第2話


 ドラマや映画の世界だと殺人事件がよく起きているが、実際は殺人なんて滅多になく暴行や傷害事件が一般的だ。


 通報があってから現場へ駆けつけ、事件の内容や被害がどれほどなのか一通り調べて署に戻り捜査報告書の作成をする。


 これが僕たちの日常。

 滅多にない殺人事件の発生に捜査員の目の色が変わる。

 


 遺体発見現場はさっきまでいた彼女の家の近く、若い女性の変死体が見つかった。

 遺体には着衣はなく、目鼻口それぞれが糸で縫われた状態。

 直接的な死の原因は左胸を刺された事による出血性ショックだと分かった。


 とても残虐で人間がしたとは思えない程に酷く、見ているのも辛いほどだった。

 


 警察は主に二人で動くことになっている。

 一緒に動くのは2年後輩の須藤だ。


 須藤は、僕とは正反対の性格だと言えるだろう。

 血の気が多く、頭で考えるよりも先に体が動く肉体派の熱血刑事だ。

 反対に僕は一度頭で考え整理し動く冷静なタイプと言えるだろう。

 どちらが良いとかではなく、お互いに足りない部分は補える良い関係性だ。

 

 僕たちは足早に車に乗り込み周辺の聞き込みへと回った。


 現場は閑静な住宅街の一角にある公園だ。

 ランニングや犬の散歩を楽しんでいる人も多く、堂々と殺害ができるような場所とは思えない。


 周辺に住む住人や通行人に、怪しい人物を見かけなかったかと聞いて回るが有力な手掛かりは見つからない。

 それどころか、地元の人は皆口を揃えて言う

 「事件なんか起こらない平穏な安全な町だったんです」と。


 平穏な町に起きた残虐な事件の発生が、住人を恐怖の底へと突き落とした。

 一刻も早く犯人を捕まえ、元の安全に暮らせる町へと戻さなければと強い使命感に駆られた。

 

 

 事件発生から二日

 この日は被害者の周辺への聞き込みだ。


 

 被害者A 横浜市内の大学へ通う佐伯亜美22歳。

 飲食店でアルバイトをしている。

 友人が明かしてくれた被害者は、明るくて人気も高く大手の会社への内定も決まり、誰が見ても順調な人生だと言える。


 そんな彼女が一体なぜ…。

 話を聞けば聞くほどあんな酷い殺され方をする理由が分からなかった。



 誰かに恨みをかうような人でもなく、男女関係に問題があったわけでもなかった事から、通り魔またストーカーの線に絞り捜査を続ける事にした。


 おかしな点も不可解な行動もなく、犯人の目撃情報もないまま1週間が過ぎた頃、二人目の犠牲者となる遺体が小学校のグラウンドで発見された。


 その遺体はまた、糸で縫われ裸の状態で見つかった。

 1件目と同様の手口だった事から、連続殺人事件へと切り替え捜査は続けられた。


 

 被害者B 横浜市内にある小学校に勤める広川拓也、26歳。

 生徒からの人気も高く真面目な先生。

 中学高校とサッカーをしていて友達も多く、いつも輪の中心にいて自然と人が集まってくる太陽のような人だったと友人は話してくれた。

 もちろん被害者二人に面識はなく、共通の知人、趣味などは見つからなかった。



 謎が謎を生み何も手がかりが見つからない。

 完全犯罪などあるはずがない。

 時間の要する犯行手口なはずなのに、

 目撃証言一つ得られないまま捜査は難航した。



 見落としがあったかも知れない、そう思い再度聞き込みへ行った。

 何でもいい些細なことでもいい、関係ないと思った事が後々関係してくる事もあるかも知れないと。



 そして一つの光が見えた。

 被害者Bの友人、新田さんから有力な証言が得られたのだ。



 「関係あるか分からないですけど。最近いい感じの人と出会ったって言ってました。毎日連絡をとってて何回か遊んだって言ってたんです。年上だって言ってました何歳かは聞いてないですけど…」

 

 「どうして、その人が気になるんですか?」

 

 「いい感じにお酒も入って気分が良くなったのか拓也言ってたんですよ。凄く可愛くて守りたくなるんだって、でもたまに目の奥が笑ってなくて怖い時がある。会うたびに何となく雰囲気が違うような気がするって。その時はあんまり深く考えてなかったし、気のせいだろって言ったんですけど。もしかしたら気のせいなんかじゃなくて、その女は化けの皮被った殺人鬼だったのかも」

 

 「その女性の詳しい特徴とか分かる範囲で教えてもらえますか?」

 

 そういうと、新田さんは写真を見た事も会った事もないから分からないと答えた。

 ただ一つ、その女と出会った場所がカフェであった事を教えてくれた。


 僕たちは二人が出会ったとされるカフェへと急いだ。

 店の名前を聞いた時には気づかなかったが、そこは僕も何度か行った事のあるカフェだった。

 懐かしい気持ちを抑え防犯カメラの確認をする。

 

 しかし2週間以上経っていたこともあり、データは残っておらず確認はできなかった。

 

 

 カフェを後にし、お昼を食べていない僕たちは近くの定食屋に入った。

 注文を済ませ目の前に並ぶ料理を無言のまま食べ進めていると、テレビから聞こえてきたのはこの事件について意見する声だ。


 今回の惨虐的な犯行手口、そしてそれが連続殺人事件である事から連日テレビではこの話題が多く取り上げられていた。

 予想する犯人像や犯人の心理状況、不確かな情報が一人歩きする。

 そして警察の対応についても厳しい意見が飛び交っていた。


 美味しいはずのご飯も不味く感じ早く食べてここを出ようとした時、一言も口を開かなかった須藤が話しだした。

 ご飯を頬に詰め込んだまま、勢いよく。

 


 「なんか腹立ちますよね。犯人を許せないのは皆一緒だし、一刻も早く捕まえたいってこっちは必死に動き回ってるのに、現場の事なにも知らない部外者がテレビでペラペラと有る事無い事」

 冷静に話してるつもりだろうが、目から怒りが伝わってくる。


 「何も知らないから言えるんだろう、現場の大変さを知ってる奴は軽い発言なんかしないからな。言いたい奴には言わせとけばいいんだよ。何もできない外野は吠えるだけ吠えてればいい。犯人を捕まえられるのは俺たちだけだ。よし、そろそろ出るか」

 自分の気持ちをできるだけ抑えたつもりでも、怒りは滲み出てしまう。


 店を出て捜査の続きを終えた僕たちは署へ戻った。

 

 しばらくたつと捜査会議が行われ、被害者Aがスポーツジムの中にあるプールへと通っていた事が知人の証言から分かった。


 またそこで親しくしていた女性がいたことも。

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