5.アダルトな方々
***
波の音だけが響く砂浜の上。ミオとフラムはパラソルの下でラウンジベッドに寝そべり、一息つく。
「……ふぅ♡ 脱いだら大分マシねぇ」
さすが南の島とあってしっかり暑い。こんなにも熱気があるものかと驚いた。水着の上に着ていたパーカーやショートパンツはもう脱ぎ捨ててしまった。すかさず写真を撮りに来た夫には少々呆れたが、そんなもんでいいのならと気の済むまで撮らせてあげた。
「ちゃんとしたお礼も考えなきゃねぇ」
「う〜ん、あのねぇ、ミーちゃんは何か思いついた?」
「まだ全然よぉ……」
ここまでの家族サービスをしてもらったとあれば何かお返ししたくなるもの。しかしあの夫は難しい。
「水着になったから何だって話だしねぇ。こっちだってヴァンさんの水着見てるわけだしぃ……」
ミオは監視台に座るヴァン[ライフセイバー]に目線を向ける。
「……あらぁ? 明るいところで見ると……、なんか肩回り大きくなってなぁい?」
「あのねぇ、最近わたしのダイエットに付き合ってくれて、一緒に筋トレしてたの。ヴァン君すぅっごく張り切ってたよ」
「フフ、可愛いわねぇ相変わらず♡ かっこいいとこ見せたかったのかしらぁ」
「そうだねぇ。いつもかっこいいんだけどねぇ、ヴァン君」
頭の中は可愛い夫だが、身体は全然可愛くない。もちろん良い意味でだ。妻側だって夫の鍛え上げられた肉体をエロい目で見ているフシはある。夫の「お礼はエロいことで」という思考回路はどうにかしてほしい。こっちも嬉しいのでお得なだけだ。
────では、どうしたものか。いかんせん貰っているものが大き過ぎる。彼は妻のことが大好き過ぎる故に少しでも幸せにしたいと滅茶苦茶頑張ってしまうのだ。それに加えて、
「ヴァン君はきっとねぇ、いっぱい結婚しちゃったからその分何かしてあげなきゃて思ってるんだよね」
「そうねぇ……。でも私たちってもう世間の奥さんの百倍くらい大事にされてるんじゃないかしらぁ……」
「本当にねぇ。そんなに気にしなくていいと思うの」
妻たちがこの環境を受け入れているのは、もはや文句の一つも出ないくらい大切にして貰っているからというのも大きな要因だ。常日頃どうしたら喜ぶのかと考えてもらって、蝶よ花よと持て囃されている。たまに気を引き締めないと自分がお姫様だと勘違いしてしまいそうなくらいだ。
「……?」
ふと、ヴァン[ライフセイバー]の元へキティアがやって来るのを見かけた。うっすらと会話が聞こえてくる。
「ヴァンさ〜ん、もっと景色見た〜い。休憩所の窓増やしてくれます?」
「分かった。ついでにもうちょっと高くするか」
「あとそのカメラ面白そうだから貸してください。分身で増やせるでしょ?」
「ああ。……ほら」
「冷房で身体冷えちゃったから今度はあったかいハーブティーが飲みたいです」
「家から持ってこよう」
「あとは〜、あ、階段登るの面倒くさいかも☆」
「上まで送ろう」
キティアはヴァンと共にテレポートで消えていった。
────一部始終を目撃したミオとフラムは、彼女のお姫様っぷりに驚愕していた。いくら何でもやりたい放題が過ぎる。
「や、やるわねぇ、ティアちゃん……!」
「で、でもヴァン君頼られて嬉しそうだったねぇ……」
いっそ気の済むまで尽くさせてあげようという彼女なりの思いやりなのだろうか。確かに効いているようなので方法としてはアリなのかもしれないが、ちょっと真似できそうにない。っていうか彼女ももっと加減してあげてほしい。奴隷じゃないんだから。
「……まぁ、じっくり考えましょう? きっと他のグループも同じようなこと話し合ってるだろうしぃ、最悪乗っからせてもらえばいいかもぉ♡」
ミオは波打ち際で遊んでいるジルーナに視線を送った。彼女ならきっと大真面目に夫へのお礼を考えているはずだ、だが、奇妙な光景が飛び込んできて、ミオは思わず笑みをこぼした。
「フフ♡ 見てフーちゃん。ジルがヒューちゃんをエッチな身体にしてるぅ♡」
ミオは波打ち際を指差す。ジルーナがヒューネットを砂に埋め、ついでに胸部をこんもり盛っていた。するとフラムは不思議そうな顔で呟いた。
「う〜ん、あんなに大きかったらねぇ、もうちょっと横に垂れちゃうはずじゃない?」
「ふ、フーちゃん? それ絶対あの二人に言ったらダメよぉ?」
実物を知らない彼女たちにはあまりに残酷過ぎる。
「……あのねぇ、ヒューちゃんもだけど、ジルちゃんが楽しそうだとホッとするねぇ」
「そうねぇ……。あの子この前ナンセンスさんにちょっかいかけられたばっかりだしぃ、安全な国外でのんびりできて良かったわぁ」
国内を歩いていてちょっと危険な目に遭ったばかりだ。ここなら敵なんて現れようがない。発案者のヒューネットがそこまで考えていたかは知る由もないが、結果的にナイスタイミングだった。
ミオとフラムはスナキア家の最年長コンビである。お姉さんだという自覚があるからか、二人でいると自然と他の面々を心配したり気遣ったりという会話が多くなる。普段キャプテンとして気を張っているジルーナも対象になるのが特色だ。
「でもジルちゃん、もしかしたらヒューちゃんと遊んであげなきゃって思ってるのかな? わたしたち全然海に入ろうとしないし……」
「フフ、それは大丈夫よぉ。ジルって結構アクティブだからぁ」
昔ミオと一緒に誘拐された時、ジルーナだけプールを積極的に楽しんでいたのを思い出す。
「今日はジルよりエルちゃんが気になるわぁ。ちょっと様子がおかしかったわよねぇ?」
全員で海。<検閲されました>を御所望の彼女なら全員の水着を引っぺがそうとする大騒動を起こしてもおかしくない。だが彼女は大人しく、何なら海ではなく山に向かった。様子がおかしいのは普段の方と言われたらそれまでだが、とにかく彼女らしくないのは確かだ。
「えっとねぇ、今日だけじゃなくてぇ、ここ何日か変だったよ? あんまり、そのぉ、例のアレに誘って来なくなってるの」
「そ、そうだったぁ?」
「多分ねぇ、わたしが一番誘われてたはずなんだけど……。ぼーっとしてるから押せばどうにかなると思ってるのかなぁ?」
「それは違うんじゃなぁい……?」
彼女が変態であることに疑いはない。だが、そんな意地悪な思考回路の子ではないはずだ。
「う〜ん、それともわたしがねぇ、エルちゃんのどんなエゲツない言葉でもうんうんって聞いてるからかしらぁ」
「そっちよ絶対……! 単にフーちゃんに話すのが一番楽しいのよぉ……!」
「あそこまで思い切りがいいと面白くなっちゃうからぁ……」
フラムは案外下ネタがいける口である。自分から言い出すことはないとはいえ、聞く分には全く問題ないらしい。そこは大人の余裕といったところだろう。
「……どういうことかしらねぇ。アレをしたいって騒がなくなったってことはぁ、その願望が無くなったか────ハッ!」
ミオは喋りながらあることに気がついて、息を呑む。彼女が大人しくなる条件は二つ考えられる。一つは例の性癖がどうでも良くなった場合。そしてもう一つは、────彼女の欲求が満たされた場合だ。
「み、ミーちゃん……!」
「も、もしかして誰かが……?」
恐ろしい仮説に辿り着き、二人は目を見合わせた。
性癖という厄介なものが簡単に消え失せてしまうならスナキア家は苦労していない。可能性が高いのはむしろ、その恐ろしい仮説の方である。妻の中の誰かがついに、参戦したのかもしれない。
「あ、あのねぇミーちゃん! 考えるのやめておこう?」
「そ、そうねぇ!」
犯人探しは辞めておこう。いや、「犯人」という表現も良くないかもしれない。本人が望んでそうなったのなら悪いことではない。……ちょっと気持ちは分かりかねるけれど。
「……じ、実際二人だとどうなるのかしらぁ? 一人が<検閲されました>してる間にもう一人がヴァンさんの<検閲されました>を<検閲されました>する感じ?」
「う〜ん、で、でもぉ、それだと一人はほとんど余っちゃうからぁ。<検閲されました>は片方が<検閲されました>した方がいいと思うの」
「で、でもヴァンさんが<検閲されました>してたらこっちの<検閲されました>には届かなくなぁい……?」
「えっとぉ、じゃあ逆さまになりながら<検閲されました>して、その下でもう一人が<検閲されました>すれば……」
ミオもミオで下ネタなんていくらでもどうぞの姿勢である。ブレーキ役の不在の会話は、あっという間に行き着くところまで行き着いた。
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