5.お出かけ組の来店

 ***


 ────ヴァンとシュリルワのデートは続く。


「フラム、ついてけばいいです。電話は歩きながらでもできるです。……え? そ、そんなに驚かれても……」


 携帯電話は携帯が可能という事実に驚かれ、シュリルワ側も驚いていた。


「頼んでおいたもの買っといてくれたです? すまんです、昨日うっかり買い忘れて……。あ、ありがとです! ……ドアノブにかけといて大丈夫です。うん、バイバイです〜」


 シュリルワは通話を切断し、携帯を小さなカバンにしまった。隣を歩くヴァンに告げる。


「すまんです、終わったです」

「何の用だったんだ?」

「買い物お願いしてたです」


 ヴァンが「何を?」と問う前に、シュリルワはヴァンの指に自分の指を絡めた。ヴァンの顔を覗き込むように見上げて、屈託のない笑顔を見せる。


「この話はおしまいです。今日のアンタはシュリだけのものなんですし」


 シュリルワが繋いだ手をブンブンと大きく振るので、ヴァンは遠慮なしににやけた。今日の彼女はすこぶるご機嫌だ。


 ヴァンはにこやかに前だけを向いているシュリルワの横顔を見下ろして、改めて妻の可愛さに衝撃を受けていた。このままでは膝が笑って崩れ落ちそうだ。身長差三十センチ以上あるので、むしろ小さなご尊顔に近づけてハッピーかもしれない。


 いや、しかし、少し上から眺めるのが至高だ。なんせ猫耳がよく見える。シュリルワの猫耳は先っぽがとんがっていて、ツンツンした性格にふさわしい。さらに尻尾。尻尾だ。できれば手ではなく尻尾を握らせて欲しいのだが、刺激に敏感な部分らしいので歓迎されない。


「そんなジロジロ見んなです。サングラスしててもバレバレです」

「む……もっと透けないのを買わないとだな」

「……ばーか」


 ヴァンは変装して顔を隠している。それでも自国民にはバレてしまいそうなので、デートは基本的に海外だ。本当は妻も変装するのがより安全策なのだが、せっかく着飾ってくれるのを邪魔したくない。そもそも、妻たちは海外にいれば安全だ。


 石畳の古風な街道を歩む。現在この国は夜である。開けた場所に来ると夜景が視界に飛び込んでくる。


「あ、ヴァン。あっち綺麗です……」


 シュリルワは片手で街並みを指差し、もう片方の手でヴァンの掌をぎゅっと握った。小さくて、暖かくて、このまま離したくないとヴァンは思う。


「あの高い建物は何です? 変な形です」

「確か……この国一番の電波塔だった気がする」

「ほー。……あれ? シュリあの塔見たことあるです?」

「ないと思うぞ。この国に来たのは初めてだ。あ、三年前の六月のデートで行ったシリナチアにも似たような塔があったからそれかもな」

「よ、よく覚えてるですね……」


 ヴァンは過去のデートでどこに赴き何を見たかをキんモいくらい覚えていた。しかし、これにはキモさ以外にも事情がある。


 ヴァンがこなすデート数は膨大だ。うっかりしていると記憶が混ざり合い、誰とどこに行ったのかが曖昧になってしまいかねない。もし「この前行ったあそこが〜」と違う子と行ったデートの話をしてしまった日には、ヴァンは死ななくてはならない。ヴァンは過去のデートを全て記録し、復習を欠かさない。


「お店この辺です?」

「ああ、もう少し歩いたとこだ」


 次は少し遅めのランチをとる。店に直接テレポートするのは味気ないので、軽く散歩しながら向かっている。ヴァンは地図を見るでもなく、つつがなく道を案内した。


「……アンタ、また下見しに行ったです?」

「もちろんだ。食事中はマスク取るし、貸切にできるか、もしくは完全な個室があるかどうか、しっかり確認しないとな。それに、君を連れて行く店がハズレじゃ困る」

「もう……別にいいって言ってるですのに……。ありがとです」


 シュリルワはこてっと首を傾げてヴァンに身体を預けた。ヴァンの全身が痺れる。その感触と言葉を頂けただけで全ての努力が報われた。ついでに肩の凝りや眼精疲労も解消した気がする。余波でどこかの国の貿易摩擦なんかも解決した可能性がある。


「いつも窮屈でごめんな」

「別に……構わんです。一緒にお出かけできるだけで充分です」

「ああもう、許されるなら『可愛い』と叫んで回りたい……!」

「ゆ、許さんですそんな奇行……」


 一応気をつけてはみるつもりだが、これ以上何かあれば脊髄反射でうっかり叫んでしまう可能性が高いので許していただきたい。


「何のお店なんです?」

「この国の、リーダルハイム料理の専門店だ。前行ったヴァスカル料理の店を気に入ってただろ? その二つはルーツが同じらしい。こっちも好きかもしれないと思ってな」

「えへへ、楽しみです」


 ヴァンは店選びに非常に気を遣っていた。防犯上の諸条件だけではない。それぞれの食の好みに合わせるのは当然。デート向きの雰囲気かどうかも重要だ。妻を喜ばせるためなら一切の妥協をしない。


 その上、ヴァンは過去に誰かと行った店に他の妻を連れて行くことはない。せっかくのデートスポットが誰かのお下がりであってはならないのだ。一人一人に対してせめてできるだけ誠実に、平等に。一夫多妻という理不尽を受け入れさせてしまっている者として、それが最低限の礼儀だった。


 分身可能で世界中が選択肢に入るヴァンにとっても、ランチとディナーで月十六軒リストアップするというのはなかなか骨が折れる。とはいえ、可愛い妻と遊びに行ける休日がヴァンの生きる糧だ。


 大変と思うことはあっても辛いと思ったことはない。心置きなく過ごせるように仕事は分身してでも絶対に平日中に終わらせている。そんな生活をしているうちに、今日できることは今日やるというモットーが培われていった。そのモットーのせいで時々「明日にしようよ」と怒られているのは解せない。


「ここだ」


 赤レンガ造の小洒落た外観の建物にたどり着く。入り口のドアには現地の言葉とウィルクトリア語で『本日貸切』と書かれた看板がぶら下げてあった。


 ヴァンは扉を開ける前にシュリルワに告げる。


「た、多分いつもの感じになるから……、頑張ろうな」

「で、ですね」


 二人は意思を確認し合った。────スナキア家夫妻という特異的な立場のせいで、お食事はいつも異様な光景になるのだ。

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