第11話「なんて大きな嫁入り道具」(過去編)

1.かつてない指令

(今回は過去編となります)


 ***


 スナキア暦三百十七年。


 世界を揺るがすヴァン・スナキアの結婚から十ヶ月が経過。このままではスナキア家は滅亡する。しかしヴァンに逆らえば彼はまた自らを競売にかけるという暴挙に出るかもしれない。かつての英雄は暴君となり、ウィルクトリアは依然混乱していた。


 政府としてもこの国家存亡の危機を指をくわえて見ているわけにはいかない。諜報部二課に属する二人のスパイが極秘会議を行っていた。


「えぇっと……」


 ミオ・ウィンザーは女上司に連れてこられたやけに高級そうなレストランの個室内を見渡す。シルクのテーブルクロスに覆われた広いテーブル。薄明るいロマンティックなキャンドル。窓の外には煌めく夜景。


「あのぉ、イリスさん? もしかして私にプロポーズでもするつもりですか?♡ いくら焦ってるからってそんなに手当たり次第なのはちょっとぉ……」


 その一言に上司のイリス・ハーミットは露骨にイラッとして、眉間に思いっきり皺を寄せた。


「黙んなさいメス豚」

「メっ……!」

「まったく……どうしてこんな口汚い性悪に成り果てたのかしら。そんな風に育てた覚えはないのに」

「い、いえ。日々の教育の賜物だと思いますけどぉ……」


 この人には一生口では敵わない。ミオは日々それを痛感している。


「ミオ昨日まで任務で海外に行ってたでしょ? お疲れ様会と思って良い店に連れてきてあげたの」

「そ、それはありがたいんですけどぉ、やり過ぎでは?」

「いいのよ。ほら、好きなワイン頼んで」


 そうは言われても……。


「あの……、私まだ十七なのでお酒はあと四ヶ月待っていただけるとぉ……」

「あれ⁉︎ そうだっけ⁉︎ あー、あなた老けこんでるから……」

「大人っぽいって言ってくださいよぉ!」


 昔からずっと一緒に居るのに年齢すら覚えていないのかとミオは思いっきりブンむくれた。そういうとこだぞ美人なのにモテないのはと心の中だけで呟いておく。一応イリスも流石にバツが悪そうではあった。


「わ、悪かったわよ。また誕生日に連れてきてあげるから」

「絶対ですよぉ?」

「あー……でも、あなたの次の任務次第かしら」


 次の任務という言葉を聞いて、途端にミオの背筋が伸びた。わざわざこんな店に連れてきたのは慰労やお祝いの意味もありつつ、誰にも聞かれたくない話があるからだということは察していた。極端に仲が良い故に成立するズカズカ言い合う女子会はここまでだ。


「帰って来たばっかりで悪いけど、あなたにとんでもない指令が来てる。心して聞きなさい」


 ミオは大真面目な顔で大きく頷いた。


「あなたの次のターゲットはスナキア家当主、ヴァン・スナキア様」

「……はい?」


 せっかく作った真剣な表情が崩れ、目も口も大きく見開いた。


「ど、どういうことですか? 私たち諜報部二課の仕事は海外に流出したファクターを捕らえることですよ……? ま、まさか結婚が受け入れられないことにお怒りを感じて国外へ……? で、でも私がどうにかできる方では……」

「落ち着いてミオ。今回の任務は特殊よ。えっと、まずは状況を整理しましょう」


 イリスはミオを諌めようとするかのように声のトーンを落とす。


「ヴァン様がビースティアと結婚されて以降、ウィルクトリアは不安に包まれている。それでもヴァン様には抗えないのが苦しいところね。『結婚を認め妻に危害を加えないと約束しない限り国を捨てる』という宣言が効いているし、事実上の独裁権であるヴァン・スナキア夫人保護法もある」

「はい……」

「ただ、希望がないわけではない。ヴァン様は一夫多妻を認められている。……ファクターと結婚する可能性は残っている」

「でもヴァン様はそのご意思はないと……」

「ええ。ヴァン様は後継を作らない姿勢を見せることで強引に国家改革を進めようとしているのでしょう。となればファクターとの結婚は問題外」


 ヴァンの一連の行動の裏にはかつて彼が卒業スピーチで語った理想の国家像を実現するという目的があるというのが大方の見方だ。だが、違和感もある。


「ヴァン様らしくないやり方ですよねぇ……。順当に行けば次の国政選で新経済派が政権を取っていたでしょうしぃ……」

「そうね。だから……ここまでの強硬策に舵を切ったからには、何らかの真意が隠されてると考えるのが妥当。ただ彼はそれを明かすつもりはないのでしょう」


 ミオは思い当たる。


「私に……それを探れと?」


 しかしイリスの反応は微妙だった。


「半分正解。それも知れるのが理想だけど、政府としては知ろうとすることでヴァン様を刺激してしまうことを恐れている。だから目標は、ヴァン様の不興を買わないまま問題を解決すること」


 話が掴めず、ミオは黙して次の言葉を待った。


「ヴァン様はビースティアに強いこだわりを示している。でもそれは困る。ビースティアとは子供ができないのだから。……そこで政府はあなたに目をつけた。歴史上六例しか確認されていない、ビースティアとファクターのハーフに」

「……!」

「あなたは見た目は完全なビースティアで、その実ファクターの血も引いている。あなたならお眼鏡にかなうかもしれないし、子どもを作れるかも知れない」


 次の指令の輪郭が浮かんできて、身震いする。確かにこんな任務、特殊にも程がある。まさか、そんな────。


って事ですか……⁉︎」

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