恐怖!パンダ・シャーク
小説って何書くのこれ何文字まで入るのかn
第1話 日常~予感~
彼女は目を覚ました。いつもの天井、いつものベッド、いつものアラーム。部屋の汚さもいつも通り。
顔を洗おうとベッドから下りると足に何か違和感を感じた。踏んだのは財布だ。
「昨日は飲んできてそのまま寝たんだっけ…。なんか頭痛も痛いわ…」
床には財布と一緒に免許証が転がっている。『ヒビ・ラルカ 令和34年02月22日生 種類原付 令和56年11月01日まで有効』意味が分からないレベルでふてぶてしい自分の顔を見て朝からうんざりする。重い体を引きずりながら髪を縛って顔を洗い、スマホのカレンダーを見て今日も落胆する。『令和55年3月15日(土)』
「まだ土曜かー。たるっ」
外に出るんだからと言い聞かせてとりあえずメイクを済ませる。メイクが終われば朝ごはんだ。今朝はオシャレにインスタント麺と決め込む。歯を磨いたら忘れ物がないかを確認し顔をたたいてへへっと笑う。
彼女は今日も原付で出勤する。UJI river沿いを走り続ける。
「さっみーー!」
もう春にはなったが早朝のバイク通勤は冷える。すでに職場は見えているが、そのせいで余計遠く感じる。
ふと川を見ると一匹の鵜が仰向けで流れていく。鵜自体はこの河川では珍しくはないのだが死体を見るのは初めてだった。ただの死体か、と思ったが彼女には心当たりがあった。最近上流のほうに妙な施設ができた。表向きは観光客増員を図る為の歴史体験学習施設『History学べるところ』と称しているが、実はあそこでは子どもを攫っているという都市伝説めいた噂がある。
「あのクソへんてこな施設の工事かなんかで住処が無くなったのかねえ。お気の毒に。なむあみだぶつ」
そんな独り言をつぶやいて10分ほど走っていると大きな橋が見えてきた。このUJI big bridgeを渡ればもうすぐ職場だ。
彼女の職場。それは日本一の大きさ・広さ・展示種数・売上を誇る巨大動物園、『UJI Zoo』。デエキチ山まるまる一つを切り開いて作られたこの動物園では、哺乳類や鳥類だけでなく、魚類や虫、一部の菌類まで展示されている。
これだけ多くの種類の生物を展示する為に、飼育員は哺乳類・鳥類・爬虫類及び両生類・水族・虫類・菌類の各班に割り振られ仕事をしている。彼女の所属は哺乳類班だ。
従業員用入口に回ろうと大通り沿いの正面ゲート前を通ると、まだ太陽が斜めにさしているというのにすでに人が少し並んでいた。
(土曜日ってかんじだー、忙しくなりそ)
そんなことを考えながら従業員入口横の駐輪場に着いた。
原付を停めて警備員に軽く挨拶をして、ゲートで従業員証をスラッシュして哺乳類班の事務所がある第一号棟に向かう。するとご機嫌な声で「オハヨー!ヒビ!」とキバタンオウムが鳴いて出迎えてくれた。
「おはよう、メロンスカッシュ。お前は毎日がエブリデイで仕事だから大変だねー。お前ほど仕事熱心なキバタンはいないよ」
「ヒビ!トモダチ!」
このオスのキバタンオウムはメロンスカッシュという名前で、この事務所のアイドルとして飼われている。といっても本当はラルカ自身が個人的に上司にお願いし、半ば強引に皆のアイドルとして迎え入れただけだ。もちろん世話は彼女が一番に買って出ているのだが、そのせいか彼はラルカの名前だけは憶えている。
「いつも通り元気で何より何より」
聞き慣れてはいても、この声を聞くと仕事の始まりを感じて気が引き締まる。
「たまにはラルカって呼んでくれよー、まいだーりん」
冗談めかしてメロンスカッシュにそう言って前を向くと、席でキーボードを叩く一人の黒髪の男性がいた。
「タイラさん早いじゃん!おはよっ」
「おはようございます、ヒビさん。そんな大声出さなくても聞こえますよ」
彼は冷たく返した。
「まったく元気ないんだからタイラさんは~」
「僕は若くもありませんから元気がなくて結構です」
彼はイイダ・タイラという哺乳類班の事務職員で、書類やデータの整理をしている。寡黙で筋肉質で背も190cmと高い彼は、いつもパソコンに向かっているのもあって近寄り難い印象を受けるが、どんな冗談でも返事はしたりと人間関係に律儀な面がある。なぜか晴れの日はコンタクトで雨の日は眼鏡をかけるという変わった癖があり、彼を見ればその日の天気が分かるとまで言われている。
「タイラさんはもっと笑うことをおすすめするよ~。ほら、にーって」
そう言ってラルカは彼の椅子を回して飛び切りの笑顔を見せつけた。
「結構です。お客の前では笑顔を絶やしませんので」
それだけを言って彼はPCに向き直った。
そんなやり取りをしていると男子用ロッカールームから一人の若い制服の男が出てきた。背はラルカより少し高いぐらいで、金色に染めたマッシュルームヘアの前髪は片目にかかっており、とても爽やかとは言えない。
「ハハ、まさかレディーが朝っぱらから男をたぶらかしているとはなあ。それにお相手は黒髪ダンディーノだけじゃなく鳥くんもときたこりゃ傑作だな」
茶化すように彼が言う。
「盗み聞きとは高尚な趣味をお持ちでー。っておいおい、こんな色男が今日麗しの女神の拳で死ぬなんて全米がお涙沸騰しちまうよぉ」
ラルカが拳を握りながら顎で煽って返す。
「分かった悪かったよ!このフィットチーネ・ソーダの名に懸けて今の言葉は撤回する。だから殴らないでくれ!」
彼は泣きそうな顔で後退りした。
フィットチーネ・ソーダはラルカと幼馴染で、このUJI Zooでは同じ哺乳類班に所属しているが、どうにも昔から反りが合わない。趣味も発言も行動も何もかもがどちらかの神経を逆なでしてしょっちゅう言い合いをしているが、喧嘩となるとついぞソーダが勝ったことはない。
「じょーだんだよ、じょーだん。ソーダ、リーダーはどこにいるんだい?」
「お前のは冗談じゃなかった時が怖すぎんだよ。リーダーならさっきロッカールーム行ったけど」
彼はそういって彼が出てきたところの隣の扉に親指をさした。
「そうか。んじゃそこで話すか」
そう言って彼女は女子用ロッカールームに向かった。
「あ、ソーダお前覗くんじゃねえぞ」
と扉を閉める間際に言うと、誰がてめーのなんかと彼が言うのが聞こえた。
「グッモーニン、アワーリーダー!」
「Good morning, my sister. ってよしてよ、アタシももう日本には慣れてるのに」
高い鼻と青い目の彼女からは想像もできないほど流暢な日本語が聞こえた。彼女の髪は長く透き通るようなブロンドで、ソーダのそれとは大違いだ。スマホをいじっていた手にもどことなく気品のようなものを感じられる。
「そーりーリーダー。今着替え終わったとこか」
ごまかすように着替えながらラルカがそう言う。
リーダーと呼ばれる女性の制服のバッジには『哺乳類班リーダー えり・えりさ』と書かれている。
「こら、ごまかさないで。ちゃんと日本語でお話しましょう」
頬を膨らませて彼女が少し怒った様子を見せる。女のラルカも思わずかわいいと心の中でつぶやく。ラルカが心から慕っている数少ない人物の一人で、18歳の頃から世話になっている。二人の間には国籍などないかのように、お互い姉妹のように振舞っている。
「ごめんよえり姉、からかうつもりはなかったんだよ。それより聞いてくれよ」
なあに?と不思議そうにえりさが返す。
「今朝、一匹の鵜が仰向けで流れてくのを見たんだ。やっぱり『History学べるところ』の工事の影響かな?」
リーダーは少し考えてから応えた。
「んー。そこまで過敏な子たちだったかしら?この辺りの鵜は結構たくましい個体が多かったはずよ。それに最近は数の少ない在来種の魚を食い荒らしてしまうって話で、猟師さんも鵜狩に力入れてたし…。きっと撃ったあとに死体を確保できなかっただけよ」
「そっか!確かにそーだよな。えり姉が言うなら安心だ」
少し安心した顔でラルカが返した。えりさも微笑み返す。
「ラルカ、貴女は本当に人にも動物にも優しいのね」
「いやいやいや、そういうのいいって!ほらウチって口も悪いし?態度もよくねーし?ずぼらだし?ほらーその鵜もさ、人様の大義名分で可能な限り多くの種の存続をなんとかーっていうアレに則っただけ的な?てか人に優しくした覚えねーし」
ラルカは耳を赤くして下を向いてしまった。少し笑いながらえりさが返す。
「うふふ。ほら、ソーダ君もきっと貴女の優しいところに惹かれてるのよ。朝もあんなに熱く語り合ったりしちゃって、お姉ちゃんまでキュンキュンしちゃうじゃな~い」
「はあ!?なんでアイツとウチが!?えり姉さすがに怒るよ!?」
ロッカールーム中にラルカの怒号が響き渡った。
「ごめんねラルカ、からかうつもりはなかったのよ。でも、貴女が哺乳類班に来てから彼、変わったのよ。お客様に笑顔を見せるようになったんですもの。ラルカのことをきっと…」
「そこまでにしてくれよ」
少し複雑そうな表情でラルカが遮り、つづけた。
「あいつに特別な感情は抱いてねーよ。いっつも憎たらしいし毎日ぶん殴ってやりてえ。けど適当にバカ言いあってるのがお互い楽しいだけで退屈なかんけーだよ」
「退屈ねえ…だとしても大切な人が近くにいるのはとっても素敵な事よ」
ラルカはあいつなんか死ねばいいと思ってるよと返したかったが、えりさの下がった眉を見て言葉を止めた。少しの沈黙が流れたがラルカがそれを破った。
「今日は忙しくなるよ!生態紹介とかショーとか頑張んねーとな、リーダーさん!」
ニッと笑うラルカを見てえりさはいつもの笑顔を取り戻す。
「そうね!たくさんのお客様が楽しみにしているわ。動物たちと一緒に皆を笑顔にするわよ!」
互いに笑って二人は更衣室を後にした。
オフィスでは先にソーダや他の飼育員がPC業務を始めていた。今日の仕事を確認しているのだろう。彼の机の上にはラーベルヒーローのフィギュアが並んでいる。ラルカの席は彼の隣だ。彼女がわざとドカッと座って見せると、ソーダが彼女をギッと睨んだ。ラルカの机にはたくさんの動物のフィギュアがある。ジャイアント・パンダやマレーバクなど珍しい生き物ばかりだ。えりさもラルカの正面の席に座って業務を始める。彼女の机の上には写真立てがいくつかあり、彼女の家族が写っている。一番扉に近い席ではタイラが忙しそうにキーボードをたたいている。
哺乳類班には他にも10名ほどの飼育員がおり、この時間帯にそれぞれの仕事を確認する。特に行事や事故、動物の病気や出産や育児放棄、欠員などがなければいつも通りに進む。今日も特に何も起こっていない。毎週していることの繰り返しだ。
ラルカは今日もいつも通りだなと軽くため息をついた。そう、ロッカールームでえりさが見せた少し暗い表情もいつものことだった。
Eri・Elisaはまだ9歳の頃に、このUJI Zooで両親と妹を亡くしている。令和38年、桜が舞う季節の出来事だった。原因は不慮の事故で脱走してしまったクマによる襲撃だった。幸い彼女に外傷はなかったが精神に深い傷を負わせた。身寄りのなくなった彼女を引き取ったのは、彼女の父と親友でもあった前UJI Zoo園長プリンシパル・林森だった。林森は奪われた尊い命を弔い償うとして、Eri・Elisaの精神療法を試みた。
林森は豊富な経験と知識と財力により、彼女のアニマルセラピーを成功させクマと触れ合うことさえ出来るように回復させた。やがてElisaはUJI Zooの飼育員を目指し必死に勉強をするようになり、日本語も堪能になり専門の大学をトップの成績で卒業しようとしていた。時を同じくして彼女は日本人として生きることを決意し、えり・えりさと改名した。しかし、彼女に悲劇が起こる。いよいよ卒業する、というその日に、林森は急逝してしまったのだ。
えりさは2度も家族を失ったことに深く悲しんだが、今度は動物たちとの対話を通して自力で回復したという。それからUJI Zooに就職してからというもの、飼育員として立派に勤め今では哺乳類班のリーダーとなった。
園長亡きあとしばらく園内での体制は揺らぎを見せたが、現在は故林森氏の息子である、プリンシパル・海川が園長に就任している。
(大切な人が近くにいるのはとっても素敵な事、か…)
えりさとのロッカールームでの会話を反芻しながらラルカは考えていた。日常に刺激がないのはつまらない。でも、大切な人を失うような刺激なら無い方がマシだ、と。
初めてラルカがこの話を聞いたのは、ここで飼育しているジャイアント・パンダに腕を引っ掻かれた時だ。不慮の事故ではあったが、ラルカは全治2か月の怪我を負った。腕はしっかり回復したものの、ラルカのパンダへの恐怖は消えていなかった。そんな時、この話をしながら優しく寄り添ってくれたのがえりさだった。
それ以来ラルカは彼女を『えり姉』と慕い、えりさは彼女を妹と姿を重ね、互いに姉妹のような関係となったのだ。
やがてラルカはアニマルセラピーにより精神も回復し、仕事に復帰した。今ではパンダ舎の仕事も難なくこなしている。
そんなことを考えながら少しすると、飼育員数名とソーダがPC業務を終えたようで立ち上がった。
「今日は客が多いから疲れそうだな。しょうがね、やるか」
気怠くソーダが言うと、
「こらソーダ君、お客様でしょ!せめて『お』ぐらいつけなさい!『お』!」
とえりさが叱咤した。
「えり姉こまらせんじゃねーよー」
とラルカが話すと、彼はへーいと言いながらオフィスを後にした。
「まったく、常識のなってない若者ですね。リーダー、まだ行かなくてよろしいんですか?」
とタイラがえりさに尋ねた。
「そうですね!ありがとうございます、タイラさん。急ぎましょラルカ」
「おっけーリーダー。そんじゃ行きますか!また後でね、タイラさん!」
ラルカやえりさ、他の飼育員が立ち上がりぞろぞろと園に向かう。
「どうせ休憩で顔出すじゃないですか。いちいちいらないですよそういうの」
かなり冷たい返事が飛んだが、ラルカには聞こえていなかったようだ。
この時はいつも通りが、退屈な日常が続くと全員が思っていた。
しかし、何か不穏な雰囲気が園に流れているのをラルカは感じ取っていた。
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