

 さて左先鋒の韓擒虎は、広陵に到達すると、ひそかに長江を渡りました。賀若弼も長江をわたって采石さいせきへ侵攻します。陳の徐子健じょしけんは陣をととのえ賀若弼を迎えうとうとしましたが、軽装兵を率いてまわりこんだ韓擒虎に采石を奪われてしまいました。やむなく采石を捨て、石頭城せきとうじょうへと退却。後主はべろんべろんに酔っぱらっており、徐子健は朝から晩まで待って、どうにか会うことができました。後主は言います。

「しばらく下がれ。出兵については明日議論しよう」

 ところが翌日もやっぱり遊びほうけています。数日ぐずぐずしていましたが、ようやくふたりの将軍を防衛に出撃させました。ひとりは賁武将軍の蕭摩訶しょうまか、ひとりは英武将軍の任忠じんちゅう。ふたりは兵を率いて鍾山しょうざんに進出し、賀若弼と対決します。賀若弼の様子はというと、


蟹のようなこわもてに眉きりり

  狻猊さんげいの甲冑にらんの結び目

肥えた馬に炎の槍

  これぞ隋の大将賀若弼


 両軍が陣をかまえ、蕭摩訶が大刀をかまえて出撃していくと、賀若弼が槍をひっさげ迎えうちます。両者は十五合あまり戦いましたが、賀若弼は雄たけびとともに蕭摩訶を馬から突き落としました。陳兵は惨敗です。

 任忠は逃げ帰って後主にお目通りしましたが、後主は責めることもしません。

「王の気はここにある。かつては斉や周も退けたのだ。隋兵になにができるものか」

 そして任忠に黄金二箱を与えました。褒賞を手厚くすればきっと報いてくれると考えていたのです。任忠はふたたび兵をそろえて出撃し、石子崗せきしこうに到達しました。そこで韓擒虎の手勢が進撃してくるのにかちあいます。韓擒虎の様子はというと、


鳳凰の兜が冷たく光り

  麒麟の鎧が赤く輝く

つやつやの馬に緑の槍

  これぞ隋の上将韓擒虎


 任忠は韓擒虎と戦うどころか、さっさと矛を横たえて降参してしまいました。そして隋兵を引き連れて城に入り、手土産の功績としたのです。

 城中の民は逃げまどいます。後主はといえば、滑稽にもぼんやり殿上に座って、任忠が勝って帰ってくるのを待っておりました。隋兵が城まで進入してくると、あわてて玉座を跳びおり逃げ出そうとします。僕射ぼくや袁憲えんけんがこれをおしとどめます。

「陛下は衣冠をととのえ座におわすべきです。彼らもすぐには危害を加えますまい」

「敵が斬りこんできておるのだぞ。冗談ではない、逃げるに限る。命は大事だ」

 後主は袁憲を死に物狂いで払いのけ、後宮に入り、張麗華・孔貴妃に言います。

「北のやつらがやってきた。一緒に逃げよう。やつらの手に落ちるわけにはいかない」

 左手で孔貴妃をひき、右手で張麗華をひいて、いそぎ景陽の井戸のあたりまで逃れたところで、軍隊の吶喊の声が聞こえてきます。

「おしまいだ。逃げられないなら、いっしょに死のう!」

 そこで井戸の中に跳び込んだのですが、冬がおわって春がはじまるめでたき季節のことで、井戸の水は膝下くらいまでしかなく、溺死せずにすんだわけです。

「とりあえず隠れるにはいいが、戦闘はどうなったか分からぬ。しかし決して出ては行くまいぞ」

 まさにこれ、


勝利の歌を庭の花に変え

  軍楽を踊りの太鼓に変え、

六代の王の気もこの日でおしまい

  滑稽なるかな井戸の中の蛙


 三人は半日ほど隠れていましたが、ただ人の叫び声が聞こえるのみ。隋の兵士が宝物や宮女を略奪しているのです。

 隋の兵隊は太子と正宮を捕らえましたが、後主が見つかりません。宮女をとらえて脅迫しますと、このように答えました。

「さきほど井戸のほうへ走っていくのを見ました。きっと身を投げて死んでしまわれたかと」

 井戸のほうを探ってみますと、中はまっくらで呼びかけても答えがありません。隋の兵士はフックを投げこんでさぐってみましたが、後主が避けたので引っかかりませんでした。やむなく大きな石を投げ込みます。後主は石が飛んできたのでびっくり仰天、叫び声を上げます。

「石を投げるな、縄をおろしてくれれば捕まって上がる」

 兵隊たちは急いで縄を持ってきて投げ込みます。しばらく待っていると、また後主の声が聞こえました。

「そなたたち、縄をしっかりしっかり掴んでおくのだぞ。途中で外れて朕が墜死、などということにならんようにな。あとで褒美をやるから」

 兵士ふたりでひっぱりましたが、縄はぴくりとも動きません。さらにふたりが加わり四人でひっぱりましたが、動きません。

「皇帝ってやつはえらく重いみたいだなぁ」

「きっと妖怪だぜ」

 よっこらせ、と引き上げて見ると、三人がひとかたまりになってあがってきました。それでひどく重かったのです。兵隊たちは後主ら三人を韓擒虎と賀若弼に引き合わせました。後主がふたりに一礼すると、賀若弼は笑って、

「おびえることはありませんぞ。きっと諸侯に任命してもらえるでしょう」

 そこで後主および宮中のひとびとをしばらく徳教殿に住まわせ、周囲を兵隊に守らせました。


 このとき晋王楊広の軍勢は後方にいましたが、後主はすでに捕らえられ、建康けんこうは陥落したと聞き、まず李淵と高熲を派遣して住民を慰撫し、兵隊に略奪を禁じました。ややあって、楊広は高熲の子の高徳弘こうとくこうを派遣し、美人の張麗華を召し寄せようといたしました。

「晋王は元帥として、暗君を討ち民を救うのがお役目じゃ。なぜ女色に親しむ必要があるのかね」

 高熲はこのように言って拒みます。高徳弘、

「父上、晋王殿下は兵権を手にしています。女子ひとりのことではありませんか。もし命令を拒めば、殿下の怒りをかいましょう」

 李淵、

「張麗華と孔貴妃は色香でもって主君を惑わし、権威を盗みまつりごとを乱した。陳が滅びたのはまったくこのふたりのせいじゃ。災いのタネを残し、隋のあるじまで汚すことはない。さっさと殺して、晋王の余計な考えを除いてしまうにかぎる」

 高熲も「まことに」とうなずきます。高徳弘はなんとしても止めようとこころみましたが、李淵は聞き入れず、兵隊に命令して張麗華と孔貴妃を連れ出させ、二人とも川のほとりで斬り殺してしまいました。あわれ、


  秋水のこころ、氷のほね

  ほほえみは荒地に葬らる

  あわれむべし、血は川べりの草を染む

  西施にならい湖に舟を浮かべればよかったのに


 李淵が張麗華らを斬ったため、陳の兵士や民衆はよろこびましたが、浮かれてやってきたのに、肩を落として帰るはめになったのが高徳弘。戻ってきて楊広にまみえると、楊広はニコニコで、

「張美人を連れてきてくれたか」

 高徳弘は楊広が父を憎むのではないかとおそれ、ことの次第を全部李淵に押し付けてしまいました。

「それがし、殿下のご命令をうけて参りましたところ、父はおこたりなく車を用意し、美妃十人を選んで、殿下におとどけするつもりでおりました」

 楊広笑って、

「ほうほう、高熲も存外風流を心得ていたのだな」

「しかし李淵が」

「李淵がいかがした?」

「陳を滅ぼしたのは張麗華であり、許すべきではないと申し、孔貴妃ともども斬ってしまいました」

 楊広は驚いて尋ねます。

「おまえの親父は何をしていたのだ?」

 高徳弘、

「わたくしめと父は再三再四止めたのですが、やつは承知しないばかりか、われら親子を晋王をまどわす取り持ち野郎とののしりました」

 楊広は聞いて怒るまいことか、

「あのくそったれ野郎、おおかたあいつも美人ふたりを欲しがっていたところ、余のものになるのを悔しがって殺してしまったのだろう」

 そして心中ひそかに考えます。

(余があのふたりを殺したわけではないが、あのふたりは余のために死んだようなもの。李淵め、いつかぶち殺してやるぞ)

 腹立ちはおさまらず、ひとしきりうなったのです。かくてわざわいの種はまかれたのでした。


  白髪が混じる歳になって陳征伐にくわわり

  君を助けんとして君に背く

  うらやむべきは范蠡

  智もて国を全うし、その身も全うした!


 李淵が張麗華と孔貴妃を斬ったため、楽しみをふいにされてしまった楊広。はなはだ恨めしきは李淵ですが、その場はぐっとこらえ、李淵を殺す決意を心のうちに秘めたのでした。

 李淵というのは成紀の出身で、天界の亢金龍が転生した者、のちに太原で自立し唐主を号することになります。彼の妻は竇氏とうしで、周主の姪にあたります。たいへん声望さかんで、胸には乳首がみっつあり、堂々たる容姿をしていました。かつて龍門鎮で野盗と戦ったおり、七十二本の矢で七十二人の賊を殺したと言われ、その名は諸国にとどろきました。申し上げたとおり陳を滅ぼしたおりに張・孔の二人の美人を殺したために、楊広から深い恨みをかうこととなったのです。


 楊広は建康にやってくると、諸々がまんして善人をよそおい、孔範らの首を斬って人々の恨みを静めました。戸籍を収拾するのみで、官庫からの略奪はいっさいしませんでした。三軍の将兵にきまえよく賞与をあたえたので、名声が広まりました。

 楊広は「賀若弼は軍令にそむき抜け駆けした、李淵は職務に怠惰であった」と楊堅に訴えました。楊堅は賀若弼の功績が多大であったため、罪を免じて絹一万匹を賜いました。また、楊広を大尉として袞冕の服と玄圭白璧を賜いました。楊素を越国公とし、楊素の子・楊玄感ようげんかんを開府儀同三司とし、賀若弼を宋公とするいっぽう、韓擒虎は軍規をゆるがせにして兵隊に陳の宮殿を好き勝手させたことから爵禄は与えず、上柱国に任じました。高熲を斉公とし、李淵を唐公として、随伴した将兵にはそれぞれ厚く恩賞を賜いました。


 これより晋王楊広の威勢名声は日増しに盛んになり、あまたの知恵者が配下に加わって、その耳に謀略を吹きこむようになったのです。なかでも重用されたのは小陳平の異名をもつ宇文述うぶんじゅつで、楊広は彼を州刺史に推薦しましたが、謀議をともにするため晋王府にとどめおいたのです。また左庶子の張衡ちょうこうというものもいて、これまた謀議に加わっていました。この宇文述の息子に宇文化及うぶんかきゅうというやつがいました。こやつは天界の壁水㺄へきすいゆの生まれ変わり、楊州で帝位を奪って隋を滅ぼし、許王を称すことになるのですが、これはのちの話ですので、ここではおいておきます。

 さて、張衡は楊広に皇后にまめまめしく使えるのを勧めるいっぽう、ひそかに腹心たちに皇太子楊勇の過失を言い立てさせ、晋王楊広の孝行ぶりを称えさせます。また宮中の人々にわいろを使い、「晋王は国政にはげみ、功績は多大である」と称揚するよう頼みました。やがて宮中に晋王の才徳をほめたたえないものはいなくなり、誰もが皇太子の惰弱さの悪口を言うようになりました。

 宇文述が言います。

「殿下、ことを成し遂げるにあたっては、まだ三つの重大な問題がございますな」

 楊広はいそいで尋ねます。

「もう問題は三つだけか? 言ってみるがいい」

 まことに


唐がおこるのが天意でなかったなら

隋煬帝の簒奪など許しはしなかった


 宇文述はどのような話をするのか、それは次回で。

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