7.国家の反撃

 ***


 ────ついに意見交換会が始まる。


 政府側にはアシュノット総理大臣を中心に有力大臣や軍の総帥が並ぶ。相対するように設置された席にヴァンはぽつんと一人。まるで被告人の様相だ。


 進行役を務める法務大臣がマイクを手に取り、会場を見渡す。


「では、進めていきましょう」


 緊迫感のある声。しんと張り詰める場内の空気。あちらからすれば国家滅亡の道を阻止する重要な機会だ。険しい表情が並ぶ敵方の中、唯一のほほんと笑っている男がいた。


「本当に好き放題やってくれるねぇ、ヴァン君」


 アシュノット総理大臣だ。いたずら好きの子どもと接するかのような調子で口火を開く。この国でヴァンを君付けで呼ぶのは彼くらいだ。


「君のおかげでみんなパニックだよ。競売事件でこの国がどれだけの財産を失ったと思う。いい加減大人になったらどうかね?」


 何を言われようがヴァンの基本姿勢は決まっている。国民に、「もうこいつには頼っていられない」と思わせること。不遜で、わがままで、自分勝手くらいの態度でいい。


「僕はただ好きな相手と結婚しただけですよ。たったそれだけのことを認めてくれないようなので他国に移住しようとしたら、皆さんが勝手にお金を払って僕を引き留めたんです」

「酷い言い草だねぇ。そうしなければ全員死んでしまうことくらい君は分かっていただろう?」

「皆さんだって僕を頼らなければ死ぬのを分かっていたのに僕の機嫌を損ねたじゃないですか。まともな判断とは思えませんね」


 ヴァンは憮然とした態度で言い捨てた。しかしアシュノット総理は依然としてニヤニヤしている。


「……ククク、まだまだ悪役が板に付いていないね。無理もない。暴君に成るには功績があり過ぎる」


 誰も彼も”終末の雨”という言葉を思い浮かべたであろう。ヴァンはかつて国民全員の命を救った英雄だった。


「ヴァン君、君の目的は承知している。国民にプレッシャーをかけてスナキア家依存から脱却させたいのだろう? だがやり方を間違えたね。以前のように民主主義的に事を進めていれば、君の何代か後には夢が叶ったんじゃないかね」


 その言葉を聞いて彼がまだ笑っていられる理由を理解した。前回の国政選で総理率いる安穏党は第一党を逃し、開戦派の過激な勢力と組んでどうにか政権を掴んでいる状態。次の選挙ではヴァンの支持層に完全敗北する未来まで見えていた。それが今や、総理はアンチヴァン票を一手に引き受ける存在となっている。こうしてヴァンを批判しておけば人気稼ぎになるというわけだ。


「国民は心のどこかでまだ君を信頼しているよ。私の発案で一夫多妻制を導入しておいた甲斐もあって、君にはまだファクターと結婚する道が残されている。いずれ君は冷静になり、英雄に戻ってくれると信じている。よって君の策略は無意味だ」


 悔しいが総理の説明は事実だ。やはりヴァンは国民を嘲笑うかのように次々ビースティアと結婚する必要がある。国民の依存心を叩き折って自立させるまで。


「君がそんな態度を取っていると過激派の愛国党が何をしでかすか分からない。危険な状況だと思わないのかね?」

「仮にも連立を組んでいる相手に酷い言い草ですね」


 この場には愛国党の党首も出席している。当然、苦虫を噛み潰したような表情をしていた。


「軍事面で対立しているのは元来承知の上だよ。『戦わない・働かない』を党是とする我が党と一致しているのは『働かない』のみだ。愛国党は終末の雨の報復攻撃を画策するばかりか、いっそ今のうちに他国を全部滅ぼしてしまえとすら思っている連中だよ。君の態度次第では彼らが勢いづく」

「どうせ僕の力がなければ何もできませんよ。ファクターを有する我が国にはそれなりの攻撃能力があるとはいえ、防御は僕頼みですからね」

「戦争を始めれば必ずまたこの国にミサイルの雨が降るだろうねぇ」

「ええ。勝手に動くようなら今度は守ってあげませんよ」


 国民からすれば肝を冷やす発言だろう。だがこればかりは強めに脅かしておかねばならない。ヴァンにとって最も避けなくてはならないシナリオだ。


 公の場で過激派に釘を刺せたのはありがたかった。だが今の発言は総理の利にもなる。誘導尋問された感は否めない。ヴァンと敵対しつつも使えるところでは使う姿勢は何ともいやらしい。


「と、まあこんな訳でね、政府としては君にファクターと結婚してほしいと思っているよ」

「僕はこの先もビースティアとしか結婚するつもりはありませんよ」


 ヴァンはキッパリと言い切りつつ反論に入る。


「僕の結婚一つで右往左往させられていることに悔しさはないんですか? いくら僕に苛立っても結局僕には逆らえない。皆さんの生殺与奪は僕が握っているからです。その状況を脱するのが皆さんに選べる唯一の選択肢です」

「他国からの搾取をやめて関係を改善し、国民は政府からのベーシックインカムに頼らず暮らせるようになれと?」

「ええ。僕の発案で輸入減免法を制定して以来、国内企業は非常に調子が良いそうですよ。職につけばより良い暮らしができます」


 ヴァンが一夫多妻制を受け入れる代わりに通した輸入減免法。ざっくり言えば他国がウィルクトリアから買い物した分だけウィルクトリアに支払う賠償金を減らしてあげるという制度だ。諸外国はどうせ取られるならとウィルクトリアの企業と積極的に取引を始めた。今や国内企業の多くは人手不足となり、給料も待遇も良い職がゴロゴロ転がっている。あとは各自が動き出せばいいだけなのに。


「ヴァン君。残念ながら国民はそんなことを望んでいない。働かずに悠々自適に生きていけるのがこの国に生まれた者の特権だ。三百年に渡って我々はそう生きてきたじゃないか」

「その末路が今なんですよ。もうやり方を変えねばならない時代が来たんです」


 埒があかない。似たような話はもう何度もしてきた。この会議はどう考えても無意味だ。


 ふいに、アシュノット総理が不気味に微笑んだ。


「……では、国民の意思を聞かないか?」


 総理はまるで用意していた台本を読むかのようにスラスラと、ヴァンにとって痛い一撃を喰らわせる。


「ウィルクトリア国総理大臣の名において、────国会の解散を宣言する」

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