8.狂気の分身修行

 ***


 分身可能人数・三十三。


 それが現在のヴァンの実力だった。病弱だった父でさえ数百の分身が可能だったことを鑑みると、ヴァンの力はか弱すぎる。コアの効能によって継承前よりは多少強い程度で持ち堪えているものの、こんなちっぽけな魔力では到底国を守ることなどできない。


 ヴァンが弱体化したことを国民にも世界にも知られるわけにはいかなかった。しかしいつまで隠し通せるか分からない。ヴァンには時間が無かった。またいつ世界からの集中砲火を浴びるか分からない。


 「終末の雨」では力が及ばなかったことを考えると、あのとき以上の魔力を身につけなくてはならない。それは困難な道のりだが、ヴァンには秘策があった。


 分身で何人分もの修行を積み、経験値を合算すればいい。二人に分かれれば二倍、百人に分かれれば百倍だ。


 魔法の修行は強い相手と戦うのが一番だ。ヴァンは分身を駆使し、自分同士で戦った。弱体化したとはいえ他の誰もヴァンの相手にはならない。それに、自分が相手なら手加減も要らない。壮絶な闘いを数え切れないほど繰り返し、ヴァンは急速に力をつけていった。

 


 分身可能人数・百六十四。



 思考回路が同じ相手と戦うのは中々骨が折れる。裏の裏をかいてもまだ意表を突けない。戦闘力だけではなく思考力も鍛えられていった。


 さらに、勝った側の経験だけではなく負けた側の経験も得られる。むしろそちらの方が大きかったかもしれない。ヴァンは最強の魔導師でありながら、誰よりも敗北から学んでいた。



 分身可能人数・千六十五人。



 鍛えれば鍛えるほど分身の数が増えていき、それだけ修行の効率も上がっていった。


 ヴァンに休息はない。例えくたびれ果てても、体力のある分身と合体すれば疲れが中和される。修行用の分身と休息用の分身に分けてスケジュールを組めば、ヴァンは二十四時間修行を続けられた。


 同様に、怪我の心配もない。どれだけ重傷を負っても健常な分身と合体すれば傷は癒えた。痛みや苦しみの記憶は残るが、それも良い経験だった。分身同士は互いに殺すつもりで戦っていた。「終末の雨」で得た死の直前の記憶は、もはやヴァンが無数に持つ死にかけた経験の一つに過ぎなかった。



 分身可能人数・三千三百。 



 ヴァンの強さは指数関数的に膨れ上がっていく。おそらく「終末の雨」時の自分と同等の魔力を取り戻しただろう。時が経ち、当時より体躯に恵まれていることを考えればあのときを超えているかもしれない。だが、そんなものはヴァンにとって通過点だった。


 攻撃力が増し、分身を本当に殺してしまうことが増えた。即死では救いようがないのだ。


 だが、仮に死んだとしてもその分身に割いていた魔力を失うだけ。せいぜい数千分の一だ。その程度なら修行を積めばすぐに取り戻すことができた。自分を殺めた嫌な感触だけが手に残るが、それも次第に慣れていった。



 分身可能人数・九千四百。



 強さだけでは足りない。国を守護し、導いていくためにはあらゆる知識が必要だった。


 ヴァンは分身を駆使して勉学に励んだ。戦後数ヶ月後には中学高校をすっ飛ばして大学に飛び級。国内トップの大学の全学部で、全ての授業を履修。完璧な成績を挙げた。翌年には修士、その翌年には博士だ。


 進学するほど修行に回せる分身の数は減ったが、それでも数千セットの殺し合いを二十四時間続けることができた。ヴァンの魔力は膨張を続けていく。


 

 分身可能人数・一万七千。



 ジルーナはたった一人でヴァンを支えてくれた。家の床中に広がって勉強に励む無数のヴァンにコーヒーを淹れてくれ、庭中で訓練を積む無数のヴァンには暖かいエールをくれた。


 日々分身の反動で空腹の絶頂に達するヴァンに大量の食事を作ってくれた。彼女自身も学校に通いながら、健気にヴァンに尽くした。


 彼女はヴァンの前で一度だって疲れた顔を見せなかった。きっとまだ胸に深く刻まれたままの父を失った痛みに耐え、涙を見せることもなかった。そんな姿を見せられてはヴァンも弱音を吐くわけにはいかなかった。二人は、いつも二人だった。



 分身可能人数・二万八千。



 尋常ならざる反復。常軌を逸した鍛錬。もはやヴァンの力は初代当主であるルーダス・スナキアに及ぶかもしれない。それでもヴァンは止まらない。止まれない。



 もう何も奪わせない。


 もう誰も傷つかせない。


 俺がこの国を守ってみせる。




 ────ヴァンの壮絶な修行は三年に及んだ。

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