3.第一夫人の正体

「もちろん。こっちは情報を盗むプロよ」


 いや、ドヤ顔してる場合じゃないでしょうが。


「な、なんって危ないことしてるんですか! そんなのバレたら捕まる……っていうか、ヴァン様がこの国ポイっじゃないですかぁ!」

「別に奥様に悪さしようって訳じゃないから。どんな子がタイプか知りたいっていう乙女心よ」

「い、いや、それじゃ許されないですよぉ……」


 恐ろしいことをしてしまう人だ。ヴァン・スナキア夫人保護法により、「妻を探り当てる」ではなく「妻を探ろうとする」の時点で逮捕である。それで済めばまだマシな方で、最悪ヴァンの流出=国家滅亡まであり得るのだ。


「もちろん徹頭徹尾内密に調査したわよ。上にも言ってないし、あくまで個人的に動いただけ。あなたにばっかり大変な仕事はさせられないでしょ?」

「そんなのいいのにぃ……」

「まあ、危険だからあなたにも詳細は明かさないけどね」


 イリスはふふんと自慢げに笑う。流石と言う他ない。彼女はミオが知る限り最も優秀なスパイである。


「どうやって調べたんですか……?」


 ヴァン・スナキア夫人の個人情報は誰にも盗めないはずだ。競売事件でヴァンを落札するため、国家を挙げて妻を保護せざるを得なかった。データの閲覧に必要なキーは多数の機関・組織が分割して管理しているし、そもそも記録の入った端末自体がヴァンの手にある。


「記録は隠せても、記憶は消せないものよ」

「記憶……と言っても、一体誰が奥様をご存知だって言うんですか?」


 あれだけ懸命に妻の情報を秘匿しているヴァンだ。まさか誰かに妻を紹介しているとは思えない。


「とりあえずヴァン様のそばにいる方を探したの。あのスナキア家よ? 使用人くらい居るでしょう。直接奥様を見ていなくても、ヴァン様の生活のお世話をしていれば女の影を感じる機会はあったでしょうし」

「使用人ですかぁ……。ですがヴァン様が誰を雇用しているか調べる時点で大分危なっかしいですよ?」


 ヴァンが「周辺から探ろう」という動きに対策を打っている可能性は高い。下手すればヴァンの妻を知っていそうな人を探すという行為ですら摘発案件だ。


「ちゃんと回り道したわよ。えっと、先代当主のラフラス様はご病気がちだったそうじゃない?」

「え? はい」

「となると常にお側にいる人員が必要だったはずなのよ。住み込みで働くくらいのね。あそこに住んでいるのなら、日用品の買い出しはきっと近所の店を使っていたでしょうし、スナキア家勤めに相応しい何らかの制服を着てお店に通っていたはず」


 イリスはテンポよく推理を進めていく。


「そしてそんな客が毎日のように来るなら目立つ。店員の印象に残る。立地的にスナキア家の従業員であることはすぐ察しがつくでしょう。そうと分かればちょっと話を聞いてみたいと思うのがこの国の人間の心理。店員とある程度の交流が生まれるのも自然な流れよ」

「なるほど……使用人ではなく使用人の顔見知りを探したんですねぇ」

「ええ。案の定何人も見つかった」


 さすが師匠だ。あのヴァン・スナキアといえど、全使用人の全交友関係を把握できるとは思えない。把握しようという動機すらないはず。


「ただ全員が口を揃えてこう言ったわ。『ある時期を境に使用人を全く見なくなった』と」

「え?」

「その時期っていうのが、ラフラス様暗殺の少し前よ。現場に居合わせて殺されてしまった使用人は一人だけだったし、おそらく大半は病状の悪化を理由に人払いされていたんでしょう」


 戦後になって明らかにされた、先代はすでに余命幾ばくもない状態だったという話。使用人と言えどそんな情報を知られるわけにはいかなかったのだろう。


「でも使用人の名前を何人か把握できた。私たちは仕事柄人口データベースにアクセスする機会があるから、他の案件で調べ物する名目で部長にアクセス許可を貰って、こっそり現住所を割り出した」

「ちょ、ちょっと怪しくなってきましたね……」

「いいのよ。ヴァン様の言いつけには抵触してない」


 充分問題、というかそれも犯罪なのだが、大事の前の小事ということなのだろう。


「あとはいつもの私たちの仕事よ。さりげなくターゲットに近づいて、お話できる関係になった。ただ、使用人は全員、ヴァン様が当主を継がれた直後に解雇になったらしいわ」

「え?……じゃあ、結局ヴァン様のお側には誰もいなかったんですか?」

「そう。でも情報提供者の中の一人から興味深い話が聞けたわ」


 ここからが要点とばかりにイリスは一呼吸置く。


「ヴァン様が使用人たちに解雇を告げたとき、使用人側はせめて一人は残してほしいと訴えたらしいの」

「終末の雨直後ってことは、ヴァン様まだ十二歳ですもんね……」

「その上国家の宝よ。放っておくなんてできないわ。でもヴァン様は『一人でいいなら』とビースティアの少女を指名した」

「!」


 突如、本命らしき人物の姿が見える。


「名前も把握した。その子はラフラス様と共に殺害された使用人の娘。身寄りのない状態だったそうよ。だから使用人として残したというより、ヴァン様が一時的に居場所を与えたんでしょう。その数日後にヴァン様は使用人たち一人一人と正式に退職に関する話し合いをしたらしいんだけど、その際に『遠い親戚を見つけたから引き取ってもらった』と言っていたそうよ」


 少なくとも数日はスナキア家に居たことになる。ヴァン・スナキアと二人きりで。だがそれで結婚にまで至ったと考えるのは飛躍しすぎだろうか。お互い唯一の肉親を失った直後なら恋愛どころではないはず。


 となると気になるのは、その後も交流を持っていたかどうかだ。


「その子は使用人たちが出払った後に入れ替わりでスナキア家に来たそうだから、私が接触した使用人たちはその子のことをほとんど知らなかった。ただ、欠席の連絡を入れるために学校は聞いたそうなの。……ところでミオ。テレポートって便利よね」

「……学校に忍び込んだんですか⁉︎」

「流石にその子を人口データベースで調べるのは危ないかと思ってね」


 政府所有のデータベースにはどうせ結婚に関する記載はない。ヴァンが所有する端末にのみ記録され、法律上はそちらが優越するという形で処理されている。となればヴァンにとって人工データベースは見られても問題ないはずだが、誰かが彼女の情報を閲覧したら通知が届くような細工をしていてもおかしくない。イリスが見なかったのは英断だ。


 だが、不法侵入だってよっぽどだ。この人、一体いくつの犯罪に手を染めたのか。


「学校で本人の写真を見たわ。二年くらい前のものだと思うけど、ビースティアって中学生くらいまでに成長しきってその後顔があまり変わらないから……」

「ですね。今のお姿とそれほど変化はないと思います」

「それに”遠い親戚”とされた里親の名前もすぐに分かった。その人を突っつけばヴァン様と交流があったのか確かめられると思ったんだけど……、その人物は存在しなかったわ」

「え?」

「書類上でしか存在しない架空の人物よ。住所とされていた家は事実上空き家の状態だった。……どう思う? ミオ」


 突然生徒に問題を出すようにミオに推理を促す。ミオなりに回答を試みる。


「……ヴァン様が手配して架空の人物を作ったんだと思います。状況的にそれ以外あり得ません」

「動機は?」

「普通なら信頼できる人や施設に預けるべきです。なのにわざわざそんな無茶をしたってことは、ヴァン様自身がその子を引き取って手元に置いておきたかったんじゃないですかねぇ……。子どもが子どもの身元引受人になるわけにはいかなくて、そんな形になってしまったと。住所も嘘ということは、その子はおそらくそのままスナキア家に」

「……うん、私も同じ結論」


 ヴァンは戦後ビースティアの少女と二人暮らしを始めている。ここまでは間違いない。


「その後彼女は?」

「進路のデータも学校に残っていたわ。成績は優秀も優秀。国内トップクラスの高校に合格してる。……でも、結局その学校には進学していないみたい」

「え?」


 道理に合わない。しかし「なぜそんなもったいないことを」と、考える必要はなかった。答えは決まり切っている。進学より重大な何かが彼女の人生に起こったからだ。


「ご結婚が決まり、家庭に入るために進学を断念した。そういうことですよね?」

「でしょうね。まあ間違いなく、その子が奥様よ」


 辿り着いた。あれだけヴァンが隠している情報に。ヴァンが自分の意思で傍に居場所を与えたビースティアの女性。そして彼女も自分の意思でその場所にい続けている。状況証拠しかなく断定できないが、最有力候補と見ていい。


「さすがにこれ以上の捜索は危険だったから、ここからは単に推測よ。もしその子が『大金持ちのスナキア家に引き取られちゃった! 大豪邸最高! 毎日ダラダラして過ごそう!』って子なら、ヴァン様的にはちょっと厄介よね」


 ミオは頷く。ヴァン側からすれば彼女が手に余れば施設に預けるなどすればいい。彼女はヴァンが望んで近くに置いておきたいと思うに足る人物のはずだ。


「きっと使用人として健気にヴァン様を支えていたんじゃないかしら。ヴァン様が修行に集中できるように、たった一人でね。修行には分身を多用されていたらしいんだけど、アレってすんごいお腹空くのよ。だからその子がお料理も頑張ってたんじゃないかしら」

「そうなるともはや、ヴァン様はその子のご飯で育ったようなものですよねぇ……」

「胃袋はガッツリ掴まれてると見ていいでしょう」


 きっと家庭的な女の子なのだろう。それはミオにとって、絶望的な情報だった。


「わ、私家のこと全然できないんですけどぉ……」


 小さい頃から仕事仕事で家事なんて必要最低限しかやっていない。とりわけ料理はできない。とりあえず食べれればいいやくらいの気持ちで食材に火を通して調味料をかけただけのな名前のない炒め物しか作れない。


「その子の……ビジュアルはどんな感じですか?」


 こうなると他の部分から勝機を見出すしかない。


「写真しか見てないけど、結構小柄ね」

「私170cmくらいあります……」

「髪は長めだったわ。右側で一つに括ってた」

「私結べるほど長くないです……」

「年齢はヴァン様と同じ」

「確か私一つ年上です……」

「……」

「……」


 何ということだ。イリスが数多の罪を犯して命懸けで調査した結果、ミオはヴァンのタイプから外れている可能性が示唆された。これほど報われないことがあるだろうか。


「で、でも全然別のタイプの方が新鮮かもしれないわよ。あなた美人だし、何とかなるわよ」

「そ、その子は?」

「……エグいくらい可愛いかったわ」

「……」

「……」


 前途多難、と言う他ない。果たして勝ち目などあるのだろうか……。

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