第5話 恐怖! 知らん川!

 俺は気が付くと河原に立っていた。

 

 河原は舗装されておらず、見渡す限りに石が無造作に転がっているだけで他には何も見当たらない。

 川の流れる音だけが聞こえる。激しい音でも静かな音でもない。まるでただ音声が流れているだけかのようだった。

 俺はどうしてこんなところにいるんだろうか。記憶をたどってみようにも思い出せない。

 仕方がないので歩き出して川岸に近付いてみる。流れはゆるやかだが、川が深いのか浅いのかもよくわからない。

 ふと向こう岸に誰かが立っていることに気付いた。こちらに向かって手を振っている。

「おーい! 釣れますか-!」

 声をかけても返事はない。釣り人でもない。そもそも釣り竿を持っていなかった。

 何人か立っている。全員が見知らぬ顔だ。よく見ると全員の頭にツノが生えていた。

 鬼たちが俺に手を振っている……。

 嫌な予感がした。あの鬼たちは俺の味方なんだろうか。エンマ様のように。

 エンマ様。そうだ。俺はエンマ様と一緒にいたはずじゃないか。

「エンマ様! エンマ様どこだ!」

 無駄とわかっていても呼びかける。

 あたりを見渡すがエンマ様の姿は無い。肩を落として下を向いた。


「エンマちゃんと呼べと言っておるじゃろ!」

 あれ、聞こえるぞ。姿は見えないがたしかにエンマ様の声がした。

 頬に違和感があった。その違和感は次第に痛みへと変わっていった。頬を叩かれている。

「痛い痛い!!!」 

  

「起きおった……」

 エンマ様の声がする。エンマ様の姿も見える。

 はっきりしない頭でもしっかりその顔は認識できた。

 その大きな瞳は真っ赤に充血していた。

「よかったのじゃ!」

 そう叫ぶと俺に覆い被さっておんおん泣いている。

「そんな、おおげさな。俺まるで死んでたみたいじゃないですか……」

「バカ! おまえは死んでたんじゃ!」

 鼻声の師匠が叫ぶ。

 俺は死んでいたらしい。


 一時間前。

「それで修行っていうのはなにをすればいいんですか」

「うむ、まずは基礎。鬼力(きりょく)の解放じゃな!」

 筋トレ的な修行を想像していたのだがよくわからないことを言われた。あ、でも最初の文字は合ってるな。

「鬼力は己から湧き出る力じゃ」

「湧き出る!」

 わくわくしてきた。

「そうじゃ。閻魔流はこの鬼力を己の手足のごとく自在に操る」

 そう言って顔の前にかざした右手をガッと開いた。整った顔立ちと相まってメチャクチャ格好良く見える。

「なるほど! 師匠みたいに雷を落としたりできるわけですね!」

「その通りじゃ! ただし雷のような……ん? なんじゃ師匠って?」

「え? 師匠は師匠じゃないですか」

 どうやら鬼獄界での閻魔流の弟子たちはエンマ様を師匠と呼ぶことはないらしい。

「人間界では何かを教えてくれる人にはリスペクトを込めて師匠と呼ぶんですよ」

「うむ、そうか。ならばワシをリスペクトすると良い! ただし師匠ではなくエンマちゃんと呼べ!」

「わかりました! 師匠!」

「エンマちゃんと呼べと言っておるじゃろ!!!」  

 目上の人をちゃん付けで呼ぶことは俺の選択肢にはない。それに俺は師匠呼びに憧れていた。


「それで俺の鬼力はどんなもんでしょうか」

 正直わくわくしている。もしかして俺にはとてつもない才能があったりして。

「どんなも何もまったく出ておらんわ」

「そ、そんな……」

 がっかりしてめそめそして地面に膝と手をついた。

「これから鬼孔を開く。そこからはじめて鬼力が出るんじゃ」

 俺は素早く立ち上がる。

「なんだ、早く言ってくださいよ。じゃあ開きましょうお願いします」

「いそがしいヤツじゃのう孫は……」

 あきれ顔の師匠に近寄る。

「ちょっと待つんじゃ」

 俺を突き飛ばして師匠は話を続ける。

「本来ならばワシとの修行を通してゆっくりと鬼孔(きこう)を開くんじゃ。ワシの鬼力に刺激されていくうちに小さな鬼孔が開いてくるのじゃ」

 それで俺の鬼力はまだ出ていないのか。

「じゃあさっそくその鬼孔を開く修行ですね!」

 師匠が首を振る。

「いや、今回はこの方法じゃあ間に合わん。ワシの鬼力を一気に孫の身体に送り込む。無理矢理に鬼孔を開くんじゃ」

「びっくりさせて目覚めさせるみたいな方法ですね。じゃあそれでお願いします」

 俺にはゆっくり修行する時間はない。

「さっそくやるのじゃ!」

 鬼の師匠は行動が早い。

 師匠の拳が俺の胸を突いた。大した痛みじゃないな。師匠の顔がゆらっと揺れて見えなくなる。そんなことを思っているうちに意識が飛んだ。



「すまん孫太郎!」

 寝転がる俺の身体に覆い被さったままの師匠が言う。

「なんか変な川にいたんですよ俺」

 夢の話をしているような感じだ。

「それは三途の川じゃ」

「あの有名な」

「そうじゃ」

 なるほど、本当に死ぬとあそこに行くんだな。

 あれ、なんで死んでたんだっけ。途端に頭が冷静になっていく。そうだ。 

「鬼孔は開きましたか!?」

「ああ、バッチリじゃ!」 

 鼻をすすりながら師匠は親指を立てる。 

「今までにも無理矢理に鬼孔を開いたことは何度かあったんじゃが、死んでしまった弟子ははじめてじゃ……ごめんなぁ孫よ」

 申し訳なさそうな師匠。

「いいんですよ。どっちみち今日死ぬか一ヶ月後に死ぬかに大した違いなんてないですよ」 俺の戦いはそういう話だ。それよりも気になることがある。

「あ! それで俺の鬼力は出てますか? どうですか?」

 ハッとした師匠はそれから少し考えて答える。やたらともったいぶって。


「メ~~ッチャクチャすごい。まさに千年にひとりの逸材じゃ!!!」 

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