9.驚異的な変態
「……エルって、この車何に使ってるの?」
ガレージに来た瞬間からエルリアは変な態度だった。いくら何でも驚きすぎだ。
「な、何と言われましても……。大きいお買い物などですかね……?」
それに、車の掃除をしようと思っていた割には汚したくなさそうな綺麗な服を着ている。確か作業着みたいな服を持っていたはずだ。服の貸し借りをしているシュリルワとヒューネットに倣って、ジルーナも借りたことがある。
「ヴァンに頼んだらいいじゃん」
「こ、個人的な買い物ですから……」
そしてエルリアは率先して車内に入った。
────つまり、中に何かある……?
「何? 個人的な買い物って?」
ジルーナは車内を覗き込んでみる。しかし、エルリアは必死になって窓に上体をベタっとくっつけ、ジルーナの視界を塞いだ。
「な、内緒です!」
真に迫る表情。頬に汗が伝う。だがジルーナには一瞬見えた。後部座席の足元にある、真っ黒な布で覆われた小山。何かが隠されている。
「そう……。この中に隠してるものがそれ?」
「ちちちちちち違います!」
エルリアはめちゃくちゃ吃りながらも即答した。ぴーんと伸ばした尻尾は警戒心の現れか。名探偵・ジルーナは努めて笑顔を作り、できるだけ優しく尋問を始める。
「えっと、エル? 私は他の子のプライバシーに踏み入る気はないよ。でもさ、この車は一応みんなのものなわけだよ」
「は、はい」
「だから、ここに置いたものを他の人にうっかり見られても持ち主は何も文句言えないってことでいいよね?」
「もちろんです! かかか隠してませんけどね⁉︎」
「でね、もしエルが隠し事をしてるとしたら私すっごく嫌な予感がするんだ。ほら、エルって変態だから」
「変態じゃありませんよ! 性欲の蛇口が左右どちらも『出』になってるだけです!」
「そ、それが変態なんじゃない?」
「違うんです! 私は変態じゃありませんし、何も隠したりしてません! まるで<検閲されました>のようにおっ広げです!」
「そっか。……じゃあそこの黒い布めくってくれる?」
「うぅっ……!」
首をふりふり。手はバタバタ。エルリアはこれ以上ないほど狼狽していた。絶対によからぬものを隠している。ジルーナは確信した。
「選びなさい……! 私に無理矢理めくられるか、大人しく自分でめくるか!」
「ジルーナさんは随分とドSなプレイをされるんですね……」
「ジルちゃん……確かに今のはえっちだわぁ……」
「ああもう、うるさい! フラムも余計なこと言わない! いいから見せなさい!」
ジルーナが声を荒げる。同居人として、キャプテンとして見過ごせないブツがそこにあるはずだ。
エルリアは下唇を噛む。ようやく観念したようで、そっと黒い布の端をつまんでするすると引きずった。
────ジルーナの絶叫がガレージをこだました。
姿を表したのは肌色がたくさん観られる大人向け映像のパッケージ(大量)だった。どれもこれも男女比の偏った多人数戦であることが謳われている。
「い、いやぁぁぁ〜……!」
ジルーナは頭を抱えてその場にしゃがみ込んだ。その横でフラムはあらあらと呑気に頬を赤らめる。
「わ、私のコレクションです……」
エルリアは後部座席に正座して首をもたげる。好きな男性がたくさんの女性を侍らせていると興奮するという特殊な性癖が、ここに発露していた。
「め、めちゃくちゃプライバシーだったよ……見てごめん……」
あまりのことにジルーナが逆に謝ってしまった。赤裸々過ぎる。というか、気まず過ぎる。しかし当のエルリアは不思議なことに恥ずかしそうな様子をまるで見せない。
「い、いえ。見られること自体は別に。資料としてお貸ししたいくらいですし。まずはこの「<検閲されました>」がおすすめです」
「借りないよ! 引っ込めてそれ!」
エルリアは残念そうにそうですかと呟いて、露出度の高すぎる方々がとても楽しそうにしておられるパッケージを片付けた。
「何でここに隠すの……! 私物、特にこういう私物は自分の部屋に置いときなさい!」
「そ、それがですね……。ヴァンさんって掃除が結構お好きじゃないですか? それにやるとなったら分身して隅々までされますし……。となるとお部屋の中に隠せる場所がありませんで……。あ、ちょっとはあるんですけどそこはもうギッチギチでして」
「ギッチギチ……!」
ジルーナは声を振るわせた。車の中にも大量にあるというのに。
「別に恥ずかしくないなら堂々と置くっていうのはないの……?」
「性的なものであることは私は気にしないのですが……、流石にヴァン様がお仕事のために買われた国際政治の本などと並べるのは気が引けます」
「うん、やめてあげてほしい……!」
確かに「スナキア家と政府の狭間」と「隣人を愛せる者へ」の間にこれを置かれたらヴァンは膝から崩れ落ちるだろう。
「でもだからって車に隠すことないでしょ⁉︎ 一応共有のものなんだよ⁉︎ 」
「わ、私以外誰も使ってらっしゃらないので! 半年間指紋まで調べて確認したところ誰も車内に入っていないようでしたからいいかなと……」
エルリアなりに全力で気は遣っていたらしかった。半年どころか年単位でこの車は他の妻にとって記憶の彼方にあったのだ。事実上エルリアの個人所有と言ってもいい状況だった。
「にしたってせめてトランクに入れるとか……」
「トランクもギッチギチです」
「ヒィっ!」
ジルーナの背筋に悪寒が伝う。一体どれだけ所持しているというのか。ジルーナはとぼとぼとフラムに歩み寄って胸に飛び込んだ。
「もう……助けてママ……」
「あら、よしよし」
フラムはジルーナをぎゅっと抱きしめた。回した手で肩をぽんぽんと叩く。ジルーナはそのまま深呼吸し、気を取り直して腕の中から離れた。ついでにフラムにジトっとした視線を送る。
「なんでフラムは平気そうなのさ……!」
「フフ、大人だからぁ」
フラムは赤らめた両頬に手のひらを添える。あまり動揺はしていないらしかった。
「でもねぇ、エルちゃん。わたしねぇ、これって人としてどうかと思うの」
「うっ! おっしゃる通りで……!」
エルリアは咄嗟に胸を押さえる。ズドンと貫かれた。
「わたしとジルちゃんは一旦お家に戻るから、その間に片付けておいてもらえるかな?」
「は、はい……」
「あ、でも終わったら一緒に洗車の続きをやろうねぇ?」
フラムはバイバイと手を振って、ジルーナの手を取ってガレージの出口に向かった。ジルーナの足元はヨロヨロだった。
────二人が退出し、閉められたドアをエルリアが見つめる。
片付けるといっても果たしてどうしたものか。自室にはもうスペースがない。部屋に運ぶだけで何往復もしなければいけないほどの量なのだ。隠すなんてとても無理だ。
「……工事しないといけませんね」
エルリアは「花嫁修行・その3488」で身につけた床の張り替え技術に思い至る。まずは部屋に戻り、フローリングを引っぺがして秘密の収納スペースを作るしかない。かなり時間を要しそうだが、夫の帰宅までに終わらせなければ……!
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