第4話 孫太郎、つよさの秘密

「ブッ殺す!!!!!!」


 タイガージが吠える。ビリビリと鼓膜が揺れる。

 一瞬で緊張が走った。

 殺される。

 俺は指先ひとつ動かせない。完全に身体が固まっていた。

 しかし、妙なことにタイガージもピクリとも動かない。

 その空間をエンマ様だけがゆったりと動いていた。

「タイガージ、キサマは鬼獄界へ帰れ」

 タイガージは返事こそできないものの目で答える。

「わ、わかりました……張り切ってはやく来ちゃってゴメンナサイ」

 たぶんそんな感じのことを言っているのだろう。

「やる気があるのは良いことじゃが、また一ヶ月経ったら好きにするがよい」

 そう言うとエンマ様は勢いよく両手を鳴らす。

「パァン!!!」


 緊張が解けて身体が自分のモノのように動く。

 タイガージはチラリと俺の目を見るとそのまま何も言わずに深い森のほうへと去っていった。俺は徐々に小さくなっていく敵の背中を眺めていた。


「まだ……生きてる……」

 たった一ヶ月とは言え寿命が伸びたことには変わらない。俺は生の実感を噛みしめて声に出した。

「さぁて、孫太郎。残りの一ヶ月をどう過ごすかのう?」

 余命宣告を受けた気分だ。今までやれなかったことをするべきか。そうだな焼き肉を死ぬほど食べたい。死ぬほどとは言わず焼き肉の食べ過ぎで死んでもいい。いや、俺が本当にこころから愛している食べ物はラーメンだ。死ぬならラーメンで死にたい。ラー死だ。「死因はラー死です」神妙な顔で医者が言う。なんか違うな。あ、わかった。あれだ。いつも通り過ごすだ。今まで関わったみんなと今まで通り過ごすんだ。それが一番じゃないか。当たり前だ。

「バカ! 答えは決まりきっているじゃろ!」

 しびれを切らしたエンマ様が声を荒げた。

「そう……ですよね……俺、一日一日に感謝して普通に過ごします!」

「ちがわい! 修行じゃ!」 

   

 修行。知っているぞ。つまりは練習。それを毎日だ。

「修行でどうにかなる相手じゃないと思うんですけど!」

「大丈夫、大丈夫、大丈夫じゃ」

 抑揚のない声で言われた。

 俺の人生、そう長くはない。しかしその一般男子高校生の人生をもってしてもわかることがある。「大丈夫、大丈夫」と言われたときはそのほとんどが「大丈ばない」ことを俺は知っている。

「その目、信用しておらんなァ?」

「信用できる要素が、無いので……」

「しかたないのぉ~」

 そう言うとエンマ様はテレビのワイドショーで見るようなパネルを出してきた。『孫太郎、何故そんなに強いんじゃ!?』と大きく書いてある。その答えらしきモノには紙が貼っていて剥がせるようだ。

「デレレン! 根拠1~!」

 勢いよく紙を剥がす。

「鬼獄界最強のエンマ・DIE・オーが教える閻魔流は最強じゃから~!」

「えんま……りゅう……?」

「そうじゃ。閻魔流が最強なことはワシが最強だということでわかる。頭の賢いヤツらの見解もみな最強ということで一致しており完全に証明されておることがわかる」

「完全に証明されているんですね」

 なるほどなるほど。賢いひとたちがそう言うならそうなんだろう。

「その閻魔流っていうのはメチャクチャすごいってことですね」

「そう、閻魔流は伊達じゃないのじゃ! 閻魔流の弟子が何人おると思っとるんじゃ!」

「は、はあ」

 何人いるのだろう。その言い草だと大所帯なんだろうか。でも結局は教えてもらえなかった。


「さぁ続いて根拠2じゃ! わくわくするじゃろ!」

 ちょっとわくわくしてきた。

「ババン! 孫太郎はなんと!? あの伝説の桃太郎の孫じゃから~!」

「さっき言ってたやつだ!」

 俺の出自はまったく知らない。一番古い記憶は施設で過ごしたこと。じゃがいもだかなにかを食べていて、トムだかボブだかと取り合って泣いていたとかそんな感じだ。特に先生に過去を聞いたこともない。そもそも覚えていないことだしな。

「本当なんですかね。なんか信じられないなぁ」

「本当なんだから仕方ないじゃろう。ワシにはわかる。これには証明も必要ない」

 よくわからないけど信じないより信じたほうがマシなのは確かだな。そう自分に言い聞かせる。


「んじゃこれで最後じゃ。ペリッと」

 エンマ様は飽きてきたのかタメも無しに紙を剥がしてしまった。こっちは楽しみになってきているのに。

「じゃ、孫が自分で読み上げてみよ」

「根拠1×根拠2=孫太郎勝利……疑いようもない真実……」

「というわけじゃ!」

 ポイッとパネルをこちらに投げてきた。俺はそれをキャッチして小脇に抱える。

 そしてエンマ様はやさしい顔をしてこう言った

「孫太郎よ、心配するな。ワシらを倒した桃太郎の孫に最強のワシがついておるんじゃ。人間界にはことわざがあるじゃろ……なんて言ったかのう……ん~……」

 

「「鬼に金棒」」


 ハモった。

「それじゃそれじゃ。オニカナに敵うものなどおらん」

「なんか俺、できるかもしれないって思えてきました」

 本当にそう思えてきた。人間やる気になれば、さらに手段も用意されているときたら、そんなに無謀なことじゃないんじゃないか。そうだよ。俺、騙されてないよな。

「よろしくお願いします。師匠」

 俺は頭を下げて右手を差し出した。

 しかしその右手は弾かれた。

「エンマちゃんと呼べ!!!」

 ふたりとも目は笑っていた。 


 それから一時間後、俺は死んだ。

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