父さんの会社が倒産した

下垣

父さんの会社が倒産したけど、息子のムスコは元気です

 俺は父さんと2人暮らしをしている。母さんは俺が小学生の頃、よその男に引っかかって出て行った。2人で駆け落ちだの愛の逃避行だの本当にバカみたいだ。いい歳した大人がなにしてんだと子供心ながらにそう思ったものだ。ちなみに相手は俺の親友の父親だった。正直かなり気まずかった。それっきり、親友だった奴とは口も利かなくなった。残念だが当然というやつだ。


 父さんは俺を養うためにこれまで以上に仕事に精を出した。そして、父さんは社長職にまで上り詰めたのだ。俺はそんな父さんを誇りに思っている。


 成長した俺は1度は家を出て行き、都内の会社に就職した。しかし、そこで体調を崩して仕事をやめて実家に戻ってくることになったのだ。「父さんみたいなビッグな男になってやる」そう勢いこんだのに、このザマ、自分自身が情けなかった。


 だけど、そんな俺も父さんは受け入れてくれた。「よく帰ってきたな」その一言で俺は涙が出そうになった。父さんのためにも社会復帰してみよう。そう心に誓ったのだ。


 地元でも色々と求人を探してみた。けれど、健康状態との兼ね合いもあり中々就職できないでいた。


 だから、俺は仕事の経験を活かして在宅ワークをすることにした。幸い、俺は企業勤めの経験があり、経験者優遇の職場に応募し見事に採用されたのだ。


 在宅ワークということで、自身の体調と相談しながら仕事ができる。都内で働いていたころより給料はかなり少なくなったけれど、生活できない程ではない。


 俺は自分が体調がいい時は、家事をやったり仕事をしたりする日々を送っていた。そんなある日のこと。例のウイルスのせいで社会全体が大きな打撃を受けた。


 父さんの会社も大きく傾いたのだ。観光業を中心に展開していた父さんの会社は、元々が風が少し吹いただけで飛ばされそうな中小企業だった。それなのに、あのウイルスのせいで業績が更に悪化。なんとか会社を守ろうと奮闘する父さんだったが、残念ながら会社を畳む結果となった。


 俺はこのウイルスを憎んだ。仕事が生きがいの父さんから仕事を奪ったこのウイルスを。父さんは日中家にいないし、帰ってくるのも夜遅くだ。親子の時間はあんまりなかったけれど、それでも俺は働いている父さんを誇りに思っていた。


 今の父さんは家にいるけど、いつもボーっとしていてなんだか抜け殻のようだ。シャキっとしていてかっこいい父さんはもういない。まるで魂だけどこか飛んでいったかのように、生きる屍と化している。


 俺は父さんになんて声をかけていいのかわからなかった。仕事を失う辛さ。それは俺もよく知っていることだ。俺の場合は自分の体調不良が原因だけど、父さんの場合はウイルスのせいで全てが奪われたものだ。父さんに落ち度があったわけじゃない。だからこそ、余計に辛いのだ。


「父さん……」


 俺は意を決して後ろから父さんに声をかけた。父さんは俺の声にピクっと反応したが、振り返ることはしなかった。


「父さん。大丈夫だ。父さんならきっと次の仕事が見つかる」


 かつて、俺が父さんにそう言って励まされたように。今度は俺が父さんを励ます番だ。


「なあ、お前の仕事ってどんな仕事だ?」


「え?」


 父さんは俺の仕事内容について訊いてきた。俺は自分の仕事について父さんと話すことはしなかった。父さんも深き訊いて来なかったので、俺も答えることはしない。というか、親に言えないような仕事をしているのだ。


「いや、俺の仕事なんてどうでもいいだろ。今は父さんの次の仕事を」


「お前の仕事はどんな仕事だ! 答えてくれ!」


 父さんは語気を強くする。父さんから感じる凄い威圧感。普段優しい父さんからは想像がつかないような声色に俺は少しビビってしまった。


「すまん。ただ、どうしてもお前の仕事が知りたかったんだ」


「俺の仕事?」


「ああ。もし、できることなら、俺もお前の仕事を手伝ってみたい。次の仕事が見つかるまでの間だけでいい。俺にできることならなんだってする。だから、俺に仕事を……仕事という名の生きがいをくれ」


 父さん俺の方を向き、縋るような目で見てきた。俺の仕事を手伝おうとしてくれているのはありがたい。だけど、俺の仕事は素人が手伝えるようなものではないのだ。


「父さんダメだ。俺の仕事はとてもじゃないけど手伝ってもらうことはできない」


「そうか……ダメか」


 父さんはわかりやすくションボリしている。なんだか悪いことをしたな。けれど、俺の仕事を手伝ってもらうわけにはいかないのだ。


 だって、俺の仕事はエロゲの原画を描く仕事だ。元々、デザイン事務所に所属していた俺。そのスキルを活かして、なんとか絵の仕事が貰えないかと色々と画策した。一般向けの求人は枠の取り合いが激しくて中々応募することができなかった。その時、丁度よくエロゲの原画デザインの募集があったのだ。


 エロゲは正直門外漢だった。けれど、俺は様々なエロゲをプレイして、どういう絵柄がヒットするかを分析して、練習して自身の絵として仕上げてきたのだ。


 俺の技術が認められたのか、エロゲ会社と契約することができた。そして、原画マンとして一定の仕事を貰えるようになったのだ。


 俺の仕事はエロ関係。そういうことは父さんにはまだ言えないままでいる。


「なあ。ところで話を戻すけど、お前の仕事ってなんだ?」


「え!? 戻すの?」


「いいだろ。答えてくれたって。こっちは暇なんだ。暇つぶしに話くらいさせてくれ」


「んーと。デザイン関係の仕事かな」


「デザイン関係か……なるほど。じゃあ、父さんの出番だな」


 え? なに言ってんだこいつ。会社がつぶれて頭イカれたのか?


「父さんな。小学生の時の図工の成績が良かったんだ」


「中学生の美術の成績は?」


「中学の話なんてどうでもいいだろうが!」


「小学生レベルの絵でどうにかなる世界だと思うなよ!」


 なんなんだこの親父は。そうまでして息子の仕事を手伝いたいのか?


「いやな。父さんはな。最近絵を描き始めたんだ。おうち時間が暇だったからな。お気にいりのゲームのイラストを真似して描いてみたんだ。自分でも結構描けてると思うぞ」


 そう言うと父さんはタブレット端末を見せてきた。そこに描かれていたのは俺が担当したエロゲのキャラだった。しかも地味に上手い。プロレベルとはいかないけど、画像投稿サイトに投稿したらそこそこ人気出そうな部類だ。


「は!?」


 まさかこの親父、全てを知っているのか。俺がエロ関係の仕事をしていることも!?


「父さん。それエロゲのキャラ」


「何を言うか! エロゲではない! えっちぃシーンなどなかった!」


 ああ。確かこのゲーム全年齢版も出てたな。父さんはそっちの方を買ったのか。


「というわけで、父さんもお前の仕事手伝ってもいいか?」


「いやだ。どうしてもデザイン関係の仕事をしたいのなら、自分で仕事を取ってきなよ」


 俺は父さんを冷たく引き離した。俺だって、そこまで稼げているわけじゃない。アシスタントを雇えるほどのお金はもらってない。父さんには悪いけれど、諦めてもらうしかない。


「そうか……でも、父さんの歳だと中々難しそうだな……」


 父さんは落ち込んでしまった。なんだか罪悪感を覚えてしまう。


「あ、でも。同人だったらいけるかもしれない。個人でやれば年齢とか関係ないし」


「そうか。その手があったか」


 父さんは生きる気力を得たかのように顔が明るくなった。そして、それから父さんはおうち時間を利用して同人のエロ漫画を描き上げた。


『俺の妻が息子の友人の父親に寝取られてしまった』


 ノンフィクションじゃねえか! ちなみに、この一冊の同人誌をきっかけに、我が家でのエロのハードルは下がり、俺もエロゲの原画をしていることを父さんに打ち明けることができた。


 それも全部父さんがエロ同人を描いてくれたお陰だな。ありがとうエロ同人。

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