2.戦慄の勝負下着
***
スナキア家・一階共用キッチン。
朝食当番のフラムとキティアは仕事を終え、雑談しながら他の面々が集まるのを待っていた。
「ティアちゃん、あのねぇ、最近何か心配ごととかなぁい?」
第四夫人・フラムの問いかけに、第五夫人・キティアは眉を顰める。
「……フラムさんの方がよっぽど心配ですよ」
「や、やっぱりあるのねぇ……⁉︎ ど、どうしようかしらぁ……」
「もう……、そういうとこです!」
この先輩妻は見ていて危なっかしく感じるくらい年中ホワッとしている。しっかり者だと自負しているキティアにとっては彼女に心配されるのはあまり本意ではない。
キティアはヒューネットと並んでこの家の最年少である。そしてフラムはミオと並んで最年長。つまりキティアとフラムはこの家で最も年齢差のある二人ということになる。さらに、キティアはフラムにとって直後の後輩ということで特段気にかけてもらっているらしいのだ。もちろんありがたいことではあるのだが、どうも子ども扱いされている気がしてならない。
「フラム、ティアはアンタよりよっぽどしっかりしてるです」
「あ、シュリさん。おはようございます」
ちょうど第三夫人・シュリルワがやってきて、フラムに咎めるような目を向ける。キティアは自分の代わりに物申してくれと心の中でおねだりしてみた。すると案の定、
「ティアはもうすっかり大人になったです。ですね? ティア」
「そ、そのつもりです!」
キティアは力を込めてフラムに目で訴えかけてみる。しかしフラムはあまり納得いっていないようで依然として眉を八の字にしていた。それを見たシュリルワはやれやれとばかりにため息をつく。
「シュリも未だに
「シュリさぁ〜ん……」
「でもおばちゃん三人の言うことなんて無視しちゃえばいいです」
「そ、それはちょっと……!」
「お、おばちゃんじゃないでしょう⁉︎ い、いくらシュリちゃんでもぶつよ……⁉︎」
「おー怖」
シュリルワは余裕たっぷりにケタケタ笑ってみせた。流石に先輩方をおばちゃん扱いは真似できない。仮にできたとしてもフラムは自分には「ぶつ」なんて言わないだろう。何だかんだシュリルワのことはお姉さんチームの一員だと認めているからこそ強い言葉が出るのだ。
「……まあ、フラムの気持ちもわかんなくはないですよ。ティアって初めて会ったときまだ学校の制服着てたですし」
シュリルワが今度はフラム側に立ち、ニヤリと顔を綻ばせた。
「それを言われると……! そ、そうですよね。子どもにも見えますよね」
二人には本当に子どもだった頃をがっつり見られているのだ。仮に今夫が制服を着た女の子を連れてきたとしたらその印象がずっと尾を引くのは想像に難くない。体の動きだけではなくイメージの書き換えも遅いらしいフラムならより一層だろう。
「た、確かにあたしまだ小ちゃかったですし、結婚前はフラムさんに色々助けてもらいましたし、結婚してからも家のこと何にもできなかったからフラムさんにいっぱい教えてもらいましたし、何かで凹んだときはすぐフラムさんのところに行って甘やかしてもらってましたし、……ああ、もう! 考えれば考えるほど子ども扱いも当然な気がしてきました! え⁉︎ フラムさん優し……っ⁉︎ 大好きなんですけど……⁉︎」
「まあ♡」
「お、落ち着くです……」
思い返すとフラムをお姉さん・お母さん扱いしていたのはこっちの方だ。この現状は自分が招いたもの。だけど、自分だってもうそれなりに頼りになる人材だということを示して認めてもらいたいところだ。
────その時、遠くから弱々しい声が聞こえた。
「誰かー……」
声の主は、
「ジルさん……?」
自室のシャワーが壊れたとかで一階大浴場を使っている第一夫人・ジルーナだ。何やらお困りの様子ということだけは分かる。
「あたし見てきます!」
キティアは勇んで立ち上がった。頼れるキャプテン・ジルーナを助けたとあれば自分の株が上がるに違いない。何となくそう思った。まあ大したピンチではないだろうが。
「わ、わたしも行くねぇ!」
続いてフラムも立ち上がった。キティアは自分だけでは物足りないのかなと少し憤慨したが、隣で活躍を見守ってもらえると考えれば悪くない。二人はいそいそと風呂場に向かう。フラムの移動速度が遅くてむしろ足を引っ張られている感が否めない。
キティアはドアをノックし、ドア越しに会話を始める。
「ジルさん? どうしました?」
「あ、ティア? ありがと。何かね、用意しといた着替えがなくなってるんだよ」
「ヴァ、ヴァン君が盗んじゃったのかしらぁ……」
「フラムさん⁉︎ あの人変態だけど妻の服を盗むのは流石に変ですよ!」
フラムの素っ頓狂な推理には苦笑いが漏れる。キティアにはちゃんとした心当たりがあった。
「多分ユウノさんですね」
「ユウノが?」
「珍しくすっごい早起きできたみたいで、張り切って洗濯係やってるんです。多分近くにあったもの全部洗濯機に放り込んじゃったんじゃないかと」
こっちの洗面所には全員共用のものを洗うための洗濯機がある。耳を済ませばドア越しに稼働音も聞こえてきた。
「そっかー。私カギかけるの忘れてたしシャワー浴びてる間に……」
「あ、でも責めないであげてくださいね! ユウノさん、今も頑張って昨日の夜回した分を干してるんです。『ご飯の前に終わらせるぜ!』って」
「あのユウノがご飯より優先したの⁉︎ ありゃー、それはむしろ褒めてあげないとだ」
やる気に満ちて頑張っているのは立派なことだ。しかし少し空回りしてしまったらしい。
「あたしお着替え取ってきますね。ジルさんの部屋カギ空いてます?」
「うん。ていうかヴァンがまだいるかも」
「あ、そっか。まあ何にせよテキトーに一式揃えてきます。ちょっとだけ待っててくださいね〜」
「ありがとー助かるよ」
早速キティアは二階のジルーナの部屋に足を向ける。相変わらずフラムもちょこちょこ付いてきた。ジルーナを素っ裸のまま長々待たせるわけにはいかないので、フラムには悪いがちょっと早足だ。
ジルーナの部屋のドアをノックする。しかし返事がない。どうやらヴァン[ジル]はもういないようなので、気にせず入室することにした。
「ジルちゃんはお着替えどこにしまってるのかしらぁ」
フラムがぽつりと呟いた。そういえば聞くのを忘れていた。とはいえ部屋の構造は自分の部屋と同じなので大体想像がつく。
「下着は洗面所の戸棚で服は寝室のクローゼットに衣装ケースでも置いてるんじゃないですかね? あたしはそうしてますが」
「あ、わたしもねぇ、同じなの」
見解が一致し、まずは洗面所を調べることにした。ジルーナとは何年も同居しているとはいえプライベートなゾーンに侵入しているようでやや緊張した。
「あ、やっぱり下着ありましたね」
「可愛いのばっかりねぇ」
「ですね。……うわ、何かジルさんに好きな下着着せられるってドキドキしません?」
「フフ、そうねぇ」
二人は自然と下着の選別を始めた。テキトーに手前から取ってしまえばいいのに、せっかくならより可愛いのを選びたいと。────それが過ちだった。
「……⁉︎ こ、これは……⁉︎」
キティアは奥の方から引っ張り出した下着を手に取って、驚愕の声を漏らした。
「な、何ですかこのパンツ……⁉︎ 絶対に布が必要なところに大穴が空いてるじゃないですか……!」
「ぬ、布の部分も布というより網ねぇ……!」
それは紛れもなく、
夫か? 夫の好みなのか? いや、先日のミカデルハの一件でキティアも夫に下着を選ばれるという流れになったが、ここまでえげつない一品ではなかった。となると夫ではなくジルーナが自ら夫を悦ばせるために選び……いや、考えるのはよそう。そんなのとにかく、
「気まずい……!」
この一言に尽きる。絶対に見てはいけないものを見てしまった。いくら仲良し家族とはいえ、いや、仲良し家族だからこそ、踏み越えてはならないラインというものがある。
「やるわねぇ、ジルちゃん」
しかし、先輩は呑気に微笑んでいた。
「ど、動揺しないんですねフラムさんは……」
「大人だからぁ♡」
「で、でもこれ、あたしたちが見ちゃったことにジルさん気付きますよ……?」
「…………そ、それは気まずいわぁ! ど、どうしましょう⁉︎」
事態を飲み込めていないだけだったらしい。さて、どうしたものか。正直に白状して謝るのも変な気がするし、お互いに触れないまま接するのもまたむず痒い。八方塞がりだ。
折しもフラムに自分も頼りになるぞと示したいところだったが、まさかこんな解決不能なトラブルに陥ってしまうとは────。
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