8.目覚める

 ***


「……ジル姉? カラオケ楽しかったか?」


 ユウノは問いかける。


「……」

「ジル姉?」

「……え⁉︎ うん、すっごく楽しかったよ! お家に欲しいくらい!」


 二人はワックで昼食を食べた後、一通りカラオケを楽しんだ。それ以来、でジルーナの様子がおかしい。ボーッとしていて心ここにあらずといった雰囲気だ。


「さ、着いたぞ。次はここだ!」


 ユウノはジルーナを学生が行くような場所に連れ回すという任務を負っている。やってきたのはゲームセンター。こちらもジルーナは初体験とのことだ。


「……! ま、待ってユウノ! あれは……!」


 ジルーナが恐る恐る指を指したのは店先にあるクレーンゲーム。ユウノがかねてから愛する「魔術戦隊・マジュンジャー」という戦隊モノのポスターが貼られ、景品のヒーローマスクたちがケージの中に並んでいる。


「わ、私やっぱりこの黒い人見るとドキドキするよ……! どうしよう……!」

「……」


 ジルーナは顔を手で覆い、指の隙間から「敵か味方か? マジュンジャー・ブラック」を見つめていた。先ほどカラオケでユウノがマジュンジャーの主題歌を歌った際、MV内に出てきたマジュンジャー・ブラックに”一目惚れ”してしまったらしいのだ。


 ジルーナは首をブンブン横に振りながら嘆く。


「こんなの不倫だよぉ……私どうしたらいいのユウノ……?」

「ふ、不倫にはなんないだろ……」

「で、でもアレだよ⁉︎ 男性として好きなんじゃないよ⁉︎ なんというか、が、概念として好きなの!」

「概念……?」


 正直何を言っているのか分からなかったが、ユウノなりに解釈を試みる。


「……あれだな、ジル姉もジル姉でヒーローフェチみたいなとこあるのかもな」


 夫は本来この国のヒーローである。猫耳・尻尾フェチであるが故にジルーナと結婚した彼だったが、実はジルーナ側から見てもヴァンはフェチにどんハマりの存在だったのかもしれない。


「お願いユウノ……! ヴァンには内緒にして……」

「あ、ああ。別にいいと思うけどな……」

「他のみんなにも言わないで! 子どもと一緒に観てる内に自分がハマっちゃうなんて思いっきり主婦のやつじゃんか!」

「あ、アタシ子どもじゃないぞ?」


 いつも冷静で大人っぽいジルーナが錯乱している。それが何だか可愛らしくて、ユウノはもっと揺さぶってみることにした。


 ユウノはクレーンゲームに小銭を入れる。


「ヒヒヒ、ブラックのマスク取ってやるよ」

「や……やめてユウノ! 引き返せなくなっちゃうよっ!」


 慌てふためくジルーナをよそにユウノはクレーンを動かした。この手のゲームは大得意だ。絶対に外さない。十五秒後にはあっさり獲得。カプセルに入ったソレが取り出し口に転がった。


「ヴァンに見つからないようにな」


 ユウノはカプセルを手渡してニカっと笑った。


「……し、下着入れの奥にでも隠すよ」


 やめてと言っていたくせにちゃっかり受け取るジルーナを見てさらに笑う。


「ん……? 下着入れ……?」


 不意にジルーナが眉間に皺を寄せた。


「どうした?」

「分かんない。……何か急に背筋がゾワっとして」

「……?」


 ジルーナはその原因を探るように考え込んでいた。ユウノはその隙を突いて一度渡したカプセルを奪い取り、中からマスクを取り出す。そしてそのままマスクを被り、完コピしているマジュンジャー・ブラックの決めポーズを披露した。


「…………っ!」


 ジルーナは言葉を発せず、ユウノをボーッと見つめていた。脳内が真っ白になったことが手に取るように分かった。直後ジルーナは紅潮した顔を隠すように勢いよくユウノの胸に顔を埋めて、タシタシとユウノに拳をぶつけて「お願いだからもうやめて」と訴えた。


「ああもう……ジル姉って本当────」

「可愛いねぇそこのお姉さんたち!」


 言おうとした言葉を、突如何者かに奪われた。ユウノは声がした方を振り返る。柄の悪そうな男が二人、ニタニタと嫌らしい笑みを浮かべて立っていた。ジルーナが慌ててユウノの胸元から離れ、二人並んで男たちに相対する。


「あ、やっぱメッチャ可愛いじゃん! ねえ、俺たちと遊ばない?」

「そっちのマスクの子もすごくね? それ被ってても美人だって分かるもん」


 軽薄で面倒そうな奴らだ。とはいえまあ、今のところはジルーナを褒め称えただけ。穏便に追い払ってやろう。


「アタシら旦那いるんだ。回れ右して帰りな」

「バレやしないって♪ 俺たちの方が面白いぜ?」

「チッ……、かったるいな。お呼びじゃねぇからさっさと消えろ」


 ユウノは煙を払うようにしっしと手のひらをパタパタさせる。男たちはあーはいはいそうですかとばかりに露骨にため息をついて、二人の側から立ち去っていく。しつこくなくて何よりだ。


 だが、


「……主婦がこんなとこで遊んでんじゃねーよ。お前らこそさっさと帰って皿でも洗ってろ」


 相手にされないと分かった瞬間手のひらを返し、侮辱めいた捨て台詞を放った。これにはカチンと来た。ユウノが言い返そうと思ったその時────。


「何なのアンタら? 失礼じゃない?」


 先に口を開いたのは、ジルーナだった。


 男二人は足を止め、再びこちらに接近する。


「……何だァ? ちょっと可愛いからって調子に乗ってんじゃねぇぞ?」

「調子に乗ってるのはそっちでしょうが! 私たちがどこで遊ぼうが私たちの勝手でしょ!」

「喧嘩売る相手間違えてるぜお姉さん」

「ハァ⁉︎ 喧嘩売ってるのもそっちでしょ⁉︎」

「キーキー騒ぐんじゃねぇよ! 攫うぞコラァ⁉︎」

「お、おいジル姉……っ! やめとけって!」


 こうなるとユウノはもうカッとなっている場合ではない。何とかこの場を収めなければ。言い合う両者の間に入り、男たちを睨みつける。


「ああもう……、やるんなら相手になるぞ……!」

「……っ⁉︎」


 ユウノの放つ怒気に男らはすぐに気圧された。こちとらマフィアの父を持つモノホンだ。街のチンピラなど相手にならない。あのヴァンすら投げ飛ばすほどの戦闘力がこちらにはある。


「い、行くぞ……」

「おう……」


 男たちは本能的に危険を察知し、今度こそそそくさと逃げていった。


 ────さて、ひと段落。ここからはお説教である。


「……ジル姉! あんな奴ら相手にすんな!」

「だってムカつくじゃんか」


 ジルーナはまだ鼻息荒く、去って行った男たちの背中を眇めた目で追っていた。その異様なまでの負けん気に触れ、ユウノは頭を抱えるしかない。


「そうだよなァ……、ジル姉は国中に喧嘩売ってでもアイツと結婚した第一号だもんな……」


 並大抵の根性では正気でいられないはずの境遇で戦い続けてきた彼女である。芯の強さは折り紙付きだ。


「でももう無茶すんなよ。アタシが居たから何とかなったけど、一人じゃどうなってたか分かんねえぞ?」

「うー……。はい」


 ジルーナは渋々といった表情で首を縦に振る。分かったならよろしいとばかりにユウノはジルーナの頭を撫でた。するとジルーナは何かに気づいたようにバッと顔を上げた。怒りがすっかり消え去っており、恋する少女のようなドキドキ感を漂わせていた。


「私、マジュンジャー・ブラックに助けられちゃったんだ……!」

「も、もう……。落ち着いてくれよ、色んな意味で……」


 今日はジルーナの、色んな一面を見られる日だ。

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