10.逆転の一手

 ***


「ありゃ、シュリとヒューだ」


 スナキア家秘密通路。動く歩道上。


 帰宅したミオとユウノは数十メートル前方にシュリルワとヒューネットの姿を確認した。ユウノが「おーい」と声を張ると二人もこちらに気づいたようだ。歩道を降りたタイミングで立ち止まり、追いつくのを待ってくれた。


「二人もお出かけしてたのねぇ?」


 ミオは尋ねる。すると即座に、


「うんっ!」


 ヒューネットが元気よく答えた。その声はとても晴れ晴れしく、大層機嫌が良いことが伝わってきた。若さゆえすっぴんで過ごしがちな彼女がチークを乗せているのはとっておきのお出かけだった証拠だし、買ったばかりのお洋服と思しき紙袋を大事そうに抱きしめている。


「ヒューたちお買い物に行ってたのっ! あのね、シュリがいろんなこと教えてくれてねっ、一緒に着る服買ってねっ、ご飯もご馳走してくれてねっ、すっごく楽しかったんだよっ!」


 言いたくて言いたくてたまらないといったご様子でヒューネットは今日の思い出を報告する。隣でシュリルワもヒューネットに微笑ましそうな視線を送っている。


 ────ミオは震え上がった。年下で後輩のシュリルワは、立派なお姉さんだった。


「しゅ、シュリってお姉ちゃんだ……!」


 ユウノも震えていた。ヒューネットはまさにユウノが望んでいたような、年上のお姉さんに遊んでもらうお出かけを楽しんでいたのだ。


 シュリルワは得意げに鼻を鳴らす。


「アンタ、何でか知らんけどシュリにだけ『姉』を付けないですよね。舐めてもらっちゃ困るです」

「だって歳あんま変わんないし、アタシよりちっちゃいし……」

「サイズは関係ねえです!」

「あとアタシいっつもシュリに叱られてるから、まさかそんなに優しいとは……」

「別に、怒る理由がなきゃシュリは優しいです」


 この家に来てまだ三ヶ月、しかも生活態度が悪く叱られがちなユウノはまだ気づいていなかった。この家で真に姉御肌なのはミオではなくシュリルワの方だった。元々のチャキチャキした性格に加え、直近の先輩である第二夫人があまり当てにならないという事実が彼女を成長させたのだ。


「二人は何してたのっ?」


 何も知らないヒューネットは無邪気に尋ねる。


「あー……。お姉ちゃんに遊んでもらいたいってことでミオ姉のとこにいったんだけどさ。その、なんというか……」


 ユウノは気まずそうに答えながら、ミオに目線を投げかけた。

 ミオは真っ赤にした顔を手のひらで覆っていた。


「ごめんねユウノちゃん……私本当にダメで……」


 バッティングセンターでは悪い態度で盛り下げた。教えたことと言えば真面目で暗い話。ランチの会計は各自。シュリルワとの対比でミオの失敗はより鮮明になった。


「なかなかの人選ミスしたですね……。ミオは大人ぶってるけど中身は結構クソガキです」

「あ、ヒューもそれたまに思うっ」

「そんなことないもん! お姉さんだもん!」


 ミオはせめてもの抵抗とばかりに主張してみるが、今日ばかりは実態を伴っていない自覚があった。目の前にちゃんとしたサンプルがあるだけにより恥ずかしい。


「ま、まあシュリも相手がユウノだったら奢るのは厳しいです。一体いくらかかるんだか……」

「そうなのよぉシュリちゃん……! 言い出せなかったのぉ……!」


 シュリルワに察されて庇われる始末。


「ま、まあでもさっ! 理由もなくご馳走してもらうなんて悪いしっ!」


 ヒューネットも異変を察知してミオを励まし始めた。しかし、


「理由はあったの! 不甲斐ないからお詫びに払わなきゃってぇ……!」


 ミオはかえってダメージを受けてしまった。ついにしゃがみ込んで丸まってしまう。自分が情けなくて仕方がなかった。せっかく甘えてくれた後輩に、ミオは何もしてあげられなかった。


「ゆ、ユウノ? ミオもいざとなったら頼りになる奴なんです。この地下通路だってミオが立ち回って作ってもらったです」

「ヒュ、ヒューねっ、ミオに助けてもらったから梯子を倒しても怪我しなくて済んだのっ!」


 二人が本腰を入れてミオを持ち上げ始めたので、ミオは逆に惨めになっていった。


「そ、そもそもアタシがバッティングセンターなんつーミオ姉が楽しくない場所に連れてっちまったせいだからな。ごめんなミオ姉」


 ついにユウノまでミオを庇う側に回った。ミオは首をブンブン振りまわし、数分後にこの世が終わるかのように嘆いた。


「でもユウノちゃん、デステニーランドのチケット取ってくれたもん……すっごく嬉しかったもん……」


 趣味が合わないとはいえ、ユウノは最大限のサービスをしてくれたのだ。彼女が謝ることはない。


 ────「デステニーランド」という言葉を聞いて、シュリルワが目を輝かせた。


「ありゃ、いいですね。シュリあそこの絶叫マシン好きです」

「あ、シュリもか?」

「パレードはチャラついてて好きじゃないですけど」

「わ、わかるぜ!」


 なんと、シュリルワとは趣味が合うらしかった。ユウノがお姉さんに遊んでもらいたいのなら、正にシュリルワこそ相応しかった。ミオの完敗である。


「……ユウノちゃん、そのチケットはシュリちゃんと使ってぇ」


 ミオは力なく声を漏らす。自分にあれを受け取る権利はない。


「い、いいのか?」

「うん……。でもお願い。私に挽回のチャンスをちょうだい……!」


 ミオはすっくと立ち上がり、血走った目をユウノに向ける。このままでは終われない。


「で、でも楽しいことが違うのに無理やり合わせてもらうのは申し訳ねぇよ。今回でよく分かった」

「か、考えるからぁ! 二人とも楽しいことを!」


 ミオは懸命に頭を巡らせる。頭脳派お姉さんの腕の見せ所だ。


 ミオはインドア派。できるだけ室内に居たいし身体は動かしたくない。ユウノはアクティブ。じっとしているのは好きじゃない。そんな二人が一緒に楽しめる遊びとは。欲を言えば大人のお姉さんならではの方法で喜ばせてあげたい。


「……! あるわぁ! 室内に居ながら飛び回れる遊びが!」


 ────発見した。ミオは気を取り直して乱れた髪を整え、堂々と宣言する。


「ドライブよ! お姉さん、車の免許持ってるの!♡」

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