3.作戦会議!
「きっと現地にはまともなキッチンなんてないから、ここで作ってヴァンさんに運んでもらいましょう。かなりの量が必要だけど、いけるわよねぇ?」
ミオはお料理番長のシュリルワに尋ねる。
「余裕です。ウチは毎日炊き出しみたいな量作ってるです」
スナキア家のキッチンには何十人分ものスープを作れる寸胴が二つある。そして何より、熟練の主婦がたくさんいる。シュリルワは得意げに袖を捲って立ち上がった。早速隣接されたキッチンに向かいながら問いかける。
「今日の夕食当番はフラムとジルでしたっけ? 材料はどれくらい残ってるです?」
「まだまだあるよ。いつでも食べ物がいっぱいあるのがウチの良いところでしょ?」
ジルーナもシュリルワに続いて立ち上がった。そしてキャプテンとして、仕事の割り振りを提案する。
「このキッチンで八人は多すぎるね。作るのは三人か四人に絞ろっか。他にも人手は要るだろうし」
「ジルっ! またまた言い出しといて何だけど、ヒューは足手まといかもっ……」
ヒューネットは残念そうに肩を落とす。ヒューネットだってできないわけではないが、得意な人を選抜するとなると外れてしまう位置だ。ジルーナは苦笑いをお返ししながら、別の重要任務を託す。
「じゃあ買い出しをお願いしようかな。足りないものもあると思うしさ」
「うんっ! ヴァンっ! 送り迎えお願いっ!」
ヒューネットは気合いを滾らせた瞳をヴァンに向けた。
「買い出しなら俺ができるぞ? 重いだろうし」
ヒューネットの代わりに、ジルーナが首を横に振った。
「ヒューが行ってくれた方が色々スムーズなんだよ。でも荷物は持ってあげて?」
「……? 分かった」
ジルーナの言葉の意味もヒューネットが誇らしげに腰に手を当てている意味もヴァンには理解できなかった。が、素直に従うことにした。料理に関しての判断は彼女たちに任せた方がいい。
「じゃあ料理は私とフラムとシュリと、エルもお願いできるかな?」
ジルーナは嫁サイボーグの異名を取るエルリアに視線を投げかける。
「あの、もちろんお料理もできますが……。ヴァン様、差し支えなければ私も現地に連れていっていただけませんか?」
「現地に?」
「もしお怪我をされている人がいたら応急処置くらいならできますので! きっと病院は大変な状況でしょうし、私が少しでもご助力できれば!」
「……! そうか、わかった。お願いするよ」
エルリアは何でも知っている。応急処置のみに止まらず、その知識が頼りになるシーンがあるはずだ。
続いてユウノも進言する。
「ヴァン、あっちに行くのがありならアタシも行く。救助手伝わせてくれ」
「救助……? それは危険だし、俺一人でも……」
「アタシなら平気だ! それに、もし埋まってる人がいるならアタシが見つける。勘と鼻でな!」
「お、おう……!」
彼女の野生的な力はヴァンにはないものだ。本当に勘だけで困っている人を見つけ出してしまうだろう。
「じゃあお姉さんも現地ね。ヴァンさんが作る避難所に連れてってくれるぅ?♡」
「ミオもか……?」
「避難してきた人たちからお話を聞いて状況判断をね。ヴァンさんもできるかもしれないけどぉ、多分女性相手の方が言いやすいこともあるだろうからぁ」
「……なるほどな」
男のヴァンには頼みづらいこともあるだろう。しかもヴァンは最強の魔導師として世界に恐れられている。そもそも会話をすること自体避けられてしまいかねない。ミオならつつがなく避難者からヒアリングして的確にやるべきことを判断し、優先順位を決められる。
最後にキティアが手を伸ばした。
「じゃああたしはミオさんからの連絡を待って物資の買い出しに行きますね。ヴァンさん、避難所が潰れちゃったってことはそこにあった物もダメになっちゃってます?」
「一応掘り起こそうとはしてるが、汚れて使えなくなってるものもあるだろうな」
「ですよね。ヴァンさん女性ものの下着とか生理用品とか分からないでしょうし、あたしが選んで買っときます」
「そ、それは助かる……!」
計算高いキティアなら何がどれくらい必要かをすぐに算出できるはずだ。こちらもヴァンは荷物持ちとして随行し、お買い物は彼女に託すこととしよう。
「俺は家に一人残しつつ、外に出るメンバーには一人ずつ付こう。他の子に伝えたいことがあったら俺に言ってくれ。すぐ連絡する」
ヴァンは魔法で彼女たちの連携をサポートする。危険な現地に向かうメンバーに対しては護衛も必要だ。買い出しに行く妻の移動もテレポートで助ける。
お料理班・ジルーナ、シュリルワ、フラム。
買い出し班・キティア、ヒューネット。
現地班・ミオ、エルリア・ユウノ。
あれよあれよと仕事の割り振りは決まった。早速決行といきたいところだが、ヴァンには一つ心配事があった。
「外に出るメンバーはできるだけ顔を隠してくれ。俺と一緒に行動しているビースティアは俺の妻だと思われる」
普段妻と出かけるときはヴァン側が変装している。魔法を人前で使わずにヴァンだと知られないように注意もしている。隣にいる彼女たちが妻だと思われることはない。
しかし今回ヴァンは人前で魔法を使い倒すことになる。ヴァン・スナキアだと名乗る機会すらあるだろう。そんなヴァンと行動を共にし、仲良さげに会話していれば彼女たちがヴァンの妻であることは明らかだ。せめて顔だけでも見られないようにしなくてはならない。
「もしかしてもう取材のカメラとか来てるぅ?」
「いや、ヘリで空撮されてるだけだ。顔まではわからないし会話を聞かれる心配もない」
「あの雪の中じゃミカデルハまでTV局の人来れないものねぇ……。とりあえず現地の人たちに見られても大丈夫ならいーい?」
ヴァンは首肯する。写真や映像に残らなければ大きな問題はないだろう。現地人にはわざわざ撮影する動機もない。ヴァンが過去に無茶をしたおかげで妻のプライバシーを侵害する行為は世界中で重罪になっている。
「といってもサングラスなんてしたら何かと不便そうだしぃ……。帽子を深めに被ってマスクとかでいいかしらぁ?」
「あ、私すっぴん隠し用の伊達メガネをいくつか持ってますのでお貸ししますよ! なんならギットギトのアイメイクもしましょうか?」
「そ、それは遠慮するわぁ。普段からそうだと思われたくないしぃ。……ユウノちゃんは帽子持ってるぅ?」
「アタシは魔術戦隊・マジュンジャーのマスクがある!」
「い、いいならいいけどぉ……」
現地班三名はそれぞれ対策を考える。ヴァンとしては猫耳が見えなくなるのが悲しくて仕方ないが、今はそんなこと言ってられない。焦らしプレイだと思って我慢しよう。
「ヴァンさん、猫耳見えなくても文句言わないでよぉ?」
「言ってないだろ! お、思ってたけど……!」
ミオに的確に心を読まれてしまった。心の中で謝罪を送ってみると、それも見抜いてくれたらしく頷きを頂いた。
「あたしたち買い出し班も変装しなきゃですね。いちいちテレポートできる場所まで移動してられないですし」
キティアとヒューネットもヴァンの要望に応じた。普段は人気のないところに移動してからテレポートしているが、今日はそんなタイムロスは避けたい。なんなら店の中ですらテレポートで移動したいところだ。
「あとは呼び方だな。俺の名前は構わないが、みんなの名前は人前で呼ばないようにしたい」
「お、コードネーム考えるか! なんかそれってカッコいいぞ!」
ユウノがはしゃぎだした。凝ったアイディアを出してきそうだが、ややこしいと覚えられないし咄嗟に言えない。
「数字でいいんじゃない?♡」
ミオも同じ予感を抱いたようで、別の案をくれた。彼女たちには第○夫人と、嫁いだ順番に応じた肩書きが付いている。シンプルで妥当ではある。が、ヴァンは難色を示す。
「それ好きじゃないんだよな。順番付けてるみたいで」
「ヴァンさんがそう思ってるのは分かってるから大丈夫よぉ。緊急事態なんだから我慢しなさい♡」
「……」
どちらかというと彼女たちこそ我慢することになるのではないか。番号を付けられるという不遇に。ヴァンは納得できず、数字が付いていながら彼女たちに失礼ではない呼び方を勝手に考えることにした。
「じゃっ! 作戦開始だねっ!」
ヒューネットが目を輝かせて号令を放つと、外出メンバーは装備を整えに自室に向かった。
どんなに尽くしても何の見返りもないだろう。スナキア家の特殊な立場を鑑みると歓迎すらされない可能性もある。それでも、スナキア家九名は動き出す。
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