2.三人暮らし

 ***


 数ヶ月前の選挙において、スナキア家頼りの国家はヴァンに猛烈に反発し、反ヴァン派が政権を取るに至った。しかし、これで悔い改めよという国民の願い虚しく、ヴァンは二人目のビースティアの妻を迎えたと発表する。民意がどうあれヴァンは変わらないと痛感した事だろう。


 そして本日十二月二十三日。第二夫人であるミオ・スナキア・ウィンザーと新婚旅行に行っていたヴァンが帰宅する。そしてそれを、ヴァンが自宅で待っている。


「ちょっと遅れてるみたいだ」


 旅行中に通常業務や第一夫人・ジルーナとの生活を担当していたヴァン、通称ヴァン[ジル]が報告する。


「はーい。引っ越し作業でお疲れだよね? お茶冷たいやつの方がいい?」


 キッチンからジルーナがひょっこり顔を出す。ヴァンは首肯する。なんて気の利く良い妻だ。


「……なんか不思議な感じだね。あっちのヴァンからすると私と会うのは一ヶ月ぶりなんでしょ? 私はこっちで毎日ヴァンと会ってるのに」

「ハハ、だな」


 ミオに付き添ったヴァン、通称ヴァン[ミオ]は一月前にここを経って以来、一度もこちらのヴァンと合流していない。あえて連絡も取り合わなかった。あちらはあちらでミオの夫として集中してもらうためだ。どんな旅行だったのかヴァン[ジル]も知らない。


「ねえ、本当に三十日間で良かったの? 私の時と合わせてくれたんだよね?」

「ああ」

「でも私の時はヴァンを独り占めだったじゃない? 日数を合わせても内容が違うんじゃないかと……」

「……うーん」


 警備の観点から一ヶ月もジルーナを放ったらかすわけにはいかなかった。そもそもそんなに長時間ジルーナと会えないなんてヴァンの精神が保たない。というわけでこうして新婚旅行と普通の生活を並行して行うことになったのである。


 せめて二人に平等に。それがヴァンの掲げている目標であり、二人から求められていることでもある。しかし何を以って平等とするかは受け取り方次第かもしれない。


「ヴァンもヴァンで大変だね。頑張ってねとしか言えないけどさ」

「俺が考えるべきことだよ。でも違和感があったらどんどん指摘してくれ。何より二人の気持ちが大事だ」

「うん。ミオさんとも色々話してみるね」


 二人とも重婚という選択を受け入れてくれた。本当に頭が下がる思いだ。せめて二人ともピッタリ同じくらい世界一幸せな奥様にしてあげなくては。


「……楽しみだなぁ。何だかんだでまだミオさんとゆっくり話せてないから」


 妻同士。敵対関係になったっておかしくないはずなのだが、二人はすでに不思議な絆で繋がっているようにさえ見えた。ジルーナが手助けしなければミオがヴァンと結婚することはなく、ミオが手助けしなければジルーナはヴァンと別れているところだった。お互い思うところがあるのだろう。


「あ、来るぞ」


 ヴァン[ミオ]からの連絡が届く。そして二秒後には、


「ただいま」

「え、え〜っと、私も『ただいま』で良いのかしらぁ……?」


 二人がスナキア家ダイニングに到着。長期間の旅行帰りとは思えない軽装である。多分、別の分身が荷運びを担当している。


「お帰りなさい」


 ジルーナが笑顔で迎えると、ミオが少し驚いて、その後すぐに感激したように口元を綻ばせた。


「じゃあ、『ただいま』です♡」


 ヴァン[ジル]は最愛の妻二人が同時に視界に入るというあまりの刺激の強い光景に膝から崩れ落ちた。全く同じタイミングでヴァン[ミオ]も崩れていた。二人は這うように近づいて、分身を解き、合流する。


「うっ……!」


 互いの一ヶ月の記憶が合算され、ヴァンはうめき声を上げる。ヴァン[ジル]だった部分がヴァン[ミオ]が持っていた記憶に悶絶。ミオのあまりにエロさにひっくり返りそうになる。そしてヴァン[ミオ]だった部分も離婚の危機を乗り越えてより甘々になったジルーナの姿に卒倒寸前である。


「な、何やってんのヴァン……?」

「具合悪いのぉ……?」


 ギョッとする妻二人。ヴァンは慌てて取り繕い、


「い、いや。一ヶ月分の記憶が一気に流れ込んできてクラッときてな」


 嘘はついていない釈明をしながら立ち上がって膝を払う。そしてとっとと話を変えてしまおうと、挨拶を済ませる。


「今日から三人だな。よろしく頼む」


 するとミオが遠慮がちにジルーナに尋ねた。


「あ、あのぉ……、本当に私もこの家に住んで良かったんでしょうか……?」


 ジルーナは「今更何を言っているんだ」とばかりに眉を寄せた。ヴァンも同じ顔をしていたと思う。


「あ、当たり前じゃないですか! むしろ私も居るけど我慢してくださいって感じで……」

「いえいえそんな! わ、私の方こそ……」

「同じ家と言っても、それぞれのお部屋に全部揃ってますから、マンションの別の部屋って感覚に近いと思います。……私使用人だった頃からここに住んでるけど、そんな感じだったもんね?」


 ジルーナがヴァンに振って来たので頷いておいた。確かに意識して会いに行かなければ顔を見ることはなく、丸一日遭遇しないことも普通にあった気がする。同居という言葉に身構えるほど距離は近くないかもしれない。


「お互いちょうど良い距離感で暮らせると思うんです。わ、私は、その、ミオさんにはもう散々お世話になっているので、仲良くしてもらえたらなぁと思ってます」

「そ、そんなの私だってそうですよぉ。ほ、本当によろしくお願いします」


 二人は恐縮がちにペコペコと頭を下げる。二人とも「二人」という状況に戸惑っている様子だった。ヴァン以上に、彼女たちの立ち振る舞いや心の置き所が難しいだろう。だが、これに関してはヴァンが手助けするのは困難だ。夫が同じであるという理由で戸惑っているのにその夫が割って入るとかえって掻き乱してしまう気がする。落とし所は彼女たち自身に見つけてもらう他ない。


「ねえ、ヴァン。ちょっとミオさん借りてもいい? ミオさんに作ってもらった秘密通路早く見てもらいたくて」

「あ! もう完成したんですか?」

「はい! ハハ、ヴァンも頑張ってくれたので」


 ミオの尽力で設立した支援団体のサポートによって、ここスナキア家から人目につかずに外出できる秘密通路が完成した。家から少し離れた何の変哲もないマンションと地下を通じて繋げ、そちらの出入り口を利用する形だ。ヴァンは魔法で穴掘りを担当させていただいた。


「引っ越し作業は俺が進めておくよ。……もう他の分身がやってるしな」


 二人になりたいのだろうなと察し、ヴァンはどうぞ行ってらっしゃいと促した。ミオは一瞬「ヴァン一人に任せていいのかな?」という顔はしたものの、今はジルーナについていくべきだと判断したようだ。


「こっちです。あの、本当にありがとうございました。一人でも外に行けるようになったのですっごく助かってるんです」

「それは良かったです。フフ、結局自分でも使うことになっちゃいましたねぇ」


 言葉を交わしながらダイニングから去っていく二人の背中を見送る。どうか、互いにとって心地の良い関係を築いてほしい。それはあまりに傲慢で、身勝手な願いかもしれない。だが、二人とも数少ないヴァンの大切な味方なのだ。

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