第2話 出会い

 七緒と出会ったのは十年ほど前のことだ。

 自宅の隣で建設工事が始まり、好奇心旺盛な年頃だった俺は毎日その様子を眺めていた。その頃は、重い材木を担いで細い足場を軽々と巡る大工のことを格好いいと思っていたし、一日中その光景を見ているのも苦ではなかった。


 そんなある日。見慣れぬ家族が完成しかけの家にやってきた。若い夫婦と、幼い娘の三人家族だ。この家に住むのはこの人達なんだろうな、と直感した俺は、彼らに挨拶をしなければと意気込んだ。子供ながらに礼儀正しく振る舞わなければならないと思っていた。

 俺が元気に挨拶をし、隣に住んでいることを告げる。夫婦は「小さいのに偉いなぁ」とか「これからよろしくね」とか言っていたような気がする。会話の内容はよく憶えていない。その時には既に俺と同じくらいの歳に見える娘の方に意識を向けていた。枝毛の一本もない綺麗で長い髪に、俺の幼い心は惹かれた。空を見上げていた彼女は俺の視線に気付くと、恥ずかしそうに俯いた。「仲良くしてあげてね」という母親の言葉に、俺は頷いた気がする。


 その女の子というのが七緒であるわけだが、この日は一言も言葉を交わすことはなかった。

 家族が再び姿を見せたのは、家が完成してからだった。引越し業者のトラックが家の前に陣取り、若者達がせっせと荷物を運び出していた。夫婦も作業をしていたので、娘の方は邪魔にならない所で所在なさげに座り、耳の垂れたウサギのぬいぐるみを抱えて空を眺めていた。いい子にしていた七緒に声をかけたのはこの時が最初で、俺は幼心ながらに緊張していたことを憶えている。

 俺が近づくと、七緒はぬいぐるみを抱えたままぺこりと礼をした。なんともぎこちない動きだったが、そんなことを気にする余裕はなかった。


「君、名前は?」


 それが最初の言葉だった。俺の問いに、女の子はぬいぐるみで口元を隠し、もごもごと口を動かした。


「ななお」


 七緒の上目遣いがやけに色っぽく見えたのは、単に俺が幼かったからなのか、あるいは当時五歳の七緒にすでに色気というものがあったからなのか。

 その後のことははっきりと憶えていない。とりとめのない話をしただけで帰ったような気がする。

 この時既に七緒を女として意識しているあたり、俺はマセガキだったのかと思い、こめかみが痛くなる。

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