第2話

「マユケン」


下駄がゲタゲタ♯2


 私はバイト先の雑貨屋から外をボーッと眺めている。

 同じような人達がゴチャゴチャしている。学ランの男にはもう二カ月も会っていない。近くに住んでると思っていたのに…。

 偽りの自分…。偽ってるつもりはなかったけど、あれ以来香川先輩の路上ライブも明美と仲間達ともあまり会っていない。スッキリしてる気持ちと学ランの男にまた会いたいって気持ちと、複雑に絡まっている。

「繭ちゃんは恋してるね!」

雑貨屋のオーナーの浩子さんがココアを持ってきてくれた。

「恋っていうか…不思議なんです…自然と彼の事が浮かんでくるんです…少ししか会っていないのに」

「ハハハ…それが恋って言うのよ」

浩子さんが笑いながらバックヤードに入っていった。

 私は大きな溜息をついた。


 バイト帰り茶沢通りを歩いていると前から竹田君と数人が血相変えて走ってきた。

「お!繭!あの例の学ラン野郎こっちに来なかったか?」

「え!いや!見てないけど…どうしたの?」

「あの野郎!香川先輩をバットで殴って!香川先輩は病院に運ばれたんだよ!」

「なんで?」

「解らない!あのキチガイ野郎!殺してやる!」

竹田君達は走り去った。

 私は焦った。

 何があったのか解らないけど焦って男と別れたあの路地に向かった。


 小さな時計屋さんがある路地に入った。

 路地の奥には“日本出版社”と書いた小さな看板があるボロいアパートがあった。入口のサビた門に猫が寝ている。入口でウロウロしているとアパートの一室から数人出て来た。やくざ風の男達は私に「何か用?」と聞いてきた。

「あ!…いえ…あの…」

「ハッキリ喋れよ!」

サングラスをかけた男に怒鳴られた。

 私は怖くて余計に話せなくなってしまった。

「うるせぇよ!」

ドアがあいて学ランの男が出て来た。

「兄貴!この女がモゴモゴ何言ってるかわからんのですよ!」

男が私に気付いた。

「ここで何してる?」

「知り合いですか?」

「ああ」

「兄貴!こう言うのが好きなんですね!」

「うるせぇよ!お前達は早く取材に行ってこいよ」

「はぁい!」

やくざ風の男達はニヤニヤしながら歩いていった。

「で?何やってんの?」

「今日は学ランじゃないんですね…」

「あれは学生運動の取材に行ってたから雰囲気で学ランを着てたんだよ…んで?何してんだよ」

「あ!いや…私の先輩が貴男に殴られて入院して、仲間が貴男を探してるんです」

何故かこの男の前ではすらすらと喋れる。

「お前の先輩って歌を歌ってる奴か?」

「そうです!なんでバットなんかで殴ったんですか!卑怯者!」

「殴ったのは赤じゃないか?お前の先輩がクスリ売ってるから、赤のテリトリーを荒らした報復だろうね」

「貴男じゃないんですか?」

「俺は新聞社やってる!真実だけしか載せない新聞社だ!暴力で解決なんてしねぇよ」

男は煙草を咥えながら言った。

「お前は知らないだろうけど、お前の周りはジャンキーばかりだよ。ヤクザも動き出してるからね!俺はそれを調べてるんだよ。巻き込まれないうちに真面目に学校行ってな!」

「そんな…貴男は私の仲間に探されてますよ」

「この仕事は危険がつきものだからね」

「私に出来ることないですか?」

「無いね!」

「仲間に貴男はやってない!って言ってきます!」

「やめろ!お前が危ないぞ!お前は田舎の親を思ってせっかく入れてもらった大学を真面目に行け!」

「でも…」

「ありがとな!教えてくれて!でもよ…まぁいいや…早く帰れよ」

男は煙草を咥えながら微笑んだ。

「また来てもいいですか?」

「ああ、今度はゆっくりコーヒーでも飲もう」

「ありがとう」

私は何度も振り返りながら路地から出て下宿先に帰った。男は振り返る私にずっと手を振ってくれた。


 しばらくして竹田君と仲間達が逮捕された。赤の人達と抗争事件を起こして何人か死んだとニュースで言っていた。

 落ち着いた頃に路地の奥のアパートへ行った。

「……無い」

日本出版社の看板が無くなっていた。

 私はアパートのドアを何度もノックした。

「うるせぇよ!」

二階からサングラスの男が降りてきた。

「あ!兄貴の彼女!」

「こんにちは兄貴さんは?」

「……え?」

「……」

「知らないのか?」

「なにがですか?」

「兄貴…死んだよ…」

「え?」

「竹田って奴を庇って赤の奴に刺されたんだよ」

「なんで?」

「兄貴が取材で竹田に話を聞きながら自首を進めてるところを赤の奴等に襲われて竹田を庇ったんだよ」

膝に力が入らなくてその場に倒れてしまった。


 目を覚ますとソファに寝かされていた。学ランがかけられていてあの人の匂いがした。ぎゅっと学ランを握り締めた。

「目が覚めたね…これ」

サングラスの男が手紙をくれた。


名前も聞かなかったがガンバレ!

長野の女よ!君は素敵だ。

君が俺に話した故郷の話やポイ捨てに怒ったこと、俺は何故か素直に受け止められた。不思議だなと思った。俺は喋るのが苦手だから文章に残すことにした。

この一件が揉めたら大変だが、もし落ち着いて静かになったらゆっくり会おう。

もしも、コレが最後なら来世で会おう。


賢三


おわり

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マユケン 門前払 勝無 @kaburemono

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