フェイスパレット
鶴咲るな
第1話
「さぁ始めよう」
「ピーーピーーピーー」
遠くから聞こえてくる音で目が覚めた。
またいつもと同じ一日が始まる。
大きな変化がありすぎると逃げ出したくもなるが、少しの変化ならと求めてしまうのが人間なのかもしれない。
毎日同じ時間に起き準備をする。
朝一のシャワーで無理やり目を覚まさせ、適当に手に出した整髪剤で整える。
今時の流行りなど完全に無視した普通の髪型に着る者を選ばない無難なスーツを身にまとい、エネルギー補給の為だけに家にある物を胃に流し、玄関に一足だけ置いてある靴を履き家を出る。
いつもと変わらぬスタイルに無駄な動きは一切無い。
30代になり早4年、健康管理の一環で始めた自転車での通勤は、汗ばむ辛い夏が過ぎ風の心地良い季節へと移り変わり朝からとても気分が良い。
いつもと変わらない道を通り、見慣れた風景を背に職場へ向かう。
神奈川県の捜査一課で警察官として働く僕、
結城航介は日々沢山の問題とぶつかり向き合い解決し、仕事を終え自宅に戻る。
ふと上を見上げると明るく光のついた部屋。
玄関を開けると「おかえり」と笑顔で出迎えてくれる彼女、そして食卓に並ぶ温かい出来立てのご飯。
なんて日がいつかは来るのだろうか。
そんな事を考えながら今日もまた暗い部屋に自ら明かりをつける。
一人きりの静かな部屋にはお湯の沸く音だけが鳴り響く。
買い溜めしてあるカップラーメンは種類豊富で、その日の気分で決めるのが唯一の楽しみだ。
もちろんそれだけではなく時間がある時は自炊もする。
お洒落で凝った物は作れないが、切って焼いて美味しく食べられれば問題はないザ男飯。
こんな日常に退屈さを感じ始めた頃、仕事終わりふと立ち寄った書店には薄いピンク色のオーラをまとった一際目を惹く女性がいた。
人生で初めての一目惚れ、感じたことのない衝撃が身体中を走る。
特に買う必要のない雑誌を手に取り、彼女がいるレジへと並ぶ。
目を見ながら時折微笑む彼女の事を好きになるのに、時間などかかるはずもなく気づくと毎日彼女のいる書店へと向かっている自分がいた。
僕たちは目が合うと会釈をし、タイミングが合えば一言、二言と話をするようになった。
あれから2週間、僕の姿はお洒落なカフェにある。
目の前にはコーヒー、そして隣には憧れの彼女。
もちろんデートに誘う勇気など僕にはない。
買い物帰りに立ち寄ったカフェには一人レジに並ぶ彼女がいた。
咄嗟に声をかけた僕は今、夢のような瞬間を過ごしている。
いつもなら砂糖とミルクを入れた甘いコーヒーは、カッコつけたブラックだ。
これが男の性なのだろう。
幸い緊張からか味など全く感じない。
憧れの彼女の名前が望月さくらさんである事、歳は僕の6歳下の28歳である事など普段聞くことのできない話や他愛のない話まで、気がつくと熱々のコーヒーは冷めカップには水滴がついていた。
別れ際に連絡先を交換し、何気ない1日から特別な1日へと変わった。
この日から連絡を取り合うようになった僕たちは、休みが合えばどこかに出かけ少しずつ仲を深めた。
一緒にいる時間はとても楽しく、あっとゆうまに過ぎる。
彼女の事を知れば知るほど好きになる自分がいた。
僕たちの関係が恋人へと変わったのは、出会って半年ほど過ぎ桜の花が綺麗に顔を出す春頃だった。
告白の瞬間を思い出すだけで笑いが出るほど緊張したのを今でも鮮明に覚えている。
意を決し想いを伝えようとするも、中々切り出せずコーヒーだけが凄い速さで減っていく。
そして水分を取り過ぎた僕は当然尿意に襲われる。
それでも終始笑顔で隣にいてくれた彼女に気持ちを伝えると、
「私も同じ気持ちです。宜しくお願いします。」と答えてくれた。
そして続けて「今日一日ソワソワしてて面白かった」と、僕のダメな部分さえも楽しんでくれていた彼女の事が愛おしく思えて仕方なかった。
恋人になったからといって生活が一変するわけでもなく、いつもと変わらない日常がやってくる。
ただ、生活の一部に彼女との時間が増えただけ。
そして、このときの僕はまだ知らなかった。
何の変化もない当たり前の生活こそが何よりも幸せなんだとゆうことを。
彼女と出会ったことにより変化のない日常が少しずつ変わり始めた。
それは良い方にも悪い方にも。
望んでいた変化に苦しめられるとも知らずに、僕は今日も笑っている。
さくらとの交際開始から半年。
大きな喧嘩一つなく、時間を見つけては待ち合わせをしてご飯に行き、休みの日には少し遠くまで車を走らせデートをする。
順調そのもの。
職場からさくらの家までは車で20分。
仕事終わりに家に行くといつも料理を作って待っていてくれる。
そして、これがまた最高に美味い。
几帳面なさくらの部屋はいつ行っても綺麗で、僕にはもったいないくらい全てが完璧。
いつかは消えて僕のそばからいなくなってしまうのではないか、キッチンに立つさくらの姿をじっと見つめながらそんな事を考えていると、視線に気づいたのか彼女が微笑みながら
「そんなに見つめてどうしたの?何かついてる?」と、可愛いく尋ねてくるから、僕はたまらずさくらに近づき
「何もないよ、いつもありがとう」と言いながら後ろから抱きしめた。
彼女の存在を確認するように強く。
仕事で疲れていた事もあり、お風呂を済ませてベットに入るといつの間にか寝てしまっていた。
朝、目が覚めると隣で寝ているはずの彼女の姿が無い。
遠くから聞こえてきたのはリズム良くまな板を叩く音とトースターの音。
朝ごはんを作ってくれているのだろう。
一人だと適当に済ませてしまうから、栄養までしっかりと考えられた朝ご飯は有り難い。
幸せな朝、良い1日が始まりそうだ。
「いってきます。」と二人で部屋を出る。
駅まで彼女を送り職場へと向かった。
署へ着くなり何だか慌ただしい。
「おはようございます」といつも通り席へ着くと、係長から
「事件だ今すぐ集まってくれ」と言われ捜査会議に参加した。
そしてそれは殺人事件の発生を告げるものだった。
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