第02話「世界一平和な仕返し」

1.開戦の危機


 ***


 ────時間は少し遡る。


「ミサイルが飛んできてるんだよ。このウィルクトリアの首都めがけてね」


 ウィルクトリア国、総理大臣執務室。アシュノット総理からの報告を受け、ヴァンは即座に分身してウィルクトリア上空にテレポートする。執務室に残った分身から交信魔法で随時総理の発言を聞き取った。


 ミサイルを放ったとされるのはネイルド共和国。孤立した島国であるウィルクトリアとは相当な距離があり、到達するとしてもまだしばらくかかるはず。厄介なことにレーダーでは感知できないらしい。さらに、国民には知られずに処理したいため、国土をバリアで覆うという手段は使えない。


「……ドーム状に分身を配置して網を張るか」


 ヴァンに大規模分身をさせる。どうやらそれが総理の狙いだ。しかし国を守るためにはやむを得ない。ヴァンは半分、また半分と自身を分割していき、二の十八乗である二十六万二千百四十四人となる。できるだけ等間隔に配置し、国土のおよそ倍である直径百六十キロほどのドームを構築した。


 ただ、気掛かりなのは本当にネイルド共和国はミサイルを放ったのかどうかだ。確かに他の国々と同じくウィルクトリアとの関係は良くない。だが、ウィルクトリアを攻撃するとも思えない。かつての「終末の雨」と呼ばれる全世界合同ミサイル攻撃をたった十二歳のヴァンに防ぎ切られてしまったのだから。


 あるとすれば、アシュノット総理が攻撃を強いた可能性。「やらなきゃ滅ぼすぞ」と脅せばネイルド共和国は従うしかないだろう。……完全に国際問題だし、国家反逆、外患誘致だ。だがあの総理はやりかねない。ヴァンに後継を作らせるためならばどんな手でも使う。


「調べるか……」


 ヴァンは分身を一人派遣して衛星の情報を確認する。だが、件のミサイル基地を写した映像は不自然にカットされていた。ヴァンにヒントを与えないための工作だろう。


「現地にも行けってことですね、総理……」


 ヴァンはネイルド共和国にも分身を派遣する。まったく、大忙しだ。


 分身を多用させて弱体化させたのはその隙に妻を誘拐するためだろう。事前にそれを察知できた以上確実に阻止はできるが、物足りない。この機に乗じてこちらからも何か仕掛け、あっと言わせてやりたいところだ。


 ヴァンは策を練る。しかし数十万の脳を以ってしても効果的な案が出てこなかった。


「!」


 その時第四夫人・フラムと過ごしているヴァン[フラム]から有効策が提案された。さすが、妻はヴァンに力をくれる。……まあフラムはそんなつもりはなかっただろうが。


 あえて誘拐事件を起こして注目を集め、全国民にウィルクトリア軍の実力を見せつけ、民意をヴァン寄りに誘導する。我ながら上策だ。軍にも総理にも同時に勝利できる。


 となるとこのミサイル包囲網はあえてしっかり取り組み、衛星を通じて総理に確認させておこう。彼には予定通り自分の作戦を進めてもらいたい。最終的にはこれだけの数の分身を繰り広げようがヴァンは強いと示してやる。少なくとも大量分身させる手口はもう使ってこないはずだ。数十万単位ともなると疲れはするのでもう勘弁していただきたい。


 方針が決まり、ホッと息を吐く。難しいステップもない。ヴァンは勝利を確信した。


 だが────、


(こちらヴァン[ネイルド共和国]。緊急事態だ!)


 ミサイルの動向を確認しに行った分身から交信魔法が届く。


(総理め……! 厄介なことを!)

(お、落ち着け。状況を)


 ヴァン[ネイルド共和国]は憤っていた。嫌な予感がする。


(ネイルド共和国はミサイルを発射していない! だがいっそ撃ってくれた方がマシだった!)

(どういうことだ?)

(ネイルド共和国は設備トラブルを口実に発射を中止した! だが発射基地が稼働していたことを隣国のギリザナが察知! ネイルド共和国がギリザナへの攻撃を企てていたと誤解し、国境付近に軍隊を派遣しているようだ!)

(何だって……⁉︎)


 確かにこれは緊急事態だ。ネイルド共和国とギリザナが戦争を始めようとしている……!


 おそらく、総理がネイルド共和国を脅したという推測が正しい。共和国は従わざるを得なかったが、「撃ったら撃ったで報復を受けるかもしれない」と恐れたのだろう。「指示に従おうとしたがやむを得ず中止した」と演出するため、ミサイルを撃つそぶりを見せた。


 その動きは事情を知らない隣国のギリザナにとっては不穏。ネイルド共和国とギリザナはかねてより関係が悪く、お互いが軍設備の動向を常に注視しているはず。開戦のきっかけには充分なり得る。このままでは総理のせいで他国民同士が殺し合いをしてしまう。


(絶対に阻止するぞ……! 何か手伝えることはあるか?)


 総理がこんな無茶をした原因は、ヴァンの結婚である。放ってはおけない。できる限りの対応をしなくては。


(できるだけこっちに魔力を配分してくれ。この先何にどれだけ使うか分からない)

(そうだな。ミサイル包囲網の俺はもう飛行魔法と透化魔法さえ使えればいい。できる限り集めてそちらに送る)

(助かる! お互いやるべきことを!)


 慌ただしく交信は終了した。


 ヴァンは自軍と三万対一の戦いを繰り広げながら、二十六万二千百四十四人で空を監視するフリをしながら、八人で妻を守りながら、三百人で誘拐犯を待ち構えながら、もはや何人になるかも分からない人数で戦争を防がなければならなくなった。……頭がパンクしそうだ。


 総理め。とんでもないことをしてくれたものだ。必ずや総理の狙いを打ち砕き、逆転の一手を叩きつけてやる。ヴァンはそう胸に誓いながら周囲の分身から魔力を集め、ネイルド共和国の分身と合流する。

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