第17話 鬼の気配
「すごい血の跡ですね……」
俺たちは朝早くから熊が殺されていたという山のすぐ近くの林道にきていた。
熊の死骸はすでに片付けられていたが大量の血痕が残されていた。狭い道のアスファルトが大量の血であたり一面真っ赤に染まっていた。
いかに凄惨な状態だったかが容易に想像できた。
「人間業……いや、熊業とは思えぬのう」
そう言いながら師匠は躊躇なく血の海を歩いていく。
血の海に立つ師匠のその姿はまさに鬼そのものだった。その姿に見とれて俺はつい口をすべらせてしまう。
「もしかしてタイガージの仕業なんじゃ……」
昨日から不安に思っていたことだった。熊をズタズタに引き裂いて頭からかぶりつく姿を想像した。
「いや、ヤツは鬼のケンカ屋じゃ。格下の熊など相手にせんじゃろう」
俺の妄想が否定されて安堵する。しかし疑問は残る。
「じゃあ、なんの仕業って言うんですか!」
「それはじゃな……」
師匠の言葉を遮って何かの叫ぶ声が聞こえた。
「これ、熊の声じゃないですか」
「うむ」
俺たちは声の聞こえた森のほうを見る。
草木が倒されてできた獣道のようなものに気付いた。
「師匠、これって……」
師匠の顔を見る。握る刀に力がこもった。
「ここが鬼門じゃ」
邪魔な枝を切り払って進む。鬼力を纏った桃鬼丸は高枝切りばさみのように簡単に枝を払うことができた。
獣道を抜けると開けた場所に出てきた。
視界が開けて大きな背中が目に入る。そこには熊が仁王立ちしていた。
「こいつが犯人ですかね」
熊の大きな背中を見つめたまま師匠に話しかける。
「いや、もう死んでおる」
意外な答えに師匠のほうに目が移る。
「え?」
ドスンと音がしてふたたび熊に目を向ける。
熊は倒れていた。血が地面に染み出している。
その先に見覚えのある影がみえた。
俺はヤツを知っている。
「鬼だ……」
5日前に俺のバイト先をメチャクチャにした鬼だ。
「戦術兵鬼」
師匠の言葉に反応したのだろうか。鬼が俺たちの存在に気付いた。
「ワシら鬼とは異なる別の存在。戦争のために生み出された鬼じゃ」
「戦争のために……」
鬼から視線は外さない。
「まあ、ワシは好かんがな」
「雑魚鬼とか呼んでましたもんね」
「うむ。雑魚鬼じゃが今のワシのではこやつは倒せん」
変身した師匠を思い浮かべる。一瞬で戦術兵鬼を葬った姿を。
師匠がなにを言いたいのかをなんとなくわかる。
「戦術兵鬼を倒すのは……」
一歩前に出て刀を構える。
「俺です!」
鬼が低い姿勢をとる。曲げた身体を勢いよく伸ばして俺に向かって飛びかかってくる。
俺は焦らずに落ち着いて鬼の動きをよくみる。
伸ばした右腕が振り下ろされる。
紙一重で身体を横にしてかわす。
鬼の鋭い爪が空を切った。
この爪で熊を惨殺したのだろう。
素早い攻撃だったが避けれない速度じゃない。
岩田先生とバッティングマシーンを交互に思い浮かべる。岩ッティング田シーンの攻撃はもっと速かった。ふたつは合体して岩ッティング田シーンになっていた。
攻撃を避け続けることができた。
鬼は何度もうなり声をあげながら腕を振っている。
今度はこちらの番だ。桃鬼丸の試し切り。
腕を身体の前に構える。呼吸を整えて、刀を強く握る。
俺の鬼力に反応するように桃鬼丸が鈍く光る。
バチリと電気のように鬼力が跳ねる。
鬼は俺を見つめたまま低い姿勢で肩を揺らしている。
わずかに鬼の重心が右に傾く。
それを合図に右足で地面を蹴って一気に距離を詰める。
間合いに入った。
俺は腕を右上に大きく振り上げる。
少し反応の遅れた鬼は爪をたてた右手を伸ばしてくる。
桃鬼丸の刃が落雷のように素早く振り落とされた。
鬼の右手は俺に到達することなく宙に舞った。
「見よう見まね剣術……袈裟切りだ」
いきなりの実戦だったがうまくいった。昨日YouTubeを観ておいてよかった。
「桃鬼丸に切れぬモノなど無いのじゃ!」
師匠が拍手しながら言った。
地面に落ちた右腕の指がビクンと動く。
俺の鬼力が電気信号となって命令したようだ。
動きの止まった右腕が煙のように消えていく。
鬼は腕のことなど気にかけていない様子だった。それよりも存在がおぼろげに見えることが気になった。
「師匠! なんかこいつ消えかかってませんか!」
「戦術兵鬼は肉体を持った鬼力のようなものじゃ。放っておいてもそのまま崩れ消える」
師匠が倒した戦術兵鬼も煙のように消えていたことを思い出した。
もう消えていく運命にある戦術兵鬼の目を見つめる。感情はわからない。
俺は覚悟を決めて刀を振るった。
真っ二つになった身体が煙のように消えていく。
その煙は桃鬼丸の刃に吸い込まれていった。鬼力を吸っている。
鈍く光る刃を見つめて思う。戦術兵鬼はあの世に帰るのだろうか。
「これが鬼退治か……」
「なぁにが『これが鬼退治か』じゃ! 格好つけおって!」
軽快な足取りで師匠が近付いてくる。
「さすがワシの弟子、なかなかの戦いじゃったぞ!」
師匠の肘が俺の脇腹にヒットする。
「ぐぇ」
鬼力でガードしてるはずなのにちくりとした痛みを感じた。
「う~ん、まだまだ甘いのう。よく見てみぃ」
そう言って肘を突き出してくる。肘の先にかすかな鬼力が針のように伸びている。そういう使い方もあるのか。
「そんなんでタイガージに勝てるのかのぉ~?」
おちょくった口調の師匠をにらむ。
「もっと強くなって絶対に勝ちますよ!」
タイガージが人間界に来るまでに残りあと3週間。みっちり修行をして万全の状態で迎え撃ってやる。
そのとき鳥たちが一斉に空に飛び立った。まるで俺のことを鼓舞しているかのような光景だった。
背後の茂みがガサガサと揺れる音がした。
「ん!? 今度こそ熊か!?」
勢いよく振り返る。
「熊じゃねぇ……」
そこにいるはずのない存在が立っていた。
「エニグマ・タイガージ様だ!!!」
現れたのは鬼だった。
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