第2話 出会い(裏)
まずは、自己紹介から入ろうか。
僕の名前は油屋
歳は29……と言っても、もう数ヵ月で30になってしまうんだけどね。
そんな僕は、二十代と言う若さで帝国海軍の中将まで昇った。
いやぁ、それなりに苦労はしたよ。
昭和二十年の八月十五日に終戦を迎えるまで、苦労の連続だったと言っても良い。
でも苦労の甲斐あって、ほぼ理想通りの敗け方をすることができた。
もちろん、何のチート能力も無い僕一人で、死者を本来の十分の一に抑えるなんて芸当はできないよ。
日本だけでなく、世界各国に僕と同じ、かつ同じ考えをした同志が多くいたからこそ成し得た偉業さ。
そんな偉業を成し得る
いや、少々どころではないか。
何せ、命を狙われているんだから。
「護衛……かい?」
「そう、護衛だ。俺が使っていた殺し屋一族の現当主が、次期当主候補の初仕事を紹介してくれと頼んできたから、お前を紹介しておいた」
それを心配してかどうかはわからないけれど、僕を馴染みの料亭に呼び出した同志の一人で同い年の親友でもある陸軍中将の大和
でも、殺し屋に護衛が務まるのだろうか。
だって殺し屋と
と、猛君に返したら……。
「現当主が言うには、陸軍の一個小隊くらいなら問題なく撃退するだろう。とのことだ」
「それ、本当に人間かい?
リアルチートの船坂
「疑いたくなる気持ちはわかる。
だが、あの一族を使っていた俺だから言えるんだが、あの一族ならやっても不思議じゃあない」
そんなワンマンアーミーが、本当に日本にいるんだろうか。
しかも、一族と言うことは複数。
漫画やアニメならよくあるが、そんなチートじみた力がないことは、僕たちが一番良く知っているはずだ。
「まあ、騙されたと思って、この時間に東京駅へ行け。ああ、そうそう。お前だとわかるように、第二種軍装で行ってくれ」
「こんな明るい時間に、あの真っ白な服でかい?狙ってくれと言ってるようなものじゃないか」
「俺たちが犬猫を顔で個体識別できないように、あの一族は人を顔だけで個体識別できない。だから、わかりやすい格好をしておく必要があるのさ。ああそうだ、軍刀も持って行け。現当主には、真っ白い服で軍刀を持った男を東京駅で待たせておくと言ってしまったからな」
なんとアバウトな。
だいたい、この時代の東京駅もそれなりに大きいし広い。
そんな東京駅のどこで待っていろと?
と、心の中の疑問を解消できないまま、僕は次の日、指定された時間に駅へと赴いた。
「ホームから直結しているここなら、たぶん大丈夫だと思うんだけど……」
僕が待ち合わせ場所に選んだのは、構内にある柱のそば。
ここに背中を預けておけば三方だけ警戒しておけば良いし、改札から相手が出てくればすぐにわかる……はずだ。
「そう言えば、本来ならここも焼け落ちてたんだっけ」
僕たち
沖縄も占領されず、二発の原子爆弾も落とされなかった。
その成果を、こういう場所に来ると実感できる。
杖を突いて歩く老婦人や、お母さんと談笑する子供を見ていると、死に物狂いで戦った価値があったと思える。
そう、僕たちはやり遂げた。
戦争を回避することはできなかったけれど、僕たちが知っている本来の歴史と比べればはるかに軽傷で済んだ。
それを、転生する前はニートだった僕が手伝ったと思うと、笑えてしまうけどね。
「そんな僕も、今ではボディーガードが必要な立場か」
若くして大将への昇進を控えているからやっかまれて、だけの理由で命を狙われているのなら、敵は少なくて済んだ。
僕が狙われている最大の理由は、大将昇進と同時に推し進めようとしている日本帝国軍を日本国防軍へと改めるための再編計画……を、隠れ蓑にした軍縮計画だ。
まあ、いつの時代も自分可愛さに国を食い物にする人たちはいるもので、僕が軍縮を進めると懐に入ってくる金が減るから、そういう人たちまで僕を殺そうとしてるってわけさ。
「そう言えば、僕の護衛をしてくれる人は……」
古風と言うか、古くさい名前だったな。
僕も人のことは言えないけど、今世の僕は大正生まれ。だから普通だ。
油問屋の息子だって、わかる人からすれば丸わかりな名前だけど普通。
猛君から聞かされた名前に比べればはるかにマシさ。
「ん?なんとも珍妙な……」
行き交う人々を見ながら感慨にふけっていたら、改札を通って出て来た女性……いや、少女か?に、目を奪われた。
歳は16~7歳ほどで、
腰まで届きそうな、夜の闇のように黒髪に、黒曜石のように黒い瞳。
そこまでなら、まあ良い。
問題はその服装。
濃紺のセーラー服の上に、おそらく陸軍の物と思われる野暮ったい軍用のコート……いやいや、それすら些細な問題か。
彼女の美貌こそ、一番の問題だ。
彼女は無表情なのに、笑っているようにも怒っているようにも、泣いているようにも見える。
いやいやいや、それ以前に、息をするのを忘れてしまうくらい美しい。
昔、暇潰しでネットサーフィンをしていた時に見つけた、世界一怖い絵の女性を凌ぐほど美しいと、僕には思えた。
「少し、借りるよ」
そんな彼女が、気づいたら目の前にいた。
何故、そんなに近くにいる?
さっきまで改札からさほど離れていない位置にいたのに、一瞬で彼女が僕の前まで来た。
そして彼女は、僕が腰から提げていた軍刀を一気に抜き、僕の斜め前方、50メートルほどの場所にいた老婦人へ向けて振った。
「な……にが」
起こった?
状況がわからない。
何が起こった?
何故、老婦人が胸から血を噴いて倒れた?
彼女がやったのか?だけど彼女と老婦人の距離は、50メートルほど離れている。
投げたのならともかく、この位置から振って刃が届く距離じゃない。
そもそも、あんなにも刃先がブレ、重心もフラフラした振り方じゃあ人は斬れない。
それくらいの事は、兵学校時代にやった剣道くらいしか心得がない僕でもわかる。
「ふむ、やっぱあたしにゃあ重いのぉ」
その言葉通り、軍刀の重さに振り回されていた彼女は「よっこいしょ」と、言わんばかりの動作で刀を左肩で担ぎ上げ、今度は談笑していた親子に向けて真っ直ぐ振り下ろした。
いや、落としたと言った方が適当だろうか。
実際、彼女は床に当たって軽く跳ねた刀を離してしまったし。
「さて、とりあえずはこんなもんかねぇ」
そう言いながら振り向いた彼女のはるか後方で、親子が同時に縦に割れた。
本当に文字通り、頭の天辺から股下まで真っ二つになってしまったんだ。
あんな光景は戦場でも見たことがない。
そもそも、人を縦に割るなんて事が本当にできるなんて、今の今まで絵空事としか思っていなかった。
そんな現実離れした光景を、彼女が作り出したのだろうか。
「アンタ、正気かい?命を狙われちょるのに、そんな目立つ格好してこんな場所で突っ立っちょるなんて阿呆じゃろ。あたしが殺らにゃあ、今斬った奴らに殺られちょったよ?」
理解が追い付かない。
彼女は何を言っているんだ?
ああ、僕の服装について言っているのか。
これは単に、猛君にこの格好で行けと言われたからってだけだ。
そう言いたいのに、感情を全く感じさせない彼女の無表情と、あたり一帯から怒号のように飛び交う悲鳴よりもハッキリと聞こえる彼女の
「ああ、自己紹介がまだじゃったね」
いや、確かにそうなんだけど、僕は君の名前より、君が殺し屋だと言った人たちを斬った手段の方が気になる……と、言うこともできない僕を無視して、彼女は相変わらず抑揚のない声で……。
「アンタの護衛をすることになった暮石
と、無表情のまま僕を見上げて、自己紹介してくれた。
そんな彼女から、僕はしばらくの間目を離すことができなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます