11.魔王
『黙って聞いていればグチグチと……。遺伝子提供だと……? ふざけるな……!』
無遠慮に撒き散らされる怒気。
殺気に満ちた瞳。
今にも暴れ出しそうに荒れる口調。
『ルーダス・コアは俺のものだ! 継承者など要らん! 誰が譲るものか!』
ヴァンは豹変した。さっきまでの温和な態度はもはや見る影もない。蹴り上げたテーブルに追い討ちキックをかますほど荒れている。
『俺はルーダス・コアによる分身魔法を活かし! 今後何十人でも何百人でもビースティアの妻を迎え! 死ぬまでウハウハ猫耳尻尾ライフを送るんだよ! 継承者ができればどうせ早くコアを寄越せと騒ぐんだろう⁉︎ 邪魔だそんなもん! 産むなそんな子ども!』
静寂に包まれるスタジオ。テツカ様もサリエもドン引きしていた。
────性癖。
ヴァンはそんな理由で国民にとって最高の提案を踏みにじった。
『ヴァン様、そ、それはあんまりですわ……!』
驚愕するサリエが震える声を振り絞っても、
『悔しかったら無理やり奪ってみろ! 世界中の軍隊を集めても無理だがな! ハッハッハ!』
ヴァンは無慈悲な高笑いでお返しした。
「ヒ、ヒーローじゃねえなこりゃ……怪人の方だ……」
ユウノを含めて全国民が唖然とした。衝撃映像である。
「う、ウチの旦那どうしちまったです?」
「ヴァ、ヴァン様! そんな素敵な計画、私もう<検閲されました>が<検閲されました>ですわ……!」
「そんなこと言ってる場合じゃないですエル! ミオ、これ何が起きてるです?」
動揺する妻たち。知能犯・ミオに推理を委ねる。
「た、多分だけどぉ、ヴァンさんは私たちを庇おうとしてるんだわぁ……! 遺伝子提供を断る理由が百%ヴァンさん側の事情なら、『妻が遺伝子提供を嫌がっている』っていう疑惑は晴れるでしょう? これならきっと世間の批判はヴァンさんだけに向かうわ……!」
ミオは言いながら自分で震え上がる。ヴァンは妻を守るため、嫌われ者を一手に引き受けようとしているのだ。
「し、しかもこれめちゃくちゃ説得力あるわ! ヴァンさん変態だもん……! 妻が解放される選択より自分の性癖を優先って、いかにもヴァンさんがやりそうって国の人は思うでしょう?」
ヴァンが自分の性癖を重視するあまり国が滅びる結婚を選んだことは周知の事実。ヴァンは性癖のためならどんな選択も辞さないサイコな変態として国民に認知されている。これは国民が納得する理由ではないが、説得力はある理由だった。もはや妻を疑う者はいないだろう。
「が、頑張りますね〜、ヴァンさん……」
「ああ、おいたわしや……。今夜はギッタギタに<検閲されました>して差し上げませんと……」
妻たちは沈痛な面持ちでヴァンを見守る。
────夫は今、戦っていた。
『そもそも! 俺に意見する権利などお前らにはない……!』
ヴァンはスタジオの中をドスドスと練り歩き客席に近寄った。
『なぜ俺がお前らの要求に応えると思えるんだ? お前ら俺に甘えるばっかりで俺に何も返してないだろ?』
ヴァンは観客一人一人を指差し、語気を強める。
『こいつも、こいつも、こいつも! お前もお前もだ! ここにいる全員、俺がいなきゃ死んでいた! あのミサイルの雨に打たれて塵になっていたはずだ! 違うか⁉︎ 俺はお前ら全員の命の恩人だ! それをゆめゆめ忘れるな!』
カメラは縦横無尽にテレポートで移動するヴァンを懸命に追っていた。本来撮るべきではない角度になってしまい別のカメラマンが映る。客席だけではなくカメラマンも引いていた。
『そして覚えておけ! 俺がこの国を捨てれば全員死ぬ! お前もお前も、お前もだ! お前らは俺がいるからギリギリ生きてられるんだ!』
唖然。呆然。流石のテツカ様もこの事態は収拾できない。だらしなく口を開き、ただ見守ることしかできずにいる。何の頼もしさもないただの百歳のおばあちゃまだ。
『……にも関わらず、お前らは俺を糾弾し、一方的に要求を押し付ける。それに俺が応えなければ文句を付ける。一体何様のつもりだ……?』
テレビ慣れしているヴァンは今自分を抜いているカメラを的確に選んでカメラ目線。このメッセージはスタジオにいる人間だけではなく、全国民に向けている。
『このままじゃ国が滅びるから? 全員死ぬから? そもそもお前らがスナキア家なしでは生きられない状態に甘んじているのが諸悪の根源だろうが! 国民揃って毎日甘えんぼの日か⁉︎ あれはな、可愛い妻がやるからいいんだよ!』
ヴァンはカメラを鷲掴みして絶叫し続けた。テレビ史に残る放送事故だった。硬直する衆目の中、サリエだけがどうにか声を振り絞る。
『ヴァ、ヴァン様! どうされてしまったのですか! あなたはかつて聖人君子のようで、我々にとって理想の英雄でしたのに! これではあまりにも横暴ですわ!』
『横暴だと⁉︎ こちらのセリフだ! 本当に俺の話聞いてたか⁉︎ 一体俺がどれだけこの国に尽くしていると思ってるんだ! それに何の感謝もないばかりか、俺の結婚相手を侮辱するとはどういう了見だ⁉︎』
『か、感謝はしております! で、ですが性癖を理由に国を見捨てるなんてどうしても納得いきませんわ!』
『黙れ黙れ! お前らが楽して安全に生きるために、お前らの都合の良い相手と結ばれて子を成せと? 遺伝子を寄越せと? 俺はお前らの家畜か⁉︎ あっ、あまり……人を舐め……るなよ……っ! お前らが……俺に、この俺に! 意見する権利など……ないんだよ!』
勢いよく捲し立てたせいかヴァンは肩で息をし始めた。ヴァンが叫ぶのを止めると、スタジオは静寂に包まれる。混乱するスタッフの騒ぎ声が遠くからうっすらと流れるのみだ。
入れ替わるように口を開いたのはホームシアターの妻たちだった。
「う〜んごもっとも……」
キティアは苦笑しながらもヴァンの言い分に共感するように何度も頷いた。
「なんかスカッとしたぜ! これくらい言ってやってもいいんじゃねえの?」
「まあそうなんですけど〜、『そんなヴァンさんを責務から解放するためにも遺伝子提供を』って文脈でしたし、今これ言っても突っ込まれるだけのような……」
「そうよねぇ……? こ、この際嫌われそうなこと全部言っておこうってことなのかしら……?」
ミオは眉間に手を当てて悩ましげに声を絞る。ウチの夫、体張りすぎだ。
『ヴァン様! ご自身の立場が気に食わないというのなら、それこそ遺伝子提供のご検討を! ヴァン様は解放されるんですよ⁉︎ 私にヴァン様の子を産ませてください……!』
サリエは決死の形相で追い縋った。キティアの予見通りの行動だ。しかし、ヴァンはまるで声量が大きい方が偉いとでも思っているかのように、首に血管を浮き上がらせながら叫ぶ。
『くどい! 俺はルーダス・コア所持者の処遇に文句はあるが、ルーダス・コアの美味しいところは欲しいんだよ!』
『え、えぇ……?』
一人、二人と、ついに黙っていられなくなった観客がヤジを飛ばし始めた。物を投げつける人もいた。しかしヴァンは無敵のルーダス・コアを用いて発生させた強固なバリアでそれを防ぎ、嘲笑う。
『さ、最低ですわヴァン様……! やっぱり、すっかり歪んでしまわれた……』
どうやらウチの夫に惚れているらしいサリエでもこれは心底幻滅したらしい。床にへたり込んで声を振るわせていた。
『俺が歪んだ? ……そうかもしれん。だがその原因は妻ではない。お前ら国民だ』
『……?』
『お前らが俺に甘えっぱなしで何もしない愚図だからだ。いくらお前らのために頑張っても何も報われん。だから俺はお前らを見限った。俺がルーダス・コアを国のためではなく自分のために使うのは当然の判断……!』
その言葉にサリエが目を見開く。観客の動きが止まる。
そしてスナキア家でも、ミオがハッと口を手で覆った。
「こ、これを狙ってたのねヴァンさん……!」
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