失った時の重さを嘆いて

下手の横好き

第1話

 何時いつだって、俺はついてなかった。


どんな時も、金運には恵まれなかった。


宝くじで1000万の6桁の数字が全部合っていても、組が違くて、おまけに組違い賞がない。


競馬で大勝負すれば、本命の馬が落馬したり大きく出遅れる。


なけなしの金で株を買って、大きく下がったので慌てて損切りしたら、その数日後から何倍にもなる。


何度も何度も選択肢を間違えて、対処に失敗して、今、こんな所で後悔ばかりしている。


ろくに陽も当たらない、6畳一間の部屋。


風呂はなく、トイレも共同。


湯沸し器がないから、蛇口からはお湯も出ない。


狭い水回りの隣には、薬缶やかんを1つ載せられる、正方形のコンロがあるだけ。


エアコンもないから(大家が工事させてくれない)、1階なのに、夏場は窓を全開にして寝るし、冬はテーブル兼用の炬燵こたつが生命線だ(火事が心配だから、石油ストーブも禁止だと)。


68歳。


良い歳をして、収入は僅かな国民年金だけ。


それでは足りない分は、親が残してくれた家を売って作った預金を、毎月少しずつ切り崩している。


当然、3食まともな物は食べていない。


朝は食パン2枚と目玉焼きかウインナー数本、インスタント珈琲。


昼は110円のカップ麺1個で遣り過ごして、夜だけ特別に、近くのスーパーで半額になるのを待って買う、弁当と惣菜そうざいを食べる。


若い時は貧相だと馬鹿にして、見向きもしなかったのに、今はこれかたまに食べる松屋が最大のご馳走。


何でこうなったのだろう?


人生における転機は、チャンスは、自分だって人並にはあったはず。


なのに、その時それに気付かず、しくは先送りして楽に逃げたばかりに、結婚すらできずに、こんな所で過去を嘆いてばかりいる。


まともに生活できたのは40歳まで。


それさえ、同窓会にも恥ずかしくて出て行けないような、落ちぶれた存在だった。


浪人の末、当時は上から2、3番目の一流私立大学の法学部に入れたが、ろくに興味も持てなかったのに見栄で受け続けた司法試験に固執して(刑法の判例とは、一部を除き、喧嘩ばかりしていた)、就職活動すらせず、ある理由で免許も取らなかったから、40を超えると、飲食店のバイトすら、申し込み時に年齢を告げただけでやんわりと断られた。


雇ってくれたのは、体力的にきつい、交通整理や建築現場の警備員くらい。


暑さ寒さの問題だけではなく、長時間立ちっぱなしの仕事は、腰に負担がくる。


結局、それらも65歳を過ぎる頃にはできなくなった。


隣室からテレビの音が漏れてくる。


NHKの受信料を払いたくなくて、仕事を辞めた際、自分は手放した。


それだけで毎月3食は夕飯が食べられるし、ガラケーだけでスマホなんて持ってないから、時々係の者が尋ねて来ても、平気である。


そのガラケーも、月額980円の料金が勿体無もったいなくて解約しようとしたが、家に電話もなく、高齢に差し掛かった身としては、さすがにそれは躊躇ためらわれた。


夕食を済ませば、後は他に何もする事がない。


洗濯は週に1回、夏場だけ2回、コインランドリーでまとめてするし、夕食代より高い銭湯には、週に1、2回しか通えない。


睡眠は、空腹や苛立いらだちを一時いっとき忘れさせてくれる、とても優れた手段なのだが、不安でどうしようもない時は、たまに古本屋で1冊100円で買う、文庫を読む。


何かの文学賞を受賞したような、真面目で堅い文章のものはあまり読まない。


昨今ネットで量産されている、所謂いわゆるライトノベルというジャンルのものだ。


大して中身がない物が多い代わりに、何も考えずに読めるし、その筆者の中にも、きっと自分のような身の上の人がいるのだろう。


何の努力もしていないのに、ある日突然神様から力を授かって好き放題できたり、急に女性にモテモテになったりする。


自分だけが何かに目覚め、最強の力を得たとか、事故や事件に巻き込まれて死んだが、チートなスキルを貰って異世界で勇者になるとか、そんな話が多い。


魔王や勇者が、その能力を持ったまま生まれ変わり、最強になるとか言う割に、やってる事は、高校生の中での試合に勝つとか、その程度。


どの話も、色々とツッコミどころ満載なのだが、きっと深く考えたら負けなのだろう。


現実で失敗し、若しくは底辺に居る者達が、せめて物語の中だけでは、憧れのヒーローやヒロインでいたい。


その気持ちは、今の自分には嫌と言うほど分るし、現実で自分を蔑んでいた者の身代わりを物語に立てて、それにこっぴどくやり返す書き方も、それを書く人の気持ちも、理解できなくはない。


書名なのに、まるであらすじをそのまま書いているような題名が多いのには、その文章力を疑い、閉口するが、それも前もって検索をしないで済むようにとの、作者側の温かい配慮なのかもしれない。


今日も今日とて過去を思い出し、己の失敗に自分でツッコミを入れていた俺。


唯一違うのは、その頭の中に、誰かの声が聞こえてきたことだ。


『そんなに後悔しているのか?』


「えっ、誰?」


その自然な声に、最初は何処かから声をかけられているのかと勘違いして、狭い部屋を見回す俺。


誰も居ないし、窓の鍵もちゃんと締めてある。


『毎日毎日、よくも飽きないものだ。

それ程悔やんでいるのなら、何故なぜもっと早く、行動を起こさなかった?』


「えっ、誰も居ないよな?

・・もしかして俺、到頭とうとう精神が病んできた?」


『安心しろ、まだ大丈夫だ。

わずかに開けてた隙間から、日々懲りもせず、延々とたわいも無い事ばかり言ってくるから、最初は呆れてスルーしていたが、暇潰しにお前の過去までさかのぼってその有様を見て、少しだけお前に興味を持った』


「何処に居るんだ?

何処から話をしている?」


『言っても分らんよ。

お前の脳内に、直接話しかけている』


「俺、本当におかしくなってない?

なら教えてくれ。

あんたは誰で、どうしてこんな俺に興味を持ってくれたんだ?」


『自分が誰かは言えんな。

言っても恐らく信じない。

だから、もう1つの質問にだけ答える。

・・確かにお前のこれまでの人生は、ありきたりだし、つまらない。

自身が認めている通り、ろくな努力もしてこなかったし、積極的に物事に取り組んだ訳でもない。

犯罪を犯さなかったのは褒めてやるが、特に善行を積んだ訳でもない。

ある時からの、小さな虫たちに対する配慮は認めてやるがな。

・・自分から言わせてもらえば、お前の人生は、『間が悪かった』、それに尽きる。

宝くじももう少し早く買っていれば、ミニロトで100万円くらいが何回か当たっていたし、株だって、いつもみたいに4、5日放っておけば、何倍にも化けたのだ。

学生時代に貰ったラブレター、あれも、部活の練習前だからと面倒臭がらずに、きちんと自分で鞄に終えば、あんな事にはならなかった。

奇跡的に無傷ではあったが、子供時代に事故で危うく即死しそうになったから、それがトラウマとなって運転免許も取らず、そのせいで、年を取ってできる仕事が限られた。

・・似たような境遇の者はいた。

もっと悲惨な者だって多い。

だがな、お前には1つだけ、自分(声の主)が認めるものがあった。

弱き者への、その視線の優しさだ。

お前は学生時代、それなりに勉強もでき、体格に恵まれたせいで、運動能力も高かった。

容姿だって、人並には優れている。

そんなお前だから、高校までは学校でも上位にいたが、その時、お前は決して能力の劣った者達を見下したり、馬鹿にはしなかった。

それどころか、むしろそういう者達ほど、仲が良かったよな?

さげすみもしないが、えて手を差し伸べる事も無い者が多い今の世で、周囲の視線を気にせず、損得抜きでそういう者達と付き合えたお前を評価する。

お陰で彼らは、いじめを受ける事もなく、学校生活を送れたのだ。

まだ小学生の頃、お前は考えなしに昆虫を大量に採取し、それで満足してろくに世話もせず、見殺しにし続けた。

でも大人になってそれに思い当たり、深く反省した上で、それ以降は害虫しか殺さなかった。

部屋に紛れ込んだ、2ミリに満たないような生まれたばかりの蜘蛛くもたちを、殺さないように、わざわざティッシュの上に追い込んで、何度も外に逃がしていたな。

その様は見ていて滑稽こっけいだったが、大いにお前を見直した。

上京するまで実家で飼っていた犬は、惜しみない愛情を注いでくれたお前に感謝しながらったぞ?

その犬も、元は飼うのが面倒になった、親類から押し付けられたものだろう?』


「何でそんな事まで知ってるんだよ!?

有り得ないだろう。

やっぱり俺の妄想・・」


らちが明かないな。

自分も何かと忙しい。

だから選べ。

お前に特別に機会を与える。

もう一度人生をやり直すか、それともこのまま生きるか。

但し、最初から最後までやり直しはさせない。

お前の寿命は79歳の誕生日の当日、つまり、あと11年弱だ。

その11年分、正確には10年と9か月分だけ、やり直しをさせてやる。

例えば、生まれて直ぐからやり直したければ、11歳になる前に、お前は死ぬ。

・・どうする?』


「・・79、ハハッ、それが俺の寿命か。

まだあと11年もあるんだな。

あと11年も、こんな暮らし。

・・嫌だ。

それなら生きていても意味がない。

お願いだ、俺を若返らせてくれ!

たとえこころざし半ばで死んでも良い。

もう後悔しながら生きていくのは嫌なんだ。

やるべき事、やりたい事を精一杯やって、死ぬ時は、せめて笑って死にたい」


『今の発言に、多少言いたい事もあったが、了解した。

何時いつから始める?』


「・・8歳からにしてくれ。

それから、1つ聴いても良いか?」


『何だ?』


「もし俺が、過去とは異なる行動をした場合、未来はきちんと変わるんだよな?」


勿論もちろんだ。

そうでなければ、お前を過去へと戻す意味がない。

幸いにも、お前は結婚もしなかったし、子ももうけてはいない。

過去をやり直しても、現世で消滅する者がいない。

その点も、お前にチャンスを与える理由の1つになっている。

自分は運命などというものを好まない。

何をどうしても予め結果が決まっているのなら、人に努力や試行錯誤をさせる意味がない。

もっとも、恋愛面でそれを信じる者を、否定しはしないがな』


「良かった。

やり直しても未来は変わらんとか言われたら、そこでくじけるところだった」


『忘れるなよ?

19歳の誕生日を迎えるちょうど3か月前、3月4日に、お前は死ぬぞ?

その時に、またこうしてお前に話しかける。

その際、折角せっかくだから感想を聞こう。

それが少しでも有意義なものである事を期待している。

・・大サービスで、今までの記憶だけは残して置いてやろう。

お前がこれまでしてきたように、過去の自分を悔やみながら、それを活かして生きるが良い』


そこで、俺の意識は一旦途切れた。

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