6.夫補充システム

 ***


 ガミラタ時間で十四時八分。現地班が避難所に到着したのと同時刻。買い出し班のキティアを連れ、ヴァン[ティア]は広大なショッピングセンターに来ていた。ここなら何でも揃いそうだ。


「ヴァンさん、今更ですけどお金は気にしなくていいですよね?」


 キティアはヴァンが操舵を握るお買い物カートに医療用品を投げ込む。


「もちろんだ。ジャブジャブ使ってくれ」

「まあ、あたしが投資ですぐ取り返しますしね〜」

「ほ、本当に頼りになるよ君は」


 キティアはスナキア家の財務大臣である。元々磐石のスナキア家の資産は彼女にきっちり管理され、バランスの良い運用で日々膨張を続けていた。使っても使っても貯金が減る様子はない。


「とりあえず最優先の医療品はこれで充分だと思います。……あ、待って、包帯を切るハサミが要りますね。取ってきてもらえます?」


 ヴァンは返事をすることすら厭い、店内だということも気にせず即座にテレポート。時差的に客足がまばらな時間になる国に来たため、やりたい放題だ。早速調達してきたハサミをカートに放り込んだ。


「あ、ちょっと。これ右利き用じゃないですか。エルさん左利きですよ」

「え……⁉︎」

「え……⁉︎」


 二人は合わせた目を見開いた。


「まさか知らなかったんですか……? 妻マニアのヴァンさんが……?」

「ほ、本当なのか? エルは食べるのも字を書くのも右手だぞ? 料理だって……!」


 ヴァンは日々を思い返す。しかしどんなに記憶を探っても左手をメインにしているシーンが思い浮かばない。


「あー……エルさん右手も普通の人の利き腕より器用ですしね。いろいろ身につけるのには右の方が都合が良かったんですって。道具とか困る場合が多いらしくて」

「……」

「ちなみに料理は他の人と左右並んでやることが多いから右でやってくれてるそうです」


 キティアの解説はヴァンの耳を素通りしていった。強烈な罪悪感と自己嫌悪だ。第七夫人であるエルリアは比較的共に過ごした時間が短いとはいえ、結婚から一年以上は経っている。まさか利き腕も知らずにいたとは。しかも他の妻はそれを知っていたというのに……!


「……俺は……最悪だ……!」

「ヴァンさん、反省なら後でやってください。今は急がないと」

「そうだな……。は、反省用の分身を作る」

「い、要ります? それ」


 ヴァンは分身を増やす。その分身、ヴァン[反省]は顔を絶望に染めたままどこかへ消えていった。彼女への贖罪を考えるのは任せよう。二秒後、ヴァン[反省]から全ヴァンに「方針が固まるまではエルの前では平静を装うように」と連絡が飛んだ。


 残ったヴァン[ティア]は頭を切り替える。


「さ、こっちのヴァンさんはレジにお願いします。次のヴァンさんどうぞ〜」


 ヴァンはさらに分身し、ヴァン[ティア]とヴァン[医療品]に分かれる。ヴァン[ティア]はテレポートで新たなカートを確保。これでヴァンの補充が完了した。次の買い物はヴァン[ティア]が担当し、ヴァン[医療品]は医療品を積んだカート持ってレジに飛んでいく。買い終わり次第避難所の医務室に運搬だ。


「次は全員が絶対に必要なものを優先して……。ヴァンさん、お手洗いはどうなってます?」

「仮説トイレを運搬済みだ」

「防寒対策は?」

「毛布はあったし魔法で何とかしてる」

「じゃあ飲み水ですね」


 テキパキと話は進み、ヴァン[ティア]の任務は飲料水の確保に決まった。しかしちょうどそのとき、避難所の医務室にいるヴァン[エル]から連絡が入る。


「あ、大丈夫そうだ。魔法で水道を作ることになった。各部屋に蛇口をつけるよ」

「よ、よく分かりませんけど頑張ってますねヴァンさん……。じゃあ水はいっか。あ、でも……」


 キティアは俯いて数秒考え込み、再びヴァンを見上げた。


「やっぱりペットボトルにしましょう。水道はやめといた方がいいと思います」

「ん? 何でだ?」

「災害のときって、みんな『他の人がタンクの水を使い切っちゃう前に』って考えてドバドバ使うと思うんです」

「俺が魔法でどうにかするから無くならないぞ?」

「そんなの他国の人はピンと来ないと思いますし、……問題は足りるか足りないかじゃないんですよ。我先に確保しなきゃって空気になっちゃうと、水が避難者同士の揉め事の原因になりそうで……。全員に同じ量を用意した方が公平感があって良いと思います」

「なるほど……」


 ヴァンはしみじみと納得し、何度も何度も頷いた。よくもそこまで機転が利くものだ。水はいくらあっても困らないとはいえ、あの避難所はあくまで一時的なもの。全員に数時間保つだけの量を配れば必要十分ではある。


「ヴァンさんってどうしたら平等か考えるの慣れてるでしょ? あとは任せます。お水重いんで」

「わかった。ティア、百三十二人に二本ずつ。一箱六本入りだ」

「四十四箱」

「了解」


 一瞬。もちろんこれくらいの計算ヴァンにもできるが、口頭で説明する手間を含めてもキティアの方が早い。ヴァン[ティア]はヴァン[水]を生み出し、水のコーナーにテレポートで向かわせた。


「あ、コップもあった方がいいな」

「それは大丈夫です。ヒューが炊き出しに使う紙皿と一緒に買ってくれます」


 キティアは断言した。念のためヴァン[ヒュー]に連絡を取ると、キティアの言う通り紙皿と紙コップはあちらで確保されていた。


「次はおむつとか生理用品とかの消耗品行きましょうか。すぐ必要な人もいるかもしれないですし」


 ヴァン[ティア]は言われるがままキティアを連れて店内をテレポートする。付近に別の買い物客がおり、ひっくり返る勢いで驚いていた。しかし今は気にしていられない。


「どれくらい必要かなぁ……。ヴァンさん、避難所に居る人の男女比とか年齢層とか分かります?」

「いや、そこまでは聞いてない」


 自治体の職員から聞き出せたのは人数と世帯数まで。それ以上は他国民であるヴァンに軽々に教えてくれなかった。


「んー、概算だけしときますか。ガミラタの人口ピラミッドみたいなデータすぐ手に入ります? 多分どこかで発表されてますよね?」

「ああ、おそらく。……そんなのでいいのか?」


 ヴァンは疑問に思いつつも、またまた分身を増やした。その分身はどこからかデータを入手して舞い戻り、ヴァン[ティア」と合体した。ヴァン[ティア]がキティアにデータを手渡すと、彼女はざっと目を通しながら計算を始める。


「えーっと、ミカデルハ市はこのデータと有意差なしとして……標準偏差がこれで……」


 ものの数秒。


「赤ちゃんの人数は九十五%の確率で二人から七人の範囲に収まります。十代から五十代の女性は二十九人から四十三人です」

「あ、暗算で統計学を……?」

「フフ、それくらい、乙女の嗜みですよ⭐︎」


 キティアは常々「カワイイと計算高いはセット」と主張して憚らないが、こういうことではないだろとヴァンは思う。しかし頼りになるのは確か。これで物資は必要な分だけを的確に用意することができるだろう。


 生理用品となると商品の選定はキティアに任せることになる。手持ち無沙汰のヴァンは周囲の客を警戒しながら呼びかける。


「なあ、『五つの恒星の如き煌めき』」

「はぁ? はっ倒しますよ……⁉︎」


 数字で呼びたくないだけなのだ。睨まないでほしい。


「お、俺は下着コーナーがないか探してくるよ。できればこの店で全部揃えよう」

「ですね。あ。あたしに着てほしいのがあったら買っといていいですよ〜?」


 それはちょっとした戯れだったのかもしれない。────しかし、ヴァンは血相を変えた。こちとらイチャイチャを中断されてもやもやしているのだ。


「言ったぞ! 聞いたぞ!」

「い、いや必死すぎでしょ……。いっつもパンツの下まで見てるでしょうが……」


 引かれても構うものか。ヴァン[エロ]は最高の仕事にありついた。

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