第12話「あの後の二人の物語」(過去編)
1.始まり
***
「ヴァンさん、そろそろ起きてよぉ♡」
目を覚ますと、ヴァンの二人目の妻となったミオが馬乗りになっていた。
「ねぇもうお昼よぉ。お姉さんを構って♡」
容赦なくヴァンを揺さぶる。甘え口調でお姉さんらしくない発言ではあったが、妻が退屈しているとあれば寝ているわけにはいかない。ヴァンは眠い目を擦る。すると飛び込んできたある意味眩しい景色に驚いた。
「ふ、服着たらどうだ?」
彼女は一糸纏わぬ姿でそこにいた。
「え〜? ヴァンさんが脱がせたくせにぃ……」
ミオは不満げに口を尖らせただけで決してその身体を隠さない。見ていいなら見るけどと、ヴァンは彼女の細長く部分的にはぶっ飛び出ている耽美な肉体を堪能する。
「最初はあんなにガチガチだったのにな……」
二人が初夜を迎えたのはつい一ヶ月前の入籍当日のこと。あの日のミオは初対面の給仕の時並みにテンパっていて、何をするにしてもイチイチ反応が大袈裟で可愛らしかった。それが今や堂々としたものである。
「そりゃ初めては緊張したしちょっと怖かったけどぉ。ヴァンさんにむしゃぶり尽くされてる内に楽しくなってきちゃったからぁ」
「い、言い方」
「お姉さんの身体に興味津々なのが可愛いくてねぇ……♡ だからどんどん脱いじゃうことにしたの♡」
ミオは両手で頬を押さえてわざとらしく「照れちゃう」を示す。だが実態は余裕たっぷりだ。ここら辺はさすが年上といったところなのだろうか。
「もうちょっと恥じらった方が可愛い?」
「いや、興奮する」
「フフ♡ でもびっくりさせて満足したからもう着ちゃおっと」
「⁉︎」
そろそろ見るだけではなく触ろうと思っていたところなのに、ミオはヴァンの上からいなくなって、付近に脱ぎ散らかされていたブラを拾い、せっせと付け始めた。踊らされている気がする。狙い澄ましたかのように。
ヴァンも上体を起こし、とりあえず落ちていたTシャツを着る。携帯で時間を確認するとすでに十三時。眠りについたのが朝だった事を差し引いてもダラダラし過ぎた。
「今日はどこに行きたい?」
「んー……どうしようかしらぁ……」
二人は現在新婚旅行中である。ジルーナとのそれが一ヶ月間だったことに合わせて一ヶ月。ただし彼女の時のように事前にがっちり予定を組むことはしなかった。「思いついたところに思いついたタイミングでフラっと遊びに行きましょ?♡」というミオの提案を実現した形だ。旅行というものは性格が出る。
「でももう行きたいところは一通り見ちゃったかもぉ……。最初の一週間で張り切り過ぎたわねぇ」
「飛び回ったもんな……」
ヴァンはテレポートで世界中に移動できる。一日あれば何か国も巡ることが可能だ。そしてミオは幼い頃から仕事で海外を飛び回っていたこともあって、すでに行ったことがある場所が多かった。
結局後半はほとんどこの別荘でダラダラ過ごしているだけだ。諜報部を辞めたミオにとっては旅行というより羽休め期間の方が望ましかったのだろう。
「今日ものんびりしましょっか。……もう、せっかく着たのにまた脱がされちゃう♡」
「悪いな」
「え、ちょっと、本当に……⁉︎」
ヴァンは彼女を押し倒し、細い両の手首を押さえつけた。ミオはヴァンのあまりの食いつきっぷりに驚いたようで、目をキョロキョロさせていた。頭が回り、あらゆる展開を事前に予期できる彼女は基本的にいつも冷静。しかし彼女は読み通りに事が進まないと途端にパニックになるという面も持ち合わせていた。その時の顔が一番見たい。
「……あ、あれ⁉︎ 待ってヴァンさん!」
「何だよ、挑発したくせに」
「ち、違うの! あの、よく考えたら今日ってもう最終日なんじゃない?」
「……ん?」
ヴァンは再び携帯電話を手に取る。画面には「十二月二十二日」の文字。新婚旅行に出発してからちょうど三十日目だった。
「い、いつの間に……!」
昼夜も問わず思うままにイチャイチャするだけの日々を送っていたせいで二人とも日付の感覚を失っていた。これはマズい。最後の一日はやるべきことがある。
「お、お引っ越しの準備しなくちゃ!」
明日からミオはスナキア邸で暮らすことになる。ミオが一人暮らししていたマンションから荷物を移す準備をしなければ。
「午前中潰しちゃったわねぇ……。ま、間に合うかしらぁ。ていうかそもそも一日しか取ってないの無謀過ぎない……? 予定組んだ時浮かれ過ぎてて全然頭回ってなかったわぁ」
「引っ越しの準備を旅行中にやるってのがそもそもおかしくないか? 今日までが旅行で、明日からゆっくりやれば────」
「だってそうしたかったんだもん。最後に二人で暮らす準備をして終わりって……。ま、まあできてないんだけどぉ……」
彼女の希望とあらばどうにかしよう。ヴァンは提案する。
「俺が大勢になれば何とかなるだろ。勝手に私物触っていいならだが……」
「は、裸より恥ずかしいかもぉ……。でもお願いできるぅ?」
ヴァンは力強く頷いた。床が抜けない程度にまで分身を増やして一気に進めてしまおう。
「……なんか急に終わっちゃったわねぇ、新婚旅行」
「そうだな」
「フフ、でもあんまり寂しくないわぁ。明日からも毎日一緒だもんね♡」
その通り。新婚旅行編が終われば新婚生活編が始まるだけだ。むしろそちらの方が結婚したという実感を得やすいだろう。ヴァンとしても胸躍る思いだ。
そして同時に────。第二夫人ミオがスナキア家にやってくるということは、一夫多妻という複雑な生活の始まりを意味するのだ。
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