12.ざまあない国家
***
『ヴァン様! 誘拐犯はどうなったのですか⁉︎』
『っていうかさっきの何ですか⁉︎ どうして軍が⁉︎』
『説明してください! 訳がわかりません!』
テレビの中で取材陣がヴァン[記者対応]とドレイクを囲んでいる。スナキア家一階のダイニングで、ヴァンと妻たちが見守っていた。アラム上空で執り行われた大規模な戦闘は世界中で生中継され、特にウィルクトリアにおける視聴率は凄まじい。そして視聴者たちは記者と同じように困惑していることだろう。
『まずは軍についての説明をしましょうか。ではドレイク大将、お願いします』
ヴァン[取材対応]はドレイクに視線を送った。国民からすると先に知りたいのは誘拐事件の顛末とそれに対するヴァンの対応の方だろう。ヴァンはあえて焦らしてこちらのニュースに注目させた。
「ド、ドレイクさんすっごく怒ってない? ちゃんと読んでくれる?」
第一夫人・ジルーナの問いかけにヴァン[自宅]が頷いた。
「嫌でも読むさ。ジルが攫われたおかげだ」
彼にはもうヴァンが渡した原稿を読まないという選択肢はない。総理と軍が策を巡らせてヴァンを嵌めようとした末路である。
『あー……』
ドレイクは苛立ちに顔を歪めながらもスピーチを始める。
『先の戦闘は軍の技量向上のために実施された演習だ。実戦の感覚を身につけるため、市街地を背負うという緊迫感の元で行った』
記者たちが騒つく。予告なく繰り広げるにはあまりに危険すぎる訓練だ。
『攻撃役はヴァン・スナキア特務顧問が務めた。あくまで役だ。彼にはこの国を攻撃しようなどという意思は全くなく、最終的な防衛役も務めて市街地の保護に全力で取り組んだ。軍の指令に従っただけであり、責任は全て軍にある』
ドレイクは断言させられる。ダイニングでジルーナが嬉しそうに手を叩いた。
「今のいいね! 誰の案?」
「フフ、私♡」
「やっぱミオか。流石だね」
スナキア家の頭脳、第二夫人・ミオのアイディアを取り入れさせてもらった。これでヴァンが責められることはない。
『演習は見事成功した。我々ウィルクトリア軍が防いだ攻撃は、かつての終末の雨で放たれた全ミサイルの威力の三十四%に相当する』
記者たちが驚きと歓喜が混ざった声を上げる。そしてスナキア家でもミオが血相を変えていた。
「ヴァ、ヴァンさんそんなにやったのぉ? 予定と違うじゃない」
「俺が思った以上に強くなっててな」
ヴァンは満足げに腕を組む。力を合わせれば戦える。その意味は大きい。ヴァンにとっても、国民にとっても。
『ヴァン・スナキア特務顧問の力を頼らずとも、我々は極めて大規模の攻撃に対応できることが証明された。この先も訓練を積み、人員を拡大していけば、また、市民の努力により他国との関係を改善し攻撃自体を減らすことができれば、十数年以内に軍のみで国防に当たることも可能となるだろう』
……よし、言わせてやった。
ヴァンは総理や軍の企てを利用しこの道に辿り着いた。この国がヴァンなしでも成立する国に近づいていることを、全国民に見せつけてやったのだ。まだ時間がかかるのは事実。それでも、夢物語ではなく現実的に到達可能な目標である。
ヴァンにとっては予想以上の結果だった。軍の実力を国民にアピールするというヴァンの目的を鑑みれば、ヴァンは見た目だけ派手な魔法を打ち込めばいいだけで威力は重要ではなかった。「軍はあのヴァン・スナキアの猛攻すら防御できる」というだけで国民からすればインパクトは大きいからだ。
しかし彼らは強かった。単純計算で世界の三分の一を同時に敵に回してもこの国は崩れないことになる。国民はさぞ未来に期待を抱いたことだろう。
自分たちはスナキア家がいなくても生きていけるのかもしれない。
たった一人の変態の行動にやきもきせずとも自活できるかもしれない。
そしてそれが到達可能な目標であるのなら、目指してみるのも悪くない。
ヴァンに依存した「働かない・戦わない」という旧来の生き方を捨てるべき時が来たのだと。
「ヒヒヒ、きっと総理は悔しがってるです」
第三夫人・シュリルワはキッチンで料理をしながらほくそ笑んだ。この一件のおかげで、元々総理を支持していた層がごっそり国家改革派へと移ってしまうだろう。失脚に向けた大きな一歩だ。
そしてヴァンは自分の実力を見せつけることにも成功した。何十万分の一まで力を落とそうと、この国を一撃で葬ることが可能だと実践してみせたのだ。大量に分身させて弱らせるという手口はもう諦めてくれるだろう。
「軍の奴らもこれで大人しくなるです?」
「多分な。訓練にかこつけて俺に圧力をかけようとしたら今日と同じことをされると思うだろう」
明日から軍は素直に修練に励むしかできなくなるはずだ。だいたい、今日の成果は軍にとっても朗報なのだ。彼らも自信を付けただろう。ヴァンをどうこうするより自分たちが強くなった方が手っ取り早いと考えるはず。
シュリルワと同じく夕食当番を務める第四夫人のフラムがおずおずと口を開いた。
「あのねぇ、ヴァンくん。軍の人たちはすぅっごく頑張ってくれたから、あんまり怒られないようにしてあげてね?」
「ああ。それも大丈夫だ」
ドレイクがこの一件の責任を取らされて除籍にされるのは忍びない。彼は重要な戦力でもある。きちんと手を打つつもりだ。
『では、次は妻の誘拐について僕から話します』
テレビ画面の中でヴァン[記者対応]が声を発する。取材陣は固唾を飲んで見守っていた。
『誘拐犯は捕獲し、妻を無傷で取り返しました。無事で良かったとはいえ、妻に危害を加えようとしたことは許し難いです』
国民は皆青ざめているだろう。未来に希望が見えたばかりとはいえ、今この瞬間ヴァンにいなくなられるのは困る。
『……ですが、軍の成長が見られて気分が良いので、犯人の逮捕だけに留めます。皆さん命拾いしましたね。軍には感謝してください』
ヴァンはサラッと言いのけた。軍は無許可無告知で大規模な戦闘を行った危険な集団ではあるが、ヴァンを引き留めた英雄として大いに株を上げる。これで演習の件で非難を受ける機会は多少減るだろう。
これがヴァンの計画の全貌だ。軍との賭けのルールを利用して彼らの全力を引き出し、誘拐を利用してその模様を全国民に見せ、ミサイル包囲網をその間の国防と「ヴァンは大いなるハンデを背負っている」というアピールに活用しながら、誰の身体も名誉も傷つけることなく総理から支持者を剥ぎ取った。今頃総理は中継を見ながらギャフンと言っているはずだ。ザマアミロである。
「ヴァンくん、えぇっとね、犯人の人たちにもできれば優しくしてくれる?」
フラムはまだ心配そうにしていた。
「結局わたしたちはねぇ、何もされてないの。だから許してあげてくれない?」
……彼女は天使なんだろうか。
「ヴァン、シュリからも頼むです。シュリたちのせい……とは言わないですけど、自分たちの結婚を巡って誰かが逮捕されるなんて気分が悪いです」
「そうか。……で、でも、あいつら君たちの下着を盗もうとしたんだぞ?」
「「「「え⁉︎」」」」
ヴァンはついに報告する。彼らの作戦は妻の誘拐ではなく、妻の下着を誘拐することだったと。そんな彼らの馬鹿げた作戦を詳しく説明しているうちに、
「な、なんて下劣な連中です……!」
シュリルワは顔を真っ赤にしてプンスカ怒った。
「で、でも、逮捕はなしです!」
「お、おお」
それでも結論を変えない寛大さは見事である。ヴァンは彼女たちの希望を叶えることにした。「逮捕した」と全国民に向けて発しただけで再発防止の抑止力には充分なっただろう。
「じゃああいつらは軍に迎え入れるか。結構鍛えているようだし戦力になるだろう」
二十数名の人員拡充となる。これで三十五%までいけるようになったかもしれない。
「捕まった方がマシだったって思うくらいビシバシしごいてねぇ?♡」
「訓練にかこつけてギタギタにして……!」
ジルーナとミオもまだ怒っているようだが、ヴァンの結論を受け入れてくれた。
「……まあ、色々と丸く収まって何よりです。さ、フラム。残りちゃっちゃと作っちゃうです」
「うん。そうしようねぇ」
「ミオも手伝ってくれんです? いっぱい作るから大変なんです」
「はーい♡ お姉さんも頑張るわぁ」
「私もやるよ?」
「ジルは休んどくです。誘拐される係でお疲れです」
「えー? お空飛んできただけだよ?」
賑々と、妻たちは夕食の準備を始めた。なんと微笑ましい景色だ。ずっと見て浸っていたい。
────だが、ヴァンにはまだ仕事が残っていた。ほっと一息ついている場合ではない。
「っていうか他の四人は何してるです? ヴァンが三十万人になったとあっちゃとんでもない量作んなきゃですしもっと人手が欲しいですけど」
「……五十八万だ。悪いんだがもっとたくさん作ってくれないか?」
「へ?」
軍で三万人、ミサイル監視網で二十六万人強。その他諸々で約三十万人。────さらに、ヴァンはある緊急事態に対処するために二十八万の分身魔法を駆使していた。一連の騒動の裏で、残る四人の妻を巻き込んで、別の大きな事件が起きているのである。
ミオが何かに気づき、恐る恐る尋ねる。
「ヴァンさん、そういえば……、ミサイルって結局どうなったのぉ?」
「そ、それなんだが……」
ネイルド共和国がこの国にミサイルを放ったかもしれない。総理にそう告げられ、ヴァンは真偽を探った。結果そのミサイルはこの世界に、ある意味著しい打撃を与えていた。そしてそれこそが、総理の真の狙いだったのだ。
ヴァンは妻たちを不安にさせぬよう黙っていた。しかしもはや伝えるしかない。
「戦争が始まりそうなんだ……!」
(第01話 完)
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