11.圧倒


 ***


 首都アラム上空。


「来たな」


 ジルーナを小脇に抱えるヴァン[誘拐犯]が、フルフェイスのヘルメットの中で呟いた。周囲には三万の兵と三万のヴァン。地上から必死に誘拐劇を撮影しようとしている取材陣も、この人混みに紛れてはもうヴァン[誘拐犯]を捉えられない。


「ジルをこっちに」


 ヴァン[誘拐犯]を追っていたヴァン[記者対応]が進言する。この隙に誘拐被害者役の第一夫人・ジルーナを救出だ。こっちのヴァンは妻を助け出した夫の役回りであるため、大切にお姫様抱っこして問題ない。


「ハハ、やっぱこっちがいいね」


 ジルーナはヴァン[記者対応]の首の辺りに手を回して捕まり、ホッとしたように笑った。


「ごめんな、怖くなかったか?」

「全然だよ。空飛ぶの楽しいね」

「お、おお……」


 彼女は肝が据わっていた。国民の大反対を押し切ってヴァンと結婚した第一号の女性である。芯の強さは折り紙付きだ。


「さあ、ジルは帰るぞ」

「えー? 近くで見たいのに。ヴァンが頑張ってるとこ」

「何言ってんだ。超危ないことするんだぞ?」

「はーい……」


 ジルーナは渋々といった様子で頷いた。ヴァン[記者対応]は一旦自宅にテレポートしてジルーナを帰宅させて再びアラム上空に舞い戻る。わざと一瞬だけカメラに映る位置に移動して、まだ誘拐犯の対応中であるとさりげなくアピールする。となればメディアは依然として上空を狙う。そうでなくても大量の軍人が上空に集まるという異常事態。訳がわからなくてもとりあえずカメラは回し続けるはず。


 全国民の面前で、軍人たちを連れてきたヴァン[ドレイク]が宣言する。


「全軍注目! これより俺が砲撃を行う! 全力で防御しろ!」


 ヴァン[ドレイク]は足元に漂う兵たちに右手を向ける。魔力を集中させて煌々と光るヴァンの掌を見て、兵たちは急激に緊張感を高めた。


「わざと受けて怪我をしようなんて考えるなよ! 食らえば怪我どころか灰も残らない! 死にたくなかったら必死でバリアを張れ!」

「ヴァ、ヴァン! 馬鹿な真似はよせ!」


 ドレイクはぎょっとして慌てて叫ぶ。なんせヴァンの攻撃角度が最悪である。ヴァンの右手のその先は、首都の市街地である。


「兵たちが完璧に受け切らなければアラムは更地になるでしょうね。もう賭けとか言ってる場合じゃありませんよ」

「き、貴様……!」


 こちらからは攻撃できないという厄介なハンデを背負った戦いを即座に終わらせるために、わざと受けたら誰も彼も死ぬという状況に追い込んでから攻撃し、防御に全エネルギーを使わせて一気に勝負決める。それがヴァンの回答である。


 こうなっては全軍を挙げて街を守るしかない。少しでも漏らせば被害は甚大。タイミングが悪いことに、ヴァン・スナキア夫人誘拐劇の動向を伺おうとアラムには大勢の人が集まっている。彼らの命は軍にかかっている。


「全軍共同でバリアを張れ!」


 ドレイクが指示を叫ぶ。三万の兵たちが一つの巨大なバリアを生み出す。それはかつてヴァンが終末の雨と呼ばれる世界中からの総攻撃を防ぐために国中を覆ったバリアによく似ていた。


「……やればできるじゃないか」


 ヴァンは微笑する。そして意を決し、────バリアめがけて魔法を放つ。


「……っ! 全軍集中!」


 轟音を立てながらヴァンの掌から赤い光が放たれ続ける。兵たちは慄き、呻きながらも、懸命にヴァンの攻撃を受け止めていた。


「ハハ、やるな。もう少し出力を上げようか」

「ヴァ、ヴァン! ふざけるのはやめろ!」


 ドレイクの抗議を無視してヴァンは威力を上げる。兵たちはもはや後先を考えず魔力を振り絞っていた。飛行魔法さえ使えなくなるまで追い詰めて問題ない。本日はヴァンがマンツーマンで兵についているのだから。


「……すごいな、想定以上だ。まだいけるな」


 ヴァンは心の底から感心していた。もはや首都どころかこの島国全土を真っ平らにできる砲撃だ。彼らは世界最強の軍隊にまで育っているとは思っていた。だが、まさかこれほどとは。


「ま、負けるな……! あんな奴に負けてたまるか……! 全員干からびるまで出し尽くせ!」

「「「お、おおおおおおお!」」」

「……いい景色だ」


 全員で力を合わせ、懸命にこの国を守っている。一人一人にできることは小さくとも、積み重ねれば大きな力となる。たった一人に全てを託していたこの国にとって、彼らの戦いは新たな可能性であり、希望だ。


 しかし、彼らにもついに限界が訪れた。首都アラム上空に巨大な破裂音が鳴り響く。────ついにバリアは割れた。


「!」


 ヴァンは大急ぎでテレポートする。なんと魔法を放った張本人がその魔法の軌道上に移動し、……あっさりと砲撃をかき消した。


 ────途端に静けさに包まれる上空。兵たちは唖然としていた。そして無事守り切ったことで気が抜けたのか、一人、また一人と飛行魔法を保てなくなっていった。兵に付き添っていたヴァンたちが彼らを抱き止めて、「よく頑張った」と声をかけた。そしてテレポートで演習地に連れ戻し、大地に下ろして休憩させる。これにて軍との勝負は決着だ。


 ただ一人、ドレイクだけをこの場に残した。


「……な、何のつもりだヴァン⁉︎ あ、危うく、アラムが崩壊するところだったぞ……!」


 彼は息も絶え絶えに、それでもまだ飛行を続けていた。ヴァンは彼の問いかけを無視し、一枚の紙を差し出す。


「勝負は俺の勝ちです。賞品は『妻の喜ぶもの』でしたね? この原稿をカメラの前で読んでいただけると妻が大層喜ぶのですが」

「お、俺と会話しろヴァン! 何だったんださっきの攻撃は⁉︎」

「事情は全部そこに書いてありますから。とりあえず目を通してください」


 ドレイクは不満げにヴァンの手から原稿を奪い取る。そしてしばらく黙読したあと、


「こ、こんなもの読めるか!」


 思いっきり拒絶する。


「だ、大体一対一で戦うという約束だっただろうが! さっきのは明確にルール違反だ!」

「攻撃したのは分身の一人だけですよ。それをそっちが全員で協力して防御したんじゃないですか」

「ぐ、ぐぬ……!」


 ドレイクは何としても勝負を無効に持ち込みたいらしく、頭をぐるぐる回している様子が見てとれた。ヴァンはトドメを刺す。


「ドレイクさん、実はついさっき妻を狙った犯罪が起きて俺は気が立っているんですよ。読んでくれなきゃこの国捨てますよ?」

「……っ⁉︎」


 本日のヴァンは偶然にも強烈な脅し文句を持っている。あっちでもこっちでもトラブルが起こるなんて奇跡がなければ良かったのに。正確には妻ではなく妻の下着を狙った犯罪だったのでイマイチ締まらないが。


「……あれでいいのか?」


 ドレイクは観念したように俯いて、地上にいる取材陣を指差す。まるで狙いすましたかのように用意されていたテレビカメラを、ドレイクは憎々しげに睨んでいた。

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