24.結果発表

 ***


 記者会見。


 世界中のメディアが注目し、ヴァンの発表を今か今かと待っていた。ヴァンの決断次第では即座に開戦もあり得る。皆この二週間生きた心地がしなかっただろう。


「お集まりいただき感謝を。早速結論を言おう」


 ヴァンは挨拶もそこそこに本題に入る。


「俺はウィルクトリアに残留する」


 即座に会場はどよめきと歓喜の声に包まれた。シャッター音がうるさいほど鳴り響き、ヴァンの得意げな表情を写す。


「誤解のないように言っておこう。別に愛国心からじゃない。公平に見てウィルクトリアの提示が他を圧倒していただけだ」


 ヴァンの予想通り、ウィルクトリアはヴァンに対して最大限の誠意を見せていた。


「まず妻について。随分俺に都合の良い法律を用意してくれた。ざっとまとめると、妻の心身を害した、または害そうとした人間はその後長らく刑務所で暮らしてもらうというもので……。あー、それだけなら他国も同等だったんだが、ウィルクトリアの案が最も融通が効きそうだった。何より俺の裁量が大きい」


 ウィルクトリアが必死こいてこしらえた「ヴァン・スナキア夫人保護法」は妻に危害を加えたら即重罪人という呆れるほどヴァンのご機嫌を取りに来た法律だった。しかも適用範囲が広く文言もあえて曖昧になっている。解釈次第で誰でも犯罪者にできるほどで、まともな法学者が見たらひっくり返るだろう。


 だが、適用・量刑の決定にはヴァンの許諾が必要となっているため悪用される心配はない。逆に言えばヴァンだけは悪用し放題で、使い方によってはほとんど独裁が可能である。長らくスナキア家を敵対視してきた他国にはここまで踏み込んだ施策は取れなかったようだ。


「妻の情報管理についてもこれ以上ないほど厳重だ。ちなみに、探ろうとすれば早速保護法を使わせてもらうから心しておけ」


 スナキア家の個人情報は元々しっかり保護されていたが、笑えるほど輪をかけてさらなる対策が施された。アクセスするための物理・電子キーは七十六に分割されており、それぞれが別の機関に管理されている。こっそり盗み出すには相当な手間と大勢の口の硬い協力者が必要だ。


 さらに、ヴァン側で管理するキーも四十六を数える。データの入った端末自体もヴァンの手元に預けられ、盗み見るにはヴァンを倒さなければならない。つまり誰にも不可能だ。ヴァンは端末・キー類をテレポートなしでは誰も近寄ることができない秘境に保管することに決めた。これでもうジルーナの名前を知ることは誰にもできない。


「そして金額だ。……よくぞここまでかき集めたな」


 ウィルクトリアの提示額は他の勢力を上回っていた。彼らが払った金額は世界中からかき集めた賠償金の二十三年分に相当する。ヴァンの読み通り国中から財産が徴収されることになった。案外総理が叩かれず「それも止むなし」みたいな雰囲気になっていたのは誤算だったが、それだけ反省していたということだろう。


「これでお前らは俺に全面服従したというわけだ。ざまあないな」


 ヴァンはしたり顔で告げる。


「これはお前らがスナキア家に依存した体制に甘んじてきた末路だ。悔しかったら自立することだな」


 ヴァンたった一人に何もかも背負わせていた罪深さを痛感していることだろう。そのヴァンがそっぽを向けば即座に地獄に落ちることを思い知ったのだから。


「……では、この金は俺が責任を持って他国に返しておく」


 ヴァンがこともな気に言うと、会場の記者たちがざわついた。何がそんなに不思議なのだとヴァンは眉を顰める。


「元の持ち主に返すんだよ。当たり前のことだ」


 元手は他国からの賠償金だ。であれば他国に返納する。


 ウィルクトリアが競売に勝ったらこうすると、ヴァンは決めていた。彼らが必死でかき集めた金は他国にばら撒き他国が豊かになるために使う。これだけで他国との関係が改善されるとは思わないが、随分溜飲を下げられるだろう。和平に向けて一歩前進だ。


 国民たちはヴァンを勝ち取ってなおすっきりはしないはずだ。結果をまとめると、敵国に大金を払って異常性癖の独裁者を買ったようなものだ。


「ただ、各国には引き続き妻を保護する法整備を進めてもらいたい。それが支払いの条件だ」


 会場のざわめきがさらに大きくなる。ヴァン視点で見れば、妻の安全を買う金を全国民に出させたことになる。今頃国中が歯軋りしているだろう。


 ヴァン・スナキアは「自分なしではどうせ生きられないのだから」と思い上がっている暴君として写っているはずだ。国民がヴァンを見返すためには、自分の暮らしを自分で守れるしっかりとした国家になるしかない。彼らが「お前なんかもう要らない。ざまあみろ」と言い返してくる日を、ヴァンは妻と幸せに暮らしながら待つ。それがこれからのウィルクトリアだ。


「良い教訓になっただろう。俺の結婚に口出しするとどんな目に遭うのか」


 ヴァンはまとめに入る。


「ああ、ちなみに。大層な法律を作ってもらってなんだが、俺はいざとなったら法律がどうとかいう洒落臭いことを言うつもりはないんだ」


 ヴァンは立ち上がり、カメラに視線を送る。


「妻を少しでも害してみろ。そのときは今度こそこの国を捨てる」


 これにて一件落着とヴァンは満足し、テレポートで妻の待つ家に舞い戻った。

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