4.異端の設営
***
「ここがヴァンさんが作った避難所?♡」
ガミラタ国、ミカデルハ市。現地時間は十四時八分。母国と違いまだ昼過ぎだ。
ヴァンは避難所で働く係のミオとエルリアを連れ、現地の小学校に現れた。本来この学校の体育館が避難所になるはずだった。しかし、地震と大雪によって倒壊してしまった。その代わりにヴァンが校庭に建てたブツを、ミオがまじまじと観察する。
「……これ、何でできてるのぉ? 木じゃないわよねぇ……?」
無機質で凹凸のない巨大な直方体。うっすら光沢のあるモノクロの建造物。敷地内に立ち並ぶ校舎と比べると明らかに浮いている異物だ。何なら物理的に数十センチ浮いている。
「余震があるかもしれないし素人細工の木造ほったて小屋じゃ不安だったんだ。だから魔法で作った」
「魔法……? ファクターの魔法にこんなのあったかしらぁ……」
「先ほど『戦闘に特化したものばかり』と仰ってませんでしたっけ? こんな便利なものもあったのですね」
ヴァンは二人の反応に気を良くして得意げに解説する。
「これは防御魔法、いわゆるバリアだよ。頑丈だからいくら人が載っても大丈夫だし、何かが崩れてきても潰れたりしない。それに光に対する防御力をコントロールして色を変えられる。側面と床は不透明にして、天井だけ太陽光が入るようにしてある」
「す、すごいわねぇ……。この大きさだけでも大変そうなのにそんな細かいことまで……」
ヴァンは魔法のスペシャリストである。緊急時には国全体を覆うほどの巨大バリアを張れるし、その上で繊細なコントロールまで可能だ。本来戦闘用の魔法でも応用すれば建築にだって活かせる。この避難所バリアにもまだまだセールスポイントがある。
「あとは通す熱の量も調整して中の温度を保ってる。換気用に窓を作って常時開けてあるけど、風を起こす魔法でエアフローを調節して寒くはならないようにした。天井は温めてあるから雪は積もらないし、少しだけ傾斜を付けて雪解け水を一箇所に集めてる。生活用水は万全だ」
「い、至れり尽くせりですわね……」
もはや普通の住宅と遜色のない快適さを実現していた。避難民がちょっと引いていたくらいだ。
「ヴァンさん、ずっとこれを維持するの大変じゃない?」
「分身で交代してやってるから大丈夫だ。ただ、それなりに集中力がいるからバリア担当の俺には話しかけないでやってほしい。俺は君たちと話すと浮かれて平常心じゃなくなるからな」
「ヴァ、ヴァン様……、お気持ちは嬉しいですけど流石にもう少し落ち着かれては……?」
「お姉さんたち何年も一緒に暮らしてるでしょう……?」
ヴァンはイカれた愛妻家である。毎日顔を合わせていても、まるで出会ったばかりのような新鮮な気持ちで彼女たちを愛していた。ちょっと引かれたのは解せない。
ヴァンは二人を引き連れて内部に入る。学校の教室四つ分くらいの空間が広がっている。
「人を集めて何か配ったり話を聞いたりするときはこのホールを使おう。居住スペースは奥だ」
ヴァンは前方の通路を指し示す。その奥にはホテルのように無数のドアが並んでいる。
「こ、個室になってるのねぇ」
「スペース的に全員に一部屋は無理だったが、とりあえず一世帯に一部屋用意した。防音性を高めてしっかりプライバシーを守れるようにしてある」
「か、完璧ですわね」
「……本当は三階建てにしたかったんだけどな。『こんな訳の分からないものに載るのは怖い』と言われて……」
ファクターはウィルクトリアにしか居らず、他国民は魔法に慣れていない。一階ならまだしも地上から離れるのは恐ろしいらしかった。
「ヴァンさん、あんまりやり過ぎるとみんな『ずっとここに居たい』って思っちゃうんじゃない? で、できるならやってほしいけど、ヴァンさんの負担がずっと続くなら心配よぉ?」
「一時的な避難所だとは説明してあるよ。今自治体の人たちが体育館の代わりになりそうな施設を探して準備してくれてる。終わり次第住民をテレポートで運んで、俺は手を引くつもりだ」
助けてあげたい気持ちは山々なのだが、他国民であるヴァンが介入しすぎるのも好ましくない。下手をすればウィルクトリア政府がガミラタに「ヴァン使用料」を請求しかねない。ヴァンはあくまでこの国の人たちが災害対応の体勢を整えるまでのサポート係だ。
ヴァンの尽力で住環境は万全。ここからは妻の協力を仰ぎたい。ヴァンは二人に分身し、ミオとエルリアそれぞれに付く。
「エル、あっちに医務室を作ったから案内するよ」
ヴァン[エル]はエルリアを従えて通路を進んでいった。残されたヴァン[ミオ]はミオと作戦会議だ。
「ヴァンさん、ここには何人避難してるのぉ?」
「今のところ四十人弱だ。体育館が避難所になっていたのは近隣の百三十二人、四十六世帯だと聞いてる」
「こっちはお昼過ぎだし、学校や職場に居た人が多いのかしらねぇ。物資は何があるのぉ?」
「体育館からどうにか毛布だけサルベージした。他のものは使える状態じゃないな」
「そっか、大変ねぇ……。私たちが頑張らないとね♡」
ミオは麗しいウインクをキメた。もし猫耳が露出していたらヴァンは気を失っていただろう。
「まずはお話を聞いてみましょうか。ヴァンさん、もしかしてだけど館内放送みたいなこともできるぅ?」
「ああ。全室に伝声管を通してある」
「す、すごいわねぇ本当に。じゃあ『困ってる人来てくだい』って放送してくれるぅ?」
ヴァンは頷き、ホールの壁に設置してある送話口に向かった。
『あー、あー。突然すみません、ヴァン・スナキアです。皆さんにご連絡です。入り口大ホールに相談窓口を設けました。お困りごとがあれば何でもご相談ください。女性の係員もいますので僕に言いづらいことはそちらに』
ヴァンはこの機に各妻から入っている連絡をまとめて報告する。
『また、簡易的なものですが医務室もご用意しました。もし怪我をされている方や体調が優れない方がいればご利用ください。それと、生活物資も現在手配中です。お配りできる準備が整い次第また放送します。あ、炊き出しも用意してますのでそちらも後ほど。以上です』
傍で聞いていたミオがくすりと笑みをこぼした。
「みんな頑張ってるみたいねぇ♡」
「ああ。頼りになるよ、本当に」
八人の妻は各地でそれぞれの仕事を順調にこなしていた。ヴァン一人ではこうもいかなかっただろう。
一人、また一人と避難者がホールに現れる。ヴァンとミオは家から持参したペンとメモを取り出して待ち構える。ヴァンはさらに五人に分身。これで速やかに全員と話せる。
「相談窓口はこちらです。どうぞー」
ヴァンは集まってきた人たちに声をかける。だが、全員ミオの前に並んだ。
「こっちもやってますよー……」
ヴァンの声かけも虚しく、避難民はミオを選び続ける。皆ヴァンには申し訳程度の会釈をくれるだけで目も合わせてくれない。老若男女を問わず、ヴァンは人気がなかった。他国からすればヴァンは世界を支配する恐怖の魔導師。無理もない反応ではある。
しかし彼らのために頑張っているのに蔑ろにされてはやるせない。
「……ナンパならやめてくださいね」
ちょっと悔しくて余計な言葉が口から漏れる。
「ヴァンさん! 余計なこと言わないで!」
そしてきっちり叱られた。
結局住民からの聴取はミオに任せ、ヴァンがミオから指示を仰ぐ形になった。ミオは優しい声音で親身に話を聞き、全員を笑顔にして部屋に帰していった。数人の聞き取りを終えた時点でヴァンに業務連絡する。
「ヴァンさん、お願い」
「どうした? 『二つの輝かしい瞳を持つ者』」
「……ふざけてるならぶっ飛ばすわよぉ?♡」
ミオは華やかな微笑みを浮かべて目を細める。これ一番怒っているやつだと感づいてヴァンは姿勢を正した。人前だから名前で呼ばないようにしただけなのに。そして数字で呼びたくなかっただけなのに。
「……やっぱりまずは家族の安否確認がしたいみたい。他の避難所に行っちゃったケースもあると思うのぉ。お名前は控えておいたから探してきてくれるぅ? 多分どの避難所にも伝言板みたいなものあるわよねぇ?」
「あるな。ここに誰がいるとか、あっちの避難所にいるとか、家族宛のメモを貼ってる。全部見て回ってマッチングしよう」
「お願いねぇ。……家族は一緒にいないとねぇ♡」
「ああ、そうだな」
二人は微笑み合う。ヴァンは分身を増やして各地の避難所にテレポートしていった。
「それと、炊き出し班に伝えてくれるぅ? 念のため聞いてみたんだけど、ここら辺の人たち宗教的に鶏肉が食べられないみたいなの」
「……! それは大事な情報だな。よく気がついたな」
「まあね♡」
ミオは得意げにボブを払う。ヴァンは自宅のヴァンに連絡を取った。
「あ、もう鶏肉切っちゃってるな」
「あら、悪いことしたわねぇ……。ちょっと待って、考えるからぁ」
「ん? 何をだ?」
ミオはヴァンの問いかけに答えず、唇に指を当ててしばし考え込んだ。その思考の一部が独り言としてヴァンにも届く。
「多分ジルが提案して、シュリちゃんがノセて、ヒューちゃんが張り切るからぁ……」
「?」
「……うん。ヴァンさん、『ここだ』ってタイミングでヒューちゃんに伝えてくれるぅ? 『お姉さんの部屋の冷蔵庫開けてみて』って♡」
「……?」
────何のことやら、さっぱりだった。
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