15.容赦ない抵抗

 ***


 自宅で過ごすヴァンの本隊は、ミオの護衛を務めるヴァン[ウィンザーさん]の行動に戸惑っていた。


 ヴァン・ネットワークでミオに再会した時点まで記憶は共有済み。だがその翌日にミオと面談しに行って以来、ヴァン[ウィンザーさん]は本隊との合流を拒否している。もう一ヶ月近く完全な別行動を取っているのだ。


(こちらヴァン[ジル]。……いい加減説明してくれないか?)


 ヴァン[ジル]は魔法で交信を試みる。即座に返答。


(こちらヴァン[ウィンザーさん]。前言った通りだ。俺が抱えている記憶は危険だ。お前は知らない状態でいろ)

(どういうことなんだ?)

(この記憶を持てば俺は絶対に様子がおかしくなる。ジルはきっとそれを見抜く。そして俺はまだ彼女に事情を説明できる状態にない。……これが俺の言える限界だ)


 分身同士はそれぞれ別の行動を取って別の経験・記憶を得る。合体した時にそれらも合算されるという仕組みだ。ヴァン[ウィンザーさん]は何らかの不都合な記憶を抱えてしまったため、合流を避けることでその記憶を隔離しているとのことらしい。


(……その「危険」っていうのは、ジルの身が危ないってことじゃないんだよな?)

(ああ、それは保証する)

(ストーカーはまだ見つからないのか?)

(……ああ)


 ヴァン・ネットワークを始めて以来、捜査がここまで長引いたケースはない。何かトラブルが起きているのは明白だった。


(イリス・ハーミットさんが諜報部員かもしれないっていうのと何か関係あるのか?)


 こちらのヴァンが握っている最新の情報はそこまでだ。事が起きたとすればその後の面談。


(……何とも言い難い。頼むから何も知ろうとしないでくれ。それが俺とジルのためだ)

(……分かった)


 要領を得ないが、あちらも自分自身であり利害は完全に一致する。信頼して対応を任せることにしよう。何なら助け舟も出す。


(そっちは5%くらいしか魔力を配分されてないよな? こっちから45%出すぞ)

(それは助かるが……、大丈夫なのか?)

(問題ない。ヴァン・ネットワークを休止してるからな)

(……なぜだ?)

(お前、ニュース見てないのか?)

(す、済まない。こちらも考えることが多すぎる)


 さぞ追い詰められていると見える。とにかく早く片付けてもらわねばならなかった。こちらもこちらで複雑な状況にあるからだ。ヴァン[ジル]は45%の魔力を配分したヴァン[増援]を生み出してミオの自宅付近に派遣した。


(お互いやるべきことを)

(ああ。助かった)


 交信を終了する。ちょうどそのとき、ジルーナが声をかけてきた。


「ヴァン、ウィンザーさんの件どうなってる?」


 彼女も進展を期待していた。二人にとってミオはやっと見つけた唯一の味方のような存在だ。早く朗報を聞かせてあげたいのだが、こちらのヴァンは捜査状況すら知らない。ひとまずは想像できる範囲で話すしかない。


「まだ見つからないんだ。俺を怖がってすっかり消えてしまってな」

「そっか……。まあでも今は何もされてないってことだよね」

「そうだな。一応やってる甲斐はあるよ」


 正直適当に喋っている感は否めないが、言いながら「確かに」と自分の言葉で納得した。ひとまず一ヶ月間ミオは安全だったのだ。最低限それでいい。


「私何も手伝えなくてごめんねだけど……頑張ってね」

「ああ。必ず捕まえるよ」


 ジルはしきりにこの話題に触れてきている。その理由は分かっていた。彼女は、良いニュースを聞きたいのだ。


「……ジル。テレビ消したらどうだ?」


 現在このリビングでは報道番組が流れている。彼女はずっと険しい表情で観ていた。国政選まであと一週間と迫ったこの国では、ヴァンにとって、ジルーナにとって、嫌なニュースで溢れている。


「ダメ。……何が起きてるかちゃんと見ておかないと」

「ジル……。こんなの見てたって何か変わる訳じゃない。疲れるだけだ」

「自分で選んだ道だもん。目を逸らしたらいけないと思うの」


 ジルーナは連日国中から目の敵にされながらも、それを全て正面から受け止めようとしていた。彼女は途方もなく強く、強い故に立ち向かってしまう。心配で見ていられなかった。この一ヶ月で目に見えて弱り、表情は常に暗く、少し痩せたように見える。口数も減り、何より笑うことがなくなった。


 ジルーナの負担を減らすため、ヴァン・ネットワークを中止した。あれは超多重分身による消耗をジルーナの料理で埋めていたからこそ成立したのだ。もちろん飯なんて他所で食べて来ればいいのだが、彼女は「私の役割なのに」と憤慨するだろう。


 どうにかして心も身体も休ませてあげたい。この国での生活はあまりに険しい。


 ビースティアを狙った犯罪を全て重罪にするというヴァンの独裁下で、国民たちはヴァンを批判するだけでも逮捕されるかもしれないと恐れていた。だが、総理が解散を宣言し、ヴァンへの口撃を開始した途端、不満が一斉に爆発したのだ。


 連日ニュース番組では誰がどんな批判をしたかを並べ立てられる。著名人から街を歩く市民のインタビューまで。総理率いる安穏党員は鬼の首を取ったかのように騒ぎ立て、過激派たちもこの国の最高戦力の目を覚まさせてやると息巻いている。


 さらに、ヴァンの提唱する新経済に賛同して前回の選挙で当選した革新党の政治家たちまでもが続々と旧経済派への鞍替えを表明していった。


「何なのこの人たち……。前はヴァンを応援してくれてたのに……」


 ジルーナはソファーでこじんまりと体育座りして、テレビに映る議員を睨んでいた。


「前回も今回も思想なんてなしに単に優位な方につきたいだけなんだろう。政治家なんてそんなものだ」


 ヴァンは怒りを通り越して呆れていた。だが国民たちはそんな彼らすら歓迎していた。まるで正義に目覚めたヒーローのような扱いだ。このままでは新経済派は国会の過半数となる五十名に届かないどころか、五十名の候補者を立てることすら難しい。


 国民たちは団結し、民主主義の名の下、暴君・ヴァンを止めようとしていた。言い換えれば、この国はいよいよ本腰を入れてヴァンの結婚に対抗し始めたのだ。現状、ヴァンに対抗策はない。また無茶な手を使えば結果を捻じ曲げることはできるだろうが、その後更なる反発か過激派の暴走を招くだけだ。


「ジル。……別荘に引っ越そう」

「え……?」

「海外に住めば君は自由に外に出られるし、耳障りな声が耳に入ることもない。もうこの国にはいない方がいい」


 せめて少しでも安らかに過ごせる環境に連れていってあげたかった。例えそれが逃げだとしても。


「……やだ」

「嫌がったって連れて行く。今回ばかりは俺の頼みを聞いてくれ」

「だって! ここは私とヴァンが出会った場所で……、一緒に育った場所で……、一緒に暮らした場所で……、すっごく大切な場所なんだもん」

「それは俺も同じだ。それでも、……これ以上君を苦しめたくない」


 ジルーナは泣き出しそうな目をヴァンに向けながらテレビの画面を指差す。


「私この人たちに負けたくない。みんな私たちを追い詰めて別れさせようとしてるんだよ?」

「別れるなんてあり得ないだろ」

「でも、まんまと追い詰められてはいるでしょ。引っ越しなんて……」

「いずれ絶対やり返すさ。ただ今は手立てがないから、落ち着ける場所でじっくり考えよう。……それに、別荘だって結婚の約束をした思い出の場所じゃないか」

「…………そっか」


 ジルーナは目を瞑ってしばらく考え込んだ後、結論を出した。


「……せめて選挙が終わるまでここにいたいんだけど、いい?」

「ああ。分かってくれてありがとう」


 候補者の出揃う公示日まであと三日。投開票日まであと十日。どうせ準備も必要なので妥当なところだろう。

 とりあえず一安心。だがこれが逃げの一手であることは重々承知だ。反撃の手立てを探さなくては。


 あちらが別れよと圧力をかけてくるのなら、それ以上の圧力を返してやるしかない。法律を無視した滅茶苦茶な手段ではなく、ヴァンに認められた権利を堂々と使って。


 ────一夫多妻。


 ヴァンの手に残った武器はこれしかない。ビースティアの妻と別れるどころか、更なる妻を迎えてヴァンの強い意志を示す。国はヴァンの一夫多妻制を絶対に廃止できないのもポイントだ。ファクターと結婚する可能性を自ら潰す行為になるからだ。


 そして何より……。複数の妻を迎えることは、後継が産まれるという奇跡が起こる確率を高めることにも繋がる。子どもさえいれば文句を言われることもない。国の改革も焦らずに進めればいい。抜本的な解決法だ。


 だが課題は多い。まずはヴァンが心の底から愛せる人物と出会わなくてはならない。ジルーナに匹敵するような、そんな誰かと。


 そして、ジルーナだ。この一手が大きな反撃となるのは彼女も認めるところだろう。しかし、あれだけヴァンを愛してくれている彼女のこと。ヴァンが他の妻を連れてくるなんて本音では嫌なのだと思う。これだけ気落ちしているタイミングで、その負荷に耐えさせるのは忍びない。


 ────何か他の手は? ヴァンはいつまでも、別の可能性を探ってしまう。

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