アーリア ~ぼっちから世界最強のファミリーを築くまで!~

猿蟹月仙

プロローグ

第1話 ひとり旅のはじまり

 ハラハラと、冷たく雨が降っている。


「せ……んせ……い……」


 肺が熱く、苦しい。

 指先の感覚も判らない。爪の間に土が入り、もっさりとした感じは判るけれど。今はただただ、掘り出したばかりの草の根が絡む柔らかな土を、先生の上に押し戻した。


 ずっとずっと続くと思っていた、2人の旅は、呆気ない程に終わってしまった。

 この所、具合を悪そうにしていた先生は、星空を見上げたままの姿で目覚めなかった。


 幽界へ、一人旅立たれてしまわれたのだ。


 青草のむせ返る様な息吹に土の香が混じり、破裂しそうだった胸と喉が、嗚咽に疲れ切って声を失った頃に、雨に濡れた自分に気付いた。

 空っぽになったみたく、全てが虚ろに。それでいてもう一人の私が私を見つめている。

 そうする様に、教えられて来たのだけれど。


 私も……


 焚き火の残り火も、とっくのとうに消えていた。


 遠くけだものが吠え、咄嗟に体が動く。

 このままにはしておけないと……


 最後に顔へ土をかけた。

 ただ眠っているみたいな。血の失せた、青い顔へ。

 これが本当のお別れと思うと、先生のしおれて細くなった頬に、少し落ち窪んだまぶたにと触れ、再び身震いする様な衝動が沸き起こるのを振り切って、土をかけた。

 私の細腕で出来る精一杯の土饅頭。後は、穿られ無い様に、石を積まなくっちゃ。




 私は自分の年齢がどれくらいか判らない。

 物心ついた頃には、色々辛い目に合っていて、先生に貰われてからは別世界に引き上げられた心地だった。

 お前の声は良い。だから買ったのだよ。そう笑顔で言われたのをはっきりと覚えている。自分に何かの価値があるのだと、初めて言い聴かされ、あんなに嬉しかった事は無い。あんなに優しい言葉に触れた事も、あんなに優しい温もりに包まれた事も。

 それからは二人で遠くに、本当に遠くに来てしまった。


 先生は多くの名前を使っていたから、実は私は先生の本当の名前を知らない。

 旅の吟遊詩人。そう名乗られてから、いつも違う名前が続く。

 だけど、先生は私に名前をくれた。先生がつけてくれた特別な名前だ。新しくピカピカで。それまで叩きつけられて来た、嫌な呼び名じゃない。だから、これからもその名前を名乗っていきたい。先生の弟子の名前なんだから!



 かなりの重労働。

 そこら中から石を拾い集めては、そっと積み上げてみた。昔、そういう風にした事があったから。あの時は、こんなに大きな石は持てなかったけど。


「ふう……」


 一息ついてから、汗を拭って辺りを見渡した。

 野原を駈け回っていたから、疲労と空腹でくらくらするけれど、身体の中心がカッカと熱く燃えている感じがする。

 空はどんよりと黒く、またいつでも降り出しそうな顔で世界を覆っていた。

 古い街道から離れた草地が、湿った風に重くなびいている。


 忘れない。


 私、ここ、忘れない!


 きゅっと唇を引き結ぶと、草むらの影から毛布に包んでおいた先生のリュートを。震える正に土気色の指先で取り出し、ベルトを肩に、そして構えてみた。

 今度、新しいの、買ってくれる約束だったけど。


「私、これでいいや。もう、絶対、壊さないから!」


 三ヶ月くらい前に酔っ払いに絡まれ、割られて酷く怒られてから楽器禁止だった。一ヶ月は触らせて貰えなかった。


「だから……行くね!」


 弦に軽く指を添わせ、ボディを叩く。湿った空気の性で、少し音色が重い感じ。

 即席でチューニングして、ボロロンと掻き鳴らした。

 指がごわごわで動かないのに苦笑しつつ、何度もグーパーを繰り返し、もみもみマッサージ。それから、すうっと息を吸い。


「アーリア、行きます!」


 そう宣言すると、思いっきりの想いを載せて、これまでに教えて貰った歌を、大分擦れてしまった喉で、高らかに歌った。


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