第9話


 1回目のカウンセリングから1週間経が経ち、また病院へ向かう。


 カウンセリングといっても今までのことを話しただけ。

 それでも私の心には必要な事だったらしく、

 この1週間は調子が良く人間らしい生活が出来ていた。


 だから今日、この日も朝の目覚めは良く

 朝ご飯も作り、化粧もいつもより入念に。

 まるで恋人とのデートかのように心躍らせている自分がいる。


 駅までの道のりも軽快に。

 そして電車では病院でかかっていたクラシックを聴いて心を落ち着かせる。


 バスを降りて、あの長い道を通る。

 緑、空気、雰囲気、全てが心地よくて

 ずっとここにいたいと思ってしまうほど。

 立ち止まっては空を見上げ、過去を思い出す。


 どうしてこんな事になったんだろう…。

 考えても答えなんて出るはずもないのに、

 繰り返される自問自答にうんざりだった。


 だからやっと見つけた希望の光に飛びついた。

 これを逃すと私は変われない気がして。


 照らされる方へ進むと見えてきたのは、

 やっぱり感じる不気味な雰囲気。

 ガラリと変わる世界に、大きく息を吐き歩き出す。


 中へ入ると感じる安心感。

 受付を済ませ、案内された部屋に入ると

 爽やかな笑顔で結城先生が待っていた。


 そして2回目のカウンセリングが始まる。



 「今日はいくつか質問をするので、それにゆっくりでいいから答えてください。

 まず自分の中に別の人格がいると思ったのはいつ頃ですか?」



 「…違和感を感じたのは中学生の時です。

 小学校の卒業と同時に母親の再婚で引っ越して

 中学校へ入学しても、もちろん知ってる人もいなくて周りに馴染めずどんどん孤立していきました。


 そして私は虐められるようになりました。

 何をされても何を言われても言い返すことも出来なくて

 ただその時間が過ぎるのをじっと待つ事しかできない弱い自分が嫌いだった。


 でもある日、気付いたら私は虐めてた人を引っ叩いて突き飛ばして、髪を鷲掴みにしてて…

 どうしてこうなったのかも覚えてないし、自分のした事が信じられなくて。

 自分の中にもう一人知らない自分がいるみたいで怖くなりました。


 そしてあの日を境に同じような事がたまにあって、直接的な虐めは無くなりました。

 でも暴力女とか悪魔とか言われて事実では無い噂も広まって、結局卒業するまで友達もできずに孤独でした。


 高校は電車で30分かかる遠い所をあえて選んで、私の事を知る人のいない所へ行きました。

 親友と呼べる友達もできて毎日一緒にいました。

 学校が終わってもカフェで勉強したり、夜まで時間を気にせず遊んだり今までとは違う毎日が楽しくて幸せで。

 その頃には暴力的な部分は見えなくなっていて、私は普通に戻ったと思ってました。


 しばらくして親友に彼氏ができたんです。

 運動神経抜群で人気者で教師を目指してて、

 どこをとっても勝ち目のない人で、

 私は親友を取られた気持ちになった。


 そんな時言われたんです。親友に。

 たまに雰囲気変わるよねって。

 男子と話してる気分になる時があるって。


 変えてるつもりもないし、

 変わってる事も分からないし、どうゆう事だろうって

 言葉の意味を理解するのに時間がかかりました。

 ってゆうか理解できませんでした。


 でもある日テレビを見てたら、私と似たような症状の人がいたんです。

 その人は 解離性同一性障害 と診断を受けた人で

 心の病は他人には理解されにくくて困ってる、多くの人が自分の今のありのままの姿を見て理解してくれることを望んでるって話してました。


 私はそれを見た時に、もしかしたら自分もこの人と一緒なのかもしれないってそう思いました。

 だからネットで沢山調べました。

 どの記事を見ても当てはまる事が多くて、絶望的で怖くなりました。


 病院に行って 解離性同一性障害 だと診断された時、

 自分は病気なんだって思うと心は少し軽くもなったけど

 簡単に受け入れることも出来なくて、

 誰にも相談できなくて、死にたいと思いました。


 普通じゃない私は必要ないって。

 どうしてどうしてどうしてって。

 苦しかった。

 助けて欲しかった。


 楽になりたいと思った。

 だから歩道橋から飛び降りようとしたんです。

 足をかけて、飛び越えようと。


 でも気付いた時には私は自分の家の前にいて、どうやって帰ってきたのか記憶もなくて。

 私は、私の中にいる別人格があの瞬間に入れ替わって私を生かしたんだと思いました。

 それからもこの病気を受け入れるのは無理だったけど向き合う事にしたんです。」




 どうして話したくなるのだろう。

 ペラペラとロボットのように勝手に動く口に音を乗せるように。

 そして気付かぬ間に流れる涙と共に、少しだけ心が軽くなった気がした。


 

 「望月さんは今の自分は好きですか?」



 「…好きなわけがありません。

 病気に左右される人生はもう、うんざりなんです。

 この病気だから得られたものもきっとあるんだと思うけど、この病気は私から全てを奪いました。

 私の人生の半分は私のものではなくて、違う人格が作り上げた人生です。

 キラキラした愛される人気者になりたかった。

 地味で弱くて虐められてた自分は嫌いだし、でもこんな病気になるくらいなら地味でも虐められててもいいから私のまま生きたかった」



 「少なくともこの病気じゃなかったら、今よりは幸せになれてたと思いますか?」



 核心をつく質問に返す言葉が見つからない。



 「僕はこの病気をずっと研究してきて、沢山の患者さんに会いました。

 全てが全員に当てはまるかと言われたら、それはもちろん違いますけど

 ほとんどの人格はその人を守るために生まれた物です。

 その人の防衛本能が働いて、自分を守るために

 その時に必要な要素の人格を作り上げる。

 

 でもその人格の我が強く出て、全てを支配しようとする時

 人は心のバランスを失い、いわゆる乗っ取りみたいな感覚になります。

 そうなると制御不能となり自分自身を見失う事になって様々な物を失います。


 そして、そうした人がここへ駆け込んでくる。


 人格を操作する事ができれば、不要な人格は消去して

 必要なものだけ残す事が可能になると思いませんか?」


 


 とても生き生きとして話す先生の目は真剣だった。

 人格の操作、不要な人格の消去

 そんなものがあるなら今すぐお願いしたい。

 私の中の私以外の人格は必要ない。

 私は私として。

 たった一人の望月さくらとして生きたい。

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