人気配信者 柊京子、或いは世界のマリオネット

@owlet4242

人気配信者 柊京子の日常+1

「や、やっほー! 京子ちゃんの『おうち時間の達人』のじかんだよー!」


 よそ行きの声と表情を作って、私は今日もパソコンのWebカメラに向かう。

 私の名前はひいらぎ京子きょうこ。この現代社会においては、(恐らく)ごくごく標準的な引きこもりである。


 25XX年、人類はその労働の多くを、ロボットによるオートメーション化に成功していた。

 もはや、日々の糧を得るための労働などは、人類にとって過去の話。今は、自分の生活をより充実させたい者だけが、労働によって余剰な金銭を稼ぐ時代になった。


 すると必然、最小限の生活で満足するような者は、労働をする必要もないというわけで。


 だから、私のように「労働」という言葉を人生の辞書から捨て去った人種が生まれるのは、ある意味必然だった。

 つまり、私は時代が生んだ新しいミニマリストなのだ。決して「NEET」や「自宅警備員」などというような、数世紀前に流行った存在と同一視しないでいただきたい。私は精神的貴族なのだよ! ふふん。


「というわけでですね~、今日は皆さんに『おうち時間を有意義に過ごすための良作映画の見分け方』についてレクチャーしたいとぉ~、思いま~す!」


 では、そんな私がこのようなアホみたいに高いテンションで、動画配信という労働にも似た行為をしているのは何故なのか。


 その理由は、数ヵ月前から世界的に流行し始めたある新型ウイルスにあった。


 25XX年1月某日、新年の祝いもまだ冷めやらぬ世界に、アジアを発生源とする新型ウイルスが流行の兆しを見せているとのバッドニュースが飛び込んできた。

 新年に浮かれる人々は、精々インフルエンザが流行るようなものだろうと高を括っていた。


 ところがどっこい、こいつが今までに例を見ない凶悪なウイルスだったのだ。


 罹患者の致死率は極めて高く、感染力も絶大。潜伏期間も長いため、症状の出ていない感染者が移動する度にその先で新たな感染が起きる。しかも定期的に変異種が現れて、一度罹ったとしても再感染の恐れまであるときた。まるで、子どもの妄想から産み出された「ぼくが考えたさいきょーの悪者!」みたいなウイルスだ。加減しろ、バカ。


 一月も経たないうちに世界的パンデミックと相成ったこの新型のウイルスのせいで、各国政府は共同宣言で外出禁止令を発令。人々は強制的に私と同じ「おうち時間」を過ごす羽目となったわけである。

 日課のネサフに興じても、眼に写るのは突然転がり込んできた莫大な「おうち時間」と、どう向き合えば良いのか嘆く書き込みばかりだった。


 ここでついに、話は私の動画配信と繋がる。


 この莫大な「おうち時間」をもて余す、「おうち時間難民」のために、私は「おうち時間」の先達として、「おうち時間」の過ごし方をレクチャーせねばなるまいという義憤に駆られたのだ!

 幸い、私は「おうち時間」の達人といっていい逸材だ。中学校卒業後、進学を早々に諦め引きこもることを選んだ私は、マンションの一室をさくっと借りて(昔と違って今は人口が減っているから、ろくな審査もなく中卒の私でもマンションが借りられたのさ!)親元から離れた。私はそれから一切外界との接触を絶った。それ以来私の生活はマンションの中で完璧に完結している。

 家賃や生活に必要なものは全てベーシックインカムの給付金で賄うので働く必要は無し。荷物はオートメーション化された配送業者に手配させて、部屋に備え付けの大型ポストまで運んでもらっているのでドアを開ける必要すらない。

 しかも、ウイルスの類いはポストに備え付けた生物には使えないレベルの強力な消毒設備が無力化してくれるので、このご時世でも安心・安全だ。思い切って少しグレードの高いマンションを借りたことがここで効いてくるとは、人生万事塞翁が馬とはまさにこのことか。うーん、よくやった過去の私。

 

 ともかく、そんな環境で私は二十代前半の今日に至るまで、10年近く引きこもりを続けている。ネサフ、動画・音楽観賞、創作活動(見るに耐えない)、読書(電子書籍)、軽い運動(ゲーム機を使ってやるあれね)、ゲームのネッ対(100先は乙女の嗜み)etc...、引きこもりにもやるべきことは多い(「べき」ではないか)。

 だから、私はこの10年の「おうち時間」で何一つ不自由を感じたことなどない。


 そんな経験から、私が作り上げた「おうち時間」を乗りきるための大いなる遺産レガシーを、「おうち時間」に悩む全ての人々に還元することに決めたというわけだ。


「はい、というわけでですね~、今日のテーマは『良作映画の見分け方』なんですが、ポイントはいくつかありまして~」


 そんなこんなで、動画を投稿し始めて早半年。長年、他人とはネッ対や文字チャットでしか繋がっていなかったので、最初は「ドュフフ……フォヌカポゥ……」みたいな典型的コミュ症丸出しだった私も、なんとか一端の動画配信者のように振る舞えるようになってきた。

 それに伴って、2ヵ月前からは動画にチャット欄を設けて、リアルタイムでコメントにレスポンスできるようにした。

 今では固定の観客もつくほどのちょっとした人気配信者なのだぜ?


「まず、皆さんにやっていただきたいのが『映画は本家のポスターやキービジュアルを見る』これですね~」


 私がいよいよ動画の中身に入ろうとしている内に、もう早速配信を嗅ぎ付けたリスナーの方々がチャット欄に表れ始めた。特に告知もしていないのに、恐ろしく早い反応だ。一体どうやって配信を知っているのだろうか。


 もしかして、ずっと私に張り付いてるとか? ……まさかねー。


 そんな下らない妄想をしている内にも、ログはどんどんリスナーの発言で埋まっていく。


《Log》

アンヘル:きょーこさんおっはー

ケルビン:舞ってた

力こそパワー:おは投げ銭(300円)


「あ、皆さんおはようございます~! パワーさん、いつもおは投げ銭ありがとうございます!」 


 ふふん、見たまえ。私ほどの人気配信者になると、配信開始一分足らずで投げ銭をいただくことも可能……!(慢心)


《Log》

力こそパワー:レスあざます!

ヴァーさん:恐ろしく速い投げ銭、俺でなきゃ見逃しちゃうね(1000円)

蹴るビーム:恐ろしく速い観客の投げ銭を見逃さなかった人の投げ銭を見逃さなかった人←

ミニオンズ:きょこさんおはおー

とろける鋼:おはです、今日は映画の話なんですね


「わ、わ、皆さん増えてきましたね~、それじゃあどんどんいきますねぇ~。じゃあ、なんで本家のポスターやビジュアルを見るべきなのか、その理由を説明していきましょうか。実はこれには、広告代理店が関係してまして……」


 リスナーがどんどん増えてきたので、私は動画の配信に集中する。

 ただ動画を投稿するだけなら適当にだらだら流してしまうのもありかもしれないが、この配信には投げ銭をいただく機能がついている。対価を貰う以上は、せめてその分はしっかりと配信しなければと流石の私も思うのだ。


 むむっ、これが所謂いわゆる「労働の歓び」というやつか! まさか、この歳になって初めてそれを感じることになろうとはなぁ。


 おおよそ「労働」とは無縁の生活を送っていた私が、今や一端の労働者だ。まったく、世の中どう転ぶかわからない。


 そもそも、私ってこんなキャラじゃないんだけどなぁ……ま、いっか!


 ただ、それでもこのリスナーたちが私を求めてくれるうちは、もうしばらく「労働の歓び」を噛みしめよう。そう思う私なのだった。



◇◇◇



「よーし、これで今日も柊京子は配信に夢中だな。よしよし、君はそのまま家でいてくれよ」

「主任、お疲れ様です」

「あ、吉野くんか、そっちもお疲れ様」


 肩越しにかけられた声に、パソコンのディスプレイから顔を上げた私は「うーん」と唸りながら肩を回す。

 そんな私を見て、吉野くんは苦笑いを浮かべる。


「本当にお疲れですねぇ、その様子だとやっぱり柊京子さんの件ですか?」

「そうそう、彼女の配信がようやく軌道に乗ってきたからね。正念場だと思って頑張り過ぎちゃったよ」


 私の言葉で吉野くんはパソコンのディスプレイの一つに目を向ける。そこでは二十歳くらいの女の子が、少しぎこちない様子で『良作映画の見分け方』の動画を一生懸命配信していた。

 彼女の様子を眺めて、吉野くんはなんとも言えない複雑な表情を浮かべる。


「……京子さん、自分のリスナーが全部主任の作ったAIだって知ったら悲しむでしょうね」

「おいおい、それは言わないでくれよ。そもそも、この世界にはもう他の人間の配信する動画を観られる人間なんて、ほとんど残っていないんだからさ、はぁ……」


 吉野くんを窘めつつ、私は思わずため息を吐いた。


 半年前から猛威を奮い始めた新型のウイルス。人類は、ねずみ算式に増えるウイルスによるパンデミックを止めることに失敗。地球の人口は半年前と比べて既に99.9%以上減少していた。

 感染拡大を止めるために数ヵ月前に世界各国政府が共同宣言で発令した外出禁止令は見事に裏目に出た。潜伏期間の感染者が外出禁止中に自宅で発症しそのまま死亡、その死体が新たなウイルスの温床となって爆発的にパンデミックが拡大したのだ。

 もはや今となってはそんな死体を処理する人手も足りず、今世界は「確実に非感染者と分かる人間をウイルス終息まで保護する」方向へとその動きをシフトしている。


 保護の対象となるのは、外界との接触を完全に絶ったことを証明できる人間。すなわち、引きこもりだ。

 具体的には、「引きこもりを家から出さないこと」、それを目的に私たちは活動しているのだ。


「京子さん、ウイルスが終息してからが大変ですよね」


 吉野くんの言葉に私は頷く。


「ああ、彼女には新しい世界の担い手として、これからはもっと働いてもらわないとな」


 私はモニターの中で相変わらず熱弁を奮う彼女を見つめる。


「まぁ、彼女もどうやら『労働の歓び』に目覚めたらしい。多分、これからもうまくやってくれるさ」


 そう言って私は笑った。

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