13.伝わり始める二人の願い


 ***


『新経済派の革新党が現在十三議席を獲得しています。こ、これは安穏党を上回る勢いです!』


 ヴァンの予想は良い方に外れ、革新党が躍進していた。現状維持派の安穏党はまだ十議席。過激派の愛国党に至ってはまだゼロだ。


「ヴァン! これって!」

「ああ……!」


 二人は高揚感に包まれ目を見合わせる。上手く負けるどころの話ではない。勝利を予感させる状況だ。


『先々週の世論調査とは異なる結果になりそうですが……、こちはどう分析されますか?』


 司会者はスタジオに座る専門家に話を振る。彼らも歴史的な場面に立ち会っていることに興奮しているようで、早口で会話を進めていった。


『ヴァン様の賛同者が日に日に増えているということでしょう。スピーチを受けて国民の多くは戸惑いましたが、実際に改革を遂行するヴァン様のお姿を見て意識を変えていっているようです』

『大規模な出資に始まりヴァン様主導の様々な雇用対策が毎日のように動き出していますからね。そして増進が予想されていた愛国党はまだ一議席と勢いがありませんね?』

『そちらもやはり平和を願うヴァン様のお気持ちを汲んでのことでしょう。国の救世主たるヴァン様の影響力はそれだけ大きかったということです。これは今までたった一人で国を支えてこられたヴァン様への国民からのメッセージですよ。もうヴァン様を一人にはしないというメッセージなんです!』


 呆然とした頭に叩きつけるように続く、心躍る言葉。ヴァンは画面をただただ見つめていた。もう焦点も合っていない。そうしている間にも次々と革新党の議席は伸びていく。


 ────ヴァンを我に返させたのは、ジルーナが声もなく啜り泣く音だった。


 スピーチの後は決して涙を流すまいと上を向いていた彼女が、今は俯いて小さく肩を揺らしていた。今回は堪えきれないと分かって懸命に顔を隠しているのだろう。次第に声も抑えきれなくなり、やがてえずくような大泣きに変わる。


「ジル……」


 父を亡くした痛みに耐え、ヴァンを支え続けた三年間の努力が実ったのだ。溜め込んでいた様々な思いが噴出するのも無理はない。気丈で歳よりも大人びて見える彼女が、子どもみたいに声を上げて泣いている。


「よ、良かったね、ヴァン……! ヴァンを、ひ、一人に、しないんだって……!」


 その涙はヴァンに寄せられたものでもあった。ヴァンは彼女を抱きしめたくなる。だが、そんなことが許される間柄ではなかった。あくまで二人は主人と使用人だ。曖昧に伸ばしかけた腕を慌てて引っ込める。彼女も一瞬だけヴァンを見上げ、少し躊躇したあとヴァンの二の腕に顔を埋めた。時々囁かれる「濡らしてごめん」という言葉が愛らしくて、聞こえるたびに胸の奥が熱くなった。


 少し落ち着いたタイミングを見計らってジェスチャーで「座ろうか」と促すと、ジルーナはソファーの上で膝を抱えた。潤んだ瞳はテレビにじっと向けられていた。革新党の獲得議席を示す数字は徐々に増えていく。しかし、安穏党も手強い。引き離すことができず、時には逆転さえ許しながら、両党は九十九の議席を奪い合っていった。



 ────やがて最終結果が出る。



 革新党:四十六議席。

 安穏党:四十二議席。

 愛国党:九議席。

 無所属:二議席。


「か、勝ったよヴァン……!」


 ジルーナがヴァンの腕を掴む。革新党は第一党の地位についた。


 だが、彼女には悲しいお知らせをしなければならなかった。


「ジル、その、言いづらいんだが……、ちょっと足りなかった」

「え……?」

「過半数には届いてないんだ。思想的に革新党には連立を組む相手がいない。しかも安穏党と愛国党が組めばギリギリ過半数を超えるから……」


「じゃ、じゃあ、政権は取られちゃうってこと……⁉︎ 一番だったのに⁉︎」


 国際的に見てもあまり例はないが、制度によっては第一党が政権を掴めないというケースもあり得る。実際経済面だけで見ればまだ半数以上が旧経済派なのだ。結局はヴァンが元々予想していた形に落ち着いてしまうだろう。


「がっかりさせてごめんな」

「ヴァンが謝ることじゃないよ……」


 ジルーナは不服そうにぶんむくれる。本当にあと少しが足りなかった。


「でも上出来も上出来だよ。何より俺が呼びかければこれだけ応えてくれるっていうのが分かったことが大きい。これからも次々手を打っていくから、次はきっと完璧に勝てるさ」


 大いに希望は残る結果だ。与党に入れずともこれなら相当な影響力を発揮できる。ヴァンがバックアップしていき、次回の選挙では堂々と政権交代だ。そうなればヴァンが自費で遂行している経済策を国主導でも打てるようになる。今以上の速度で改革が進む。


「……まだちょっと物足りないけどさ、私結構この国のこと好きになっちゃった!」

「うん、俺もだ」


 ヴァンには大勢の味方ができた。その事実に、ジルーナはまるで自分のことのように喜んでいた。


「でもさ、ヴァン。……一番の味方は私だからね!」


 彼女は晴れやかに微笑んだ。白い肌によく映えるシャープな唇、加減なくクシャッとさせた目元。本当に可愛い人だなと、ヴァンは密かに思う。


「ジル、ありがとう」


 彼女のためにも邁進しなければとヴァンは気を引き締める。────次の手はもう用意してある。

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