第23話 覚悟(表)
下準備……と、言うよりは覚悟を決めて玄関から出ると、すでに龍見姉妹と元442が戦闘を開始していた。
その戦闘を一言で表すなら、龍に挑む人間たちだろうか。
ただし、ここで言う龍とは元442ではなく、龍見姉妹の方だ。
そう思えてしまうくらい。
そう、見えてしまうくらい、二人の剣技……いや、舞だろうか。は、凡人である僕の目には凄まじく映った。
「なん……だ? あの剣技は。まるで、二人一組で戦うのを前提に作られたような動きじゃないか」
とは、僕より武道の心得がある沖田君の感想だ。
その感想を聞いて、少しだけ腑に落ちた。
二人はお互いの動きを、一切邪魔していない。
互いに後ろを向いていても、片割れがどこで何をしているのかわかっているように槍を突き、刀を振っている。
「姉ちゃん! アレをやるぜ!」
「ええ、よくってよ」
どこかで聞いたような台詞だ。
は、置いといて、二人は背中を預け合うように立ち、天音君は刀を真横に、地華君は大上段に、銃剣突撃を敢行しようとしている元442一個分隊、12名に向けて構えて動きを止めた。
何をする気だ?
元442も、戦闘中に動きを止めた二人を訝しんで、突撃を躊躇している。
「
「遠子龍見流、
「「
と、同時に叫ぶなり、天音君は刀を真横に振り抜き、地華君は槍を、上段から振り下ろした。
いや、事を終えた彼女たちを見たら、そうしたとしか思えなかった。
「これはもう……
沖田君がそう言いたくなる気持ちもわかる。
だって、元442が居た場所。
いや、爆心地は、刀や槍でやったとは思えないほどの有り様だ。
鳥居から玄関まで続く石畳の三割は粉微塵になり、大地は文字通り抉れ、直径30メートルほどのクレーターになっている。
しかも、直撃を受けたはずの元442が一人も死んでいないのを見るに、手加減してあの威力だ。
あれなら、暮石の人間が三人がかりで一人殺すのがやっとだったのも頷ける。
「チッ、まだ来やがる。何人いんだ?」
「べつに、何人いようと構いません。例え重火器を使われようと、この程度の相手なら物の数ではありません」
「ハッ! そりゃそうだ!」
これは、龍見姉妹だけで方が付きそうだな。
それはそれで良いんだけど、指揮官らしき者がいまだ見えないのが気がかりだ。
もう一つの分隊の方にいるのか?
と、疑問が浮かんだその時、今まで感じたこともないほどの悪寒が背筋を駆け下りた。
何か、いる。
この世にいちゃいけないモノが、僕の後ろに立っている。そう、感じた。
後ろには何がいる?
常識的に考えるなら、後ろにいるのはナナさんだ。
でも、本当にナナさんか?
ナナさんは、こんなに
「やあ、ナナさん。体調はもう良いのかい?」
恐怖はあった。
飛び交う銃弾よりも、後ろにいるモノの方が怖かった。
だけど僕は、振り向いて確かめた。
確かめたかった。
いつもの笑顔を貼り付けて、ナナさんであってくれと祈りながら振り向いた。
そしたら、やっぱりナナさんだった。
ただ、いつもと少し違っていた。
いや、少しどころじゃない。
だって彼女は、熱にうかされたように、僕を見上げていたんだ。
「起きたんなら手伝え小鬼!」
「そうです。うちの畳で寝かしてあげたんですから、その分くらいは働いてきださい」
巫女衆に誘導されてきた新手の相手をしていた龍見姉妹にそう言われると、ナナさんの表情が変化した。
なんて、顔をしてるんだ?
例えるなら鬼だろうか。
この場にいる全てを憎んでいるかのように、ナナさんの顔が醜く歪んでいる。
これはマズい。
激しくマズい。
このままだとたぶん、みんな殺される。
僕はもちろん、沖田君や龍見姉妹、巫女衆と元442も全員皆殺しにされると、僕の本能が警鐘を鳴らした。
だからなのか、僕は……。
「ナナさん」
ナナさんに呼び掛けていた。
そうしたらナナさんは、またさっきの表情に戻って、僕を見上げてくれた。
これは、僕の言うことなら聞いてくれると判断して良いのだろうか。
「敵のみを、狩場で拘束して。できるよね?」
僕の問いに、ナナさんは不思議そうな表情を浮かべて小首を傾げた。
可愛い。
と、思うのは不謹慎なのに、そう思えて仕方がない。
普段が無表情だから、普通の事がこんなにも愛らしく思えてしまうのだろうか。
「殺さんで……ええの?」
「うん。殺しちゃ駄目」
「どうして?」
「僕にとって、彼らが必要だからさ」
そう答えると、ナナさんは悔しそうに唇を噛んでうつむいた。肩まで震わせている。
これは、怒ったと解釈して良いのだろうか。
でも、どうして怒った?
もしかして、ナナさんより敵の方が必要だと、ナナさんには聞こえたのか?
だから、泣きそうになっているの?
だったら、フォローしておかないと。
「違う。君は僕にとって最も大切な人だ。だから、そんなに悲しそうな顔をしないで?」
僕に言われて初めて気づいたのか、ナナさんは自分の顔に触れて驚いている。
強張ってる頬を、震える唇を、涙が流れる目尻を、確認するように触れている。
そしてナナさんは、その顔のまま再び僕を見上げて……。
「小吉は、あたしを捨てない?」
と、怯えた声で言った。
僕が、ナナさんを捨てる?
あり得ない。
だって僕は、ナナさんが好きなんだ。
「捨てるわけないじゃないか。どうして、そう思ったんだい?」
「だって小吉は、敵が必要だって……殺さんでええって……。あたし、殺すしかできんのに」
なるほど。
どうやら僕は、無自覚にナナさんの在り方を否定していたみたいだ。
だから、ナナさんは泣いている。
だから、
恐らくは初めての状態に、戸惑っている。
「わからん! 小吉がわからん! あたしがわからん! あたしは殺すしかできんのに、なんで殺すなって言うん! なんで、目から水が出るん! なんで……!」
ついには、叫び始めた。
地団駄まで踏んでいる。
これは、どうしたら良い?
僕は今ほど、女性経験が無いのを歯痒いと思った事がない。
もし、僕に少しでも女性経験があれば、こんな状態になった女性にも対処できただろうに。
と、頭では考えているのに、僕はナナさんを優しく抱き締めていた。
まるでこうするのが正解だとでも、言うように。
「大丈夫。落ち着いて、深呼吸しよう。深呼吸、わかるよね?」
その言葉も、自然と口から出た。
「わか……らん」
ナナさんがそう言うのも、何故かわかった。
「そっか。じゃあ、僕の真似をして」
言い終えて、僕は胸を膨らませながら大きく息を吸い込んで、一拍置いて吐き出した。
ナナさんも、真似をし始めた。
「そうそう、その調子」
と言って、僕は頭を撫でた。
すると、ナナさんはただ呼吸するだけじゃなくて、リズムをあわせ始めた。
不思議な気分だ。
こうしていると、ナナさんと一つになってるような気がする。
「落ち着いたかな?」
「うん……少し」
何度か繰り返したら、ナナさんは冷静さを取り戻した。
いつもの無表情に戻っているのが少し残念だけど、それ以上に安心してしまった。
「狩場で拘束すりゃあ、ええんじゃね?」
「うん。お願いするよ。ナナさん」
「任せちょいて」
ナナさんは僕から離れて、龍見姉妹の方へ歩き始めた。
うん、足取りもしっかりしてる。
さっきまでの悪寒も感じない。
「あ、そうだ。ナナさん」
「何?」
これなら、大丈夫だ。
と、思って見送ったのに、僕は彼女を呼び止めた。
なんでだろう?
どうして僕は、彼女を呼び止めたんだろう? と、自分の行動の意味がわからず軽く混乱しているのに……。
「泣き顔も魅力的だったけど、次は笑顔が見てみたいな」
「笑顔?」
僕の口は、勝手に動いていた。
女性の前では緊張してまともに話せない僕が、こんな臭い台詞を吐くのは初めてなのに、言いなれているかのように自然と、違和感なく言っていた。
「そのうち……ね」
そしてナナさんは、一瞬だけ驚いた顔をしたあと背を向けて、そう返してくれた。
沖田君が「さすがは油屋大将! 戦闘中にもかかわらず口説くとはこの沖田、感服いたしました!」とか言ってるのは無視する。
ナナさんにも聞こえてるはずだけど、無視して彼女は……。
「暮石流呪殺法、
を発動させた。
いや、ピカッと光ったり派手な音が鳴った訳じゃないんだけど、それが僕もわかった。
だって僕以外の全員、沖田君まで、上から何かに押し潰されたように、地面に縫い付けられてしまったんだから。
「おい……小鬼。オレらは味方だろ……」
「ああ、すまん。ちぃとやり過ぎた」
「だっ……たら、早く解放して……いただけませんか?」
「嫌じゃ」
嫌じゃ。
じゃなくて、解放してあげてくれないかなぁ。
あれ? でもたしか、ナナさんの狩場の中で喋れる人は珍しいんじゃなかったっけ?
なのに、龍見姉妹は身動きできないまでも、喋れてる。ナナさんの言葉を借りるなら、肝が据わってるってことだろうか……って、分析してる場合じゃないな。
「ナナさん、龍見姉妹と巫女衆を解放して。このままじゃあ、話もできない」
「ミコシュウ?」
「龍見姉妹と似たような格好をしてる女性たちさ。できるよね?」
「小吉がやれって言うなら、やる」
「じゃあやって。龍見姉妹と巫女衆は、解放されたら襲撃者を全員、武装解除させて僕の前に」
「わかった。屋根の上にも一人おるけぇ、そっちも忘れんでよ」
え? どうしてそんなところに?
もしかして、回り込まれてた?
あっぶねぇぇぇぇ!
たぶん、そいつが指揮官だ。
ナナさんが気づいてなかったら、僕はそいつに殺されてたな、たぶん。
と、肝を凍りつかせて少しチビっちゃった僕を尻目に、龍見姉妹に指揮された巫女衆が元442の面々を僕の前に横二列で跪かせた。
最後に連れてこられて、一番前に座らさせられたのが、たぶん後ろに回り込んでた指揮官だな。
「まずは確認だ。君が指揮官で、間違いないね?」
「……」
黙秘か。
さすがは米国兵。
捕虜になるくらいなら死ねと言われて、尋問された時の対処をまともに教えられなかった日本兵とは大違いだ。
まあ黙秘したところで、彼らの情報は全て把握してるんだけどね。
「もう一度だけ言うよ? チャーリー・富岡少尉。君が指揮官で、間違いないね?」
「……どうして、MeのNameをYou know?」
「どこのルー大柴だよ」
おっと、ついついツッコんじゃった。
しかもルー・大柴って名の人がいたらしく、彼のすぐ後ろの人を他の元442が見て驚いている。
「失礼。君たちの情報は事前に調べあげている。雇い主はもちろん、いくらで雇われたのかもね」
「では、MeたちがYouをAttackするとunderstandだったから、Bombardmentを?」
「ルー語で話すの、やめてくれない? いや、そういう喋り方しかできないんなら諦めるけど……」
ややこしいんだよなぁ。
いや、言いたいことはわかるんだよ?
たぶんさっきのは、襲撃されるとわかってたから砲撃したのか? って、感じだと思う。
でもさ、一々英語の部分を脳内で日本語に変換するのが面倒臭いんだよ。
ああでも、「ルー語?」とか言って首を傾げてるのを見るに、彼はこういう話し方しかできないんだろうなぁ。
「OK、わかった。話を続けよう。君たちは僕の命を奪う報酬として、日本国籍とわずかばかりの金銭を提示された。間違いないね?」
「……Yes」
「じゃあ、話は簡単だ。その報酬、払われないよ?」
「Why is it so!? Meは確かに、EmployerとPromiseしたんだぞ!」
「え~っと、何故だ、雇い主と約束した……か。まあ、そうだろうさ。でも、君たちの雇い主は報酬を払う気が最初からなかった。さらに、その雇い主はすでに死んでいる」
「Dead? どうして……。No way, you?」
「そう、僕の手の者が始末した。だから君たちがしたのは、タダ働きだ」
ぼくが言い終わると、チャーリー・富岡を含めた全ての元442は、悔しそうに顔を歪めた。
中には、泣いている者までいる。
これは、任務が失敗したことからくる悔し泣きだろうか。
それとも、最初から反故にする気だった雇い主への怒りからか?
まあいずれにしても、藁をもすがる思いで日本に渡り、やっとの思いですがった藁がなくなった彼らの失望感は相当なものだろう。
「チャーリー・富岡少尉。君たちは日本国籍と、24000円の報酬を貰うはずだったね?」
「……Yes」
報酬が24人まとめて24000円。
平成の貨幣価値で考えたら、子供の小遣い以下だ。
でも昭和22年現在の貨幣価値は約40倍。
つまり、彼らに支払われるはずだった報酬は約96万円。一人あたりで換算すると4万円だ。
それでも平成の価値観からすると安すぎると思うかもしれないけど、この時代は物価も違う。
教師の初任給が500円くらいだったはずだから、先立つ物が必要な彼らにとっての4万円相当額の現金は、それでもありがたかったんだろう。
だけど民間団体、その内の少数である過激派に、そんな額の報酬は用意できないし、国籍なんかもっと無理だ。
彼らはこの国に戻ってまで、都合よく利用された。
僕にはそれが、どうしても許せない。
涙すら出てきた。
「どうして、Youが泣く?」
「怒ってるからさ! 君たちは祖国に裏切られ、日本でも裏切られた! 必死に戦い、類稀な忠誠心を示した英雄である君たちが、どうして我欲しかない有象無象に利用されなければならない! ふざけている! 間違っている! 君たちは本来、称賛されるべき人たちなのに!」
利用しようとしている奴が、何を偉そうに。
と、思えるくらい頭は冷静なのに、僕は叫ばずにはいられなかった。
彼らを救いたいなんて、僕の傲慢。
僕のエゴだ。
それはわかってる。
だから、僕は……。
「僕の下で働け、元442連隊の英雄たちよ。前金として君たち全員、家族も連れてきているのなら、その分も国籍を用意する。そして月600円の給料と、階級や任務に応じて別途手当ても付ける。もちろん、24人一人一人にだ」
利用するなら利用するで、相応の報酬を用意する。
労働と対価はイコールじゃないといけない。
後ろで沖田君が「奮発しすぎじゃ……」とか言ってるけど、僕はこれでも安いと思ってるよ。
「Meたちは、二度Betrayed。日本には、二度あることは三度ある。という、Proverbがあるのでしょう?」
「そうだね。信じられないのも無理はない。僕が信じるに値する人間かどうかも、会ったばかりの君たちには判断できないだろう。ならば、沖田君」
「ハッ! 何でありましょうか!」
「僕の左腕を斬り落とせ。片腕を落として、彼らへのケジメとする!」
「了解……できません! 彼らに、あなたがそこまでする義理があるのですか!?」
「ある! 彼らは僕を殺すために雇われた。つまり、僕のせいで騙され、利用されたんだ! 片腕くらい落とさないと、筋が通らない!」
言うだけ言って、僕はベルトを抜いて左腕に巻き付けて血流を止め、真横に突き出してから、チャーリー・富岡の前に膝を突いた。
正直、怖い。
痛いのは嫌だ。
片腕がなくなるのを想像しただけで泣きそうになるし、体も震える。
だけど、これで彼らに信じてもらえるなら、片腕くらい安いものだ。
「さあ、やってくれ沖田君。命令だ」
「しかし、しかし……」
と、命じたものの、沖田君じゃあ忠誠心が高すぎてできないか。
だったら……。
「ナナさん。お願いできるかい?」
「ええけど、痛いよ?」
「痛くなきゃ駄目だ」
「最悪、死ぬよ? ええの?」
脅さないでよぉぉぉ!
あのね?
表情筋をフル稼働させてなんとか表情は固定してるけど、本当は涙も鼻水も垂らして泣きじゃくりたいの!
それでも必死こいて我慢してるんだから脅すのはやめて!
「大丈夫。僕は死なないから」
「わかった。じゃあ斬る」
え? 躊躇なし?
じゃあ斬るって言った途端に短刀を振り上げて、間も置かずに振り下ろしたよね?
いや、良いんだよ?
斬れって言ったんだから斬っても良いの。
でもさぁ、もう一言あっても良かったんじゃない?
ほら、例えば「覚悟は良いか?」って聞かれた僕が「ああ、やってくれキリッ!」みたいに答えてからとかさぁ。
良いんだよ?
うん、本当に良いの。
ただ、あまりにナナさんの思い切りが良すぎたせいで、振り下ろされてる短刀がスローモーションに見えてるから、その間に心の中で少しだけ文句を言っただけだから。
「Wait please!」
バイバイ、僕の左腕。
と、無くなる予定だった左腕に別れを告げようとした瞬間、チャーリー・富岡が待ったをかけた。
左腕は……あ、よかった。
まだ繋がってる。
めちゃくちゃ痛いし、短刀は肉どころか骨に若干食い込んでるっぽいけど、振りきられていない。
「Mr.油屋、YouのPrepared、確かにI saw you」
だから、ルー語をやめろ。
君って、年齢的に日系二世だよね?
なのに、どうしてルー語で喋るの? は、置いとけ小吉。
今は
「じゃあ、僕の下についてくれるんだね?」
短刀をしまったナナさんが、制服のスカーフを包帯代わり巻いてくれてるのを横目で見ながらそう言うと、チャーリー・富岡は後ろの一同を一度見渡してから首肯し、再び僕に向き直り……。
「我ら、Former 442nd Regimental Combat Team一同、Mr.油屋に忠誠を誓います」
そう言って、全員が頭を下げた。
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