10.妻は強く、明るく

 ***


「ナンセンスですわっ!」


 エルリアがサリエのモノマネをすると、スナキア家のホームシアターにいる七人の妻は一斉に笑った。「花嫁修行その11092・モノマネ」の成果が炸裂した。


「え、エルさん……! なんでそんなに顎しゃくるの……⁉︎」


 息も絶え絶えのキティアが尋ねるとエルリアはさらに顎を五ミリ前に出し、いまいち滑舌の悪くなった言葉を返す。


「モノマネのコツは特徴を強調することなのです! 眉毛が太ければ<検閲されました>くらい書き足し、目が開いていれば<検閲されました>くらい開くのです! このサリエという方は別に顎は出てませんが口周りの骨格がしっかりしているので、こう! なります!」


 エルリアが顎をさらに伸ばすと、シュリルワが震えながら問いかけた。


「も、モノマネなんて何に使うつもりだったです?」

「今こうしてお役に立っているじゃないですか! シュリルワさん、その指摘、『ナンセンスですわっ!』」


 みんなお腹を抱えて笑った。涙が出るくらい笑った。スナキア家の妻たちは強く、明るかった。番組はまだ放送中だが、そっちのけで盛り上がっていた。


「はー、もう苦しい……。でも良かったです。あたし、これ一人で観てたら凹んでましたよ」


 キティアが笑い涙を拭きながらエルリアにもたれかかった。


「こんなに叩かれるんだな。アタシちゃんと聞いたの初めてだぜ」


 ユウノはポリポリと後頭部をかいた。ヴァンの妻になってまだそれほど時間が経っていない第八夫人のユウノは、こうしてメディアで自分が批判されるのを初めて体験した。その割にケロッとしているのだが、


「んぐっ、ミオ姉?」


 ミオがユウノを気遣い、抱きしめて撫でくりまわした。


「まあしょうがないわよぉ。国の人たちは本当のこと知らないんだしぃ」


 諦念の混ざった笑顔。その言葉を聞いてエルリアがハッと口を押さえる。


「わ、わたくしあまりの言われっぷりにムカついてモノマネなんてしてしまいましたが、そう考えると申し訳ないですね……」


 即座にシュリルワが反論する。


「エル、申し訳ないなんて思わなくていいです! シュリやアンタたちが傷つけられて無抵抗でいられるかってもんです! それに……」

「『それにウチの旦那に色目を使うなんて許せないです!』って感じぃ?♡」

「そうで……、あ、み、ミオ! ななな、何言わすです!」

「フフ♡ そこはまあ、気にしなくて大丈夫でしょ。ヴァンちゃん変態だし♡」

「それねっ……。多分ヴァンちゃん、この人のこと鼻と口と目と髪があることくらいしかわかってないよねっ……?」


 妻たちの間ではすっかり「ヴァンちゃん」が定着していた。「ナンセンスですわっ」と並んでしばらくこの家の流行語になりそうだった。


「ひどい話〜。すっごく美人ですよこの人」


 審美眼の厳しいキティアもサリエの美しさは認めるところだった。長いブロンドの髪は艶やかで、凹凸のはっきりしたスタイル。ちょっと気が強そうとはいえ煌びやかに光る目。素材が良い上に体型やお肌の管理といった努力も重ねていることが見て取れる。


わたくしはキティアさんの方がタイプですけどね」

「あ、ホントですか〜? じゃあ〜、来年はあたしがミス・ウィルクトリアの座を奪っちゃいましょうかね〜」

「まあ! ミス・ウィルクトリアとの<検閲されました>はわたくし興奮します!」

「やりませんからね⁉︎」


 妻たちはいつも通りだった。もちろんサリエの批判に傷つきはしたし、「子どもができない」というずっと抱えている悩みをほじくり返された痛みは感じた。彼女たちがどれだけの覚悟を背負ってヴァンと結婚したのか知りもせず、全国放送でなじられた怒りだってある。一人だったら押し潰されていたかもしれない。


 それでも、一緒に秘密を抱え、一緒に立ち向かっている家族が居るから。お互いに支え合っているから。大抵のことはコメディーにしてしまえた。


「でもみんな、本当に悲しくなったら相談してねぇ? お姉さん解決できるわけじゃないけどぉ……。一緒に悲しむくらいはできるわ♡」

「国の奴らもいずれシュリたちのありがたみに気づく日が来るです。手のひらグルングルンさせて手首を引きちぎってやるです!」


 キャリアの長い第二夫人と第三夫人が他の妻たちを勇気づけると、みんなわかっているとばかりに大きく頷いた。状況は簡単に変えられないが、状況をポジティブに捉えることはできるはずだ。


 ユウノが何か思いついたようにニンマリと笑った。


「アタシたち人知れず世界のために戦ってるヒーローってわけか。『魔術戦隊・マジュンジャー』みたいだな!」


 待望の再放送を観終えたばかりのユウノはまだ興奮していた。マジュンジャーの決めポーズを真似てキメ顔を作る。


「アタシがレッドな!」

「レッドはジルです」

「シュリちゃん、お姉さんはぁ?♡」

「アンタは怪人」

「ひ、ヒドい!」


 きっと自分たちの想いは報われるときが来る。妻たちはそう信じて、手を取り合って暮らしている。自分以外に妻がいることが苦しくなることだってある。それでも、挫けずに済んでいた。お互いがかけがえのない味方で、大切で仲良しの家族だ。こうして同じ家で寄り添いあって暮らすのは当然の判断だった。


「フラムは大丈夫っ?」


 ヒューネットは先刻から何も喋らないフラムを気にかけた。フラムは笑ったり頷いたりはしているのだが、声が本当に届いているのか分からないくらいどこかぼーっとしていた。


「……あらぁ? ヒューちゃんの頭から急にタオルが消えたわぁ?」

「ねえっ! フラムがずっとおかしいんだけどっ! 誰か理由知らないっ⁉︎」

「あー、多分、泣ける映画観て放心状態になったとかそんなとこです。たまにこうなるです」

「えー……っ? 今もっと刺激の強いもの観たけどっ?」

「フラム姉! 目を覚ましてくれよ! これ以上のもんはそうそうねえぜ⁉︎」


 ユウノが揺さぶっても反応なし。曖昧にニコニコ微笑むだけ。テツカの部屋もエルリアのモノマネもなかなかの衝撃映像だったはずだ。それでもフラムの心には響いていないようだった。


「じゃあヴァンちゃんの活躍に期待しましょ♡ このまま言われっぱなしじゃすっきりしないし、きっともう一悶着起こしてくれるわぁ♡」


 ミオはテレビに視線を向ける。テツカの部屋のスタジオはサリエに向けた拍手に包まれていた。遺伝子提供という全てが解決する名案は観客席にもお茶の間にも熱を持って受け入れられていた。


 キティアは不安そうに画面を見つめる。


「で、でもミオさん。これヴァンさんどうしたらいいんでしょうね……? 遺伝子提供はナンセンスさんのためにも断らなきゃダメですけど、この流れだと……」

「そうねぇ。断るにしても余程説得力のある理由を用意しないと、お姉さんたちのわがままのせいだと世間は思うでしょうねぇ……。どうしたらいいのかしらぁ……」


 知能犯・ミオも匙を投げた。コアの継承条件以外に国民が納得する理由などない。夫は一体どんな手を打つのだろうか。


 ────ガタンと、テーブルを蹴り飛ばす音。


 画面の中で、ヴァンはひっくり返ったテーブルの上に立っていた。

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