第10話
自分とゆう存在はこの世にたった一人だけ。
自分を愛する事ができればきっと全てを受け入れ
これが自分だ、こうじゃなきゃ自分じゃない。
そう思えるのだろう。
でも人はそんな簡単な生き物ではない。
みんな違ってみんな良い。十人十色。
そんな言葉もあるけど、そう思おうとしても不安になる。
みんなと違うと浮いて見えるかもしれない、
だったらみんなに合わせよう。
だって無難に一番簡単にその場の雰囲気に溶け込めるから。
みんなと違うことが不安要素になり本来の自分を押し殺して生きてる人が
この世界には一体どれだけいるのだろう…。
そんなことを考える私もまた、自分の色を出す事に怯えている一人である。
結城先生は言った。
「病気が治って人格が消えたら、元の自分として生きていけますか?
そして自分自身を愛せますか?」
自分を愛する事ができなかった結果が今の自分。
他の人格が消えたとして、今まで経験したことをやり遂げられるのだろうか。
自信はなかった。
でもやってみたいと思った。
また一から私の人生をスタートさせたいって。
キラキラした時間じゃなくて、ごく普通な人並みの時間を過ごしたい。
私は結城先生の目を見て、力強く首を縦に振った。
「愛せるように努力したいです。誰かからではなく、まずは自分を愛せるように。」
私の気持ちが届いたのか、結城先生は微笑みながら頷き
まだ公にはされていないとゆう新しい治療法の存在を教えてくれた。
「新たな治療法…プログラムってなんですか?」
「僕がずっと研究を重ねてきた即効性のある治療法です。脳に直接電気を流し、得た脳波信号を使って頭の中を映像化、そして人格を一つずつ操作し強制的に消去していきます。
まぁ電気といっても微弱で人体には全く影響はありません。
ただ、この治療を行うには2、3日入院してもらい、事前に全ての人格の詳細を知っておく必要があるんです。
その得た情報を使って一人ずつプログラミングして、そしてやっと治療が開始できる。
未来を信じることが出来ている望月さんには、受ける価値があると僕は思います。
でも答えを出すのは望月さんです。ゆっくり考えてください。」
そんな事ゆっくり考える必要は私にはない。
自分の中から他の人格が消えてくれれば、もう一度やり直せるかもしれないから。
願ったり叶ったりなこの話を、受ける以外の選択は私の中にはなかった。
「その治療、受けたいです。一日も早く。是非受けさせて下さい。
私やっぱり、もう一度ちゃんと人生をやり直したいです。
一から全部、今度こそ自分の手で幸せを掴みたいんです。
私の中から人格が消えれば叶うかもしれない。
正直人格に助けられた部分は大きくて、でも弱くてダメな自分も否定せず受け入れて
しっかりと向き合っていきたいんです。」
「今の望月さんは決して弱い人間ではないですよ。自分の思ってる事をしっかりと伝えてくれています。
自分のことを信じて自分自身の力で生きていこうって決心出来てる。
これからは自分の足で歩いていく事ができそうですね。
早速ですが、部屋は空いてますし望月さんさえ良ければ今日から…」
私は結城先生の言葉を待たず
「お願いします。」と伝えた。
飛びつくように決めた治療に入院。
でもこの先の未来が明るく照らされるのならと迷いはなかった。
もちろん疑うことも。
病棟へ案内しますと歩き出し、目の前には長い一本の廊下。
ひたすら歩き厳重なロックがされた扉を開くと、
外から病院を見た時に感じた嫌な雰囲気に似た空気が漂っていた。
廊下を歩いていた時には聞こえなかった、うめき声や叫び声が一気に広がった。
「すみません、驚きますよね。
ここは重度の精神疾患で入院している患者さんの病棟になります。
皆さん自分が誰なのかもどこにいるのかも分かってなくて、コントロールが全く出来ていない状態なんです。
普通の人が感じる空腹感や痛み、嬉しい楽しい寂しい悲しい、そういった感情はなく何にも感じずにずっと何かに怯える毎日です。
うちは他の病院では手に負えないと判断された人たちが来るんです。
ご家族も最初こそ心配してる素振りを見せるけど、最後には肩の荷が降りたってスッキリした顔で帰っていくんです。
お見舞いにも一度も来ない人がほとんどで、いわゆる見捨てられた人たちなんです。
ここにいるのは。
まぁ当の本人たちはそんなことにすら気づいてないですけど……」
「私もこうなるんですか…このままほっとくと…。」
「解離性同一性障害の場合、基本的な日常生活は普通に送れる人がほとんどです。
ただ望月さんのように厄介な人格が生まれる場合もごく稀にあります。
でも、人格を消して心のケアをすれば必ず良くなりますから安心して下さい」
重症患者がいる病棟を端まで歩き、指紋認証のロックを解除し扉を開け階段で上の階へと進んだ。
シーンとした空間には私たちの足音だけが響いている。
普段運動をしていない私は3階に着く頃には息は乱れ、足は鉛のように重かった。
でもそんな事を一瞬で忘れさせてくれるような光景にきっと私の目は輝いていたはず。
そう、私がこれから過ごす部屋だと案内されたのは、ホテルのように綺麗な部屋だった。
病院だなんて言われなきゃ気付かれないレベルに…
部屋には大きなベッド、ピシッと敷かれた真っ白なシーツ、トイレにお風呂、そしてテレビ。
入院とゆうよりは旅行に来たような感覚だ。
ただ一つ、監視用のカメラさえなければ。
ここでのスケジュールは決まっておらず自由。
食事は3食、2階にある食堂か部屋で食べる。
カウンセリングは毎日一回は必ず行われる。
意外と制限のない入院に治療の一環だとゆうことを忘れそうになった。
そして、一通り説明をしてくれた結城先生はまた来るねと言い部屋を出て行った。
時刻は16時30分、すでに空腹感を感じていた私は真っ先に夕食の時間を確認した。
夕食は17時から19時。
あと30分が凄く長く感じる。
でもさっき先生が言っていた空腹感を感じなくなるとか、そんな話を思い出して空腹感を感じている事に安心している自分がいた。
人と比べて幸せを感じるなんて最低だと思う事もなく。
今はただ普通とゆう事が嬉しくて。
1階から直接3階まで来た私は2階の様子が全く分からない。
分かっているのは2階には食堂と、軽度の精神疾患の患者が入院しているとゆう事だけ。
少し早いが探索も兼ねて早めに部屋を出る事にした。
部屋を出て階段で2階へ降り、扉を開ける。
新学期になり新しいクラスに入るときのように、少し緊張した。
でもそこは普通の病棟のように患者や看護師さんが歩いていて、同じ病院内なのかと驚くほど1階とは雰囲気が違っていた。
私は新入り感を出さないように、最初からここにいたかのように堂々と歩いた。
疑問に思った人もいたと思う。
あれこんな人いたっけ?
って声が聞こえてきそうなくらい不思議な顔で見られた瞬間もあった気がしたから。
でも気づかないふりをして奥まで進み、やっと食堂にたどり着いた。
良い匂いは扉を開けた時からしていたけど、無我夢中に歩いたせいか忘れてしまっていた。
だからさっき振りの良い匂い。
広い食堂には沢山のイスとテーブル。
そしてズラリと並ぶご飯におかず、それにデザートまで。
食堂で食べる人用の食器、部屋で食べたい人用の容器も準備されていた。
幸せな光景に目を奪われている私の後ろから、他の患者さんが一斉にやってきた。
慣れた手つきでお皿に次々と料理が並べられていく。
バランスよく取っていく人、自分の好きな物をひたすら盛る人。
沢山の料理を前に悩んでいる人。
私も、その雰囲気に溶け込むように列に並び、美味しそうな物を全てお皿に並べた。
もちろん彩りも考えて。
誰にあげるわけでもないけど、何となく、キレイに盛り付けた。
完全なる自己満。
デザートまでしっかり取った私は空いている窓際の席へ座った。
素敵な景色が広がっているわけではない。
ただ、目の前にある緑が心地よくて仕方なかった。
「いただきます」 と言い食べようとした時
「きれ〜い!お店みたい!!」
後ろから聞こえてきた大きな声にビックリした私はお箸を落としてしまった。
そして後ろを振り向くと一人の女性が、私が落としたお箸を拾ってくれていた。
「ごめん。ビックリさせちゃったね。お箸取り替えてくる。」
返事をする隙もなく彼女は行ってしまった。
テーブルに偏りに偏った料理を置いて。
笑顔で「ごめんね」と言い戻ってきた彼女は私に箸を渡すと、迷う事なく隣へ座り間髪入れずに喋り出した。
「お店のみたいだよね。お皿にきれ〜いに盛られてたから思わず声が出ちゃった。驚かすつもりは全くなかったの、ほんとに。見てよ、私の。対照的で彩りの い の字もないよね。好きなもの、今日の気分全部詰め込みましたスペシャル!
…ごめん、私ちょっと喋りすぎ?」
「…あ、いえ。食べたいもの食べないと…!」
高すぎるテンションに圧倒され言葉が詰まる中、少しだけ微笑み頑張った。
「だよね〜!ってゆうか、新入りさん?さっき廊下で見ない顔だな〜って思ってたの。話してみたいな〜って」
「今日から3日間だけ検査のための入院で…その3階の特別室にいます」
「特別室!?何それ、聞いた事ない。そんな部屋があったんだ。
そこで何の検査をするの?」
「私、解離性同一性障害で私の中にある人格の詳細を調べる為だって聞いてます。」
「そっか。でも3日だけなんてもったいない。ここのご飯本当に美味しいから!食べよ」
彼女は喋るだけ喋って、ご飯を食べ始めた。
楽しそうに話して美味しそうにご飯を食べる彼女は、病気なのか分からない程私の目には普通の女性に映った。
ご飯を食べながらそして食べ終わってからも私たちは話し続けた。
最初こそ勢いに圧倒されペースが掴めなかったけど、話せば話すほど心が軽くなっていくのを感じた。
自己紹介をしていなかった事に暫くして気づいた私達は名前と年齢を伝え合った。
そういえば名前知らなかったね。と笑い、
まさかの同い年。と驚いた。
そして高校生の時のような感覚に戻り懐かしく思えた。
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