10.手出しはできない
***
「ユウノ! 大丈夫か⁉︎」
ヴァンはユウノに電話をかけた。大体の事情は秘密の連絡によって把握済みだ。
『アタシは平気だけどジル姉が捕まってる! 早く来てくれ!』
「ああ! だがテレポートは使えない!」
『何で⁉︎』
「魔法の気配で俺が来たことがサリエに伝わってしまう!」
ファクターの血が濃いスナキア家の遠縁であり、あのドレイクを兄に持つサリエ。かなり優秀な魔導師・ファクターだ。自分の周辺、おそらく半径百メートル以内で使われた魔法の気配にはすぐ気がつくに違いない。しかもその気配がヴァンのものであると見抜くのも容易いだろう。
『伝わっちゃマズいのか⁉︎』
「ジルにちょっかいかけたら俺が大慌てで飛んできた、なんて思われたら困るだろ?」
『た、確かに!』
そんな展開になればヴァンにとってジルーナが重要人物であることが伝わる。サリエとは接近したり会話をしたりするだけで困るような、そんな重要人物だと。
だからこそジルーナはユウノに「急がず、見守って」というメッセージを残したのだ。きっと彼女は今ヴァンの介入なしであの場を逃れる手段を探している。ヴァンは緊急時に備えてその様子を隠れて見守るのが任務だ。となるとやはりテレポートで近づくわけにはいかなかった。
「ひとまずサリエの探知範囲外ギリギリまでテレポートして残りは走ってる! 悪いが一分だけ待ってくれ!」
『で、できるだけ急いでくれよ!』
「ああ! そっちはできるだけ落ち着いていてくれ! 別の分身が範囲外からジルも君も目視してる! いざとなったらすぐ助けに入れるから、もう安全確保は済んでいるんだ!」
『そ、そっか! じゃあもう大丈夫なんだな!』
仮にサリエが凶行に走ったとしても未然に防ぐことは可能だ。本当に任務をこなしているのはそちらの分身。今このヴァンがユウノの元に走っているのは、そばに居て安心させる以上の意味はない。
「二人の様子は?」
『……不自然なくらい普通だ。天気の話とかしてるぜ』
「そうか。……ん? ユウノ、会話が聞こえるのか?」
『アタシの耳はすげーんだ!』
遠方から現場を目視しているヴァン[監視]から先ほど得た情報によると、ユウノは二人から二十メートルほど離れていたはずだ。常人なら聞き取れるはずがない。
「でかしたぞユウノ。そのまま会話を聞いておいてくれ」
『任せろ!』
ヴァン[監視]は会話まではキャッチできていない。聴覚強化を使ったところで、距離がありすぎて他の音に紛れてしまうのだ。同様にこのヴァンも現場に着いたところで聴覚強化の魔法を使うわけにはいかない。ユウノが居てくれて本当に助かった。
『ヴァン……! 大変だ!』
「どうした⁉︎」
『今ナンセンスさんが、ジル姉のことをヴァンの妻だと疑ってるって、はっきりそう言った!』
「!」
やはり、サリエはヴァンの妻を探している。ジルーナがスナキア家の使用人だったことに目をつけ、彼女と接触を図ったのだ。しかし、何故今になって? それに、妻を見つけて何がしたいのかも不透明だ。
もし、妻を亡き者にしようなんてことを考えているのなら、そのときはサリエを逮捕しなくてはならない。いや、逮捕で済めばまだいい方かもしれない。最悪の場合、サリエを────。妻を守るためなら背に腹は変えられなくなるとはいえ、想像もしたくない展開だ。
「ユウノ、来たぞ。……って」
ヴァンは現場に到着する。ユウノと並び立っているところを通行人に見られては困ると思い、彼女の部屋から魔術戦隊・マジュンジャーのマスクを持って来ていた。が、すでに被っているので安心だ。
ユウノは一度チラリと視線だけくれ、すぐに二人の会話を聞く方に意識を集中した。可能な限り彼女を邪魔しないようにしつつ情報を聴取する。
「ジルの対応は?」
「とりあえずたしなめてる感じだ。ヴァンの妻を探るのは犯罪だから止めた方がいいって」
「……」
ジルーナがやんわり話を遮ってあの場を逃れてくれるのが一番良い。彼女もそれを目指して動いているようだ。
だが、犯罪になることなんてサリエも承知の上だろう。そのリスクを負ってでもジルーナに接近した。動機も経緯も分からないが腹を括っていると見ていい。説得には応じないだろう。
自分は妻ではないと明言してしまえばいい話だが、覚悟を決めてやって来たサリエは証拠を見せなければ納得しないかもしれない。下手をすれば身分証の提示を求めてくる。そしてジルーナのIDカードには「ジルーナ・スナキア・ハンゼル」と書かれている。絶対に見せるわけにはいかない。思った以上に厄介な状況だ。
「サリエの様子は?」
無理矢理身分証を奪うなんて強硬手段を取らなければいいが。
「今のとこ結構平和的だと思うぜ。……ある意味めちゃくちゃ喧嘩腰だけどよ」
ユウノは憎々しげに呟き、拗ねたように顔を背けた。
「どういうことだ?」
「……お前の耳には入れたくねぇ。大丈夫、本筋とは関係ないとこだから気にすんな」
「?」
何から何まで教えてほしいところだ。だが、ユウノはそれ以上説明をせずに話を変えた。
「とりあえずジル姉に酷いことする気はなさそうだぜ。これはアタシの勘だけど、アイツ多分悪い奴ではねえよ」
「……そう願う」
ユウノの勘はよく当たる。根拠にはならないが少し安心した。
「でも一秒でも早く二人を引き離した方がいいと思うぜ。アイツがどうこうというより、ジル姉の方が喧嘩を買っちまわねえか心配だ」
「た、確かにな……」
ジルーナの心の強さは折り紙付きだ。マフィアのボスにすら臆せず立ち向かった過去がある。大人になって少し丸くなったとはいえ、戦うと決めたらヴァンも手を焼くほどの勢いを見せるだろう。
「念のため他の策を走らせてる。会話の流れによってはそれを使うぞ」
「他の?」
「俺があの場に駆けつける別の理由を作る。ちょっと強引なんだけどな」
正直あまり良い策ではない。不自然さは否めないため使わずに済むならそれがいい。準備にもまだ少し時間を要する。
「ジル姉……上手くやってくれよ……!」
二人はジルーナの無事を祈り、固唾を飲んで見守っていた。
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