幼馴染は今日も家に戻れない

そばあきな

幼馴染は今日も戻れない


「頼もう……」



 チャイムを鳴らされて玄関の扉を開くと、そこには申し訳なさそうに縮こまった幼馴染がいた。普段なら「頼もう!」と片手を上げ元気に入ってくるような奴のしおしおとしたどこか元気のない様子を見て、まだ用件を聞いていないのにどこか察してしまう自分がいたのは否定できない。


 その予測を裏付けるようにして、一呼吸入れ、幼馴染は思い詰めた表情で口にする。



「家にストーカーが来た形跡がある」



 その言葉に、僕はこう呟いた。



」と。



 またか、の言葉の通り、幼馴染の家にストーカーが来るのは今回が初めてではない。今までもあったし、何なら大学に入ってからは結構な頻度でストーカーの被害に遭っている。しかも、今までは実家暮らしだったからか家にまでは来ていなかったというのに、大学生になって一人暮らしを始めた途端、一人暮らし先にまでストーカーが侵入し始めたというのだ。


 どうして幼馴染はストーカーによく遭うのか?

 

 そんな根本的な問いの答えは分かっている。。僕の幼馴染は顔がいい。顔がいいので昔から人が寄ってくる。それが害のないただの人ならよかったのだが、大抵どこか変な奴に好かれてしまうためこういった事態になるのだ。そのため、僕らにはいくつか約束事がある。その一つが、ストーカーの存在に気付いた際には、幼馴染である僕に助けを求めることだった。僕の一人暮らし先を一時的な避難所代わりにして、幼馴染は毎回ストーカーが家に来たことに気付いたその日を乗り切っているのだ。



「夕飯、何の予定だった?」と隣で幼馴染が呟く。


 時刻はちょうど夕飯どき。棚からまさに鍋を取ろうとしたところでチャイムがなったためにそのままになってしまっていた、半開きの棚からフライパンを取り出し僕は答える。


「レトルトカレー」


「わあ」と大して驚いたようなトーンでもなく幼馴染は声を出す。


「……に、する予定だったんだけど、客が来たので冷蔵庫にある豆腐を使って麻婆豆腐にします」

「グレードアップしたね」


 声が若干嬉しそうだった。そういえば中華料理が好きだったんだっけか。この瞬間まで忘れていたので完全に偶然だが、そこまで喜ばれるなら作りがいがあるというものだ。

 他の中華料理だとまあまあ材料も多いし作るのも大変だが、麻婆豆腐なら豆腐と麻婆豆腐の素、それにご飯さえあればちゃんとした食事になるのでお手軽だ、と思う。

 ストックしていた辛口の麻婆豆腐の素を取り出し、僕は隣で豆腐を切ってくれるらしい幼馴染を横目にフライパンに火をつけた。



 麻婆豆腐を作り終え、茶碗にご飯を持って僕と幼馴染はリビングのテーブルにつく。「いただきます」の声と共にテレビをつけると、ちょうど夕方のニュース中で「不要不急の外出をお控えください」とニュースキャスターが念を押しているところだった。その画面を見て、幼馴染が少しだけ顔をしかめる。


「外出はお控えくださいとか、おうち時間を楽しみましょうとか、口ではいくらでも言えるけどさ、そんなの無責任だよね。世の中にはどうしても外出しなきゃいけない人もいるのにさ」


「そうだな」と、隣の幼馴染を見ながら俺は口を開いた。


「ただでさえ、このご時世外出を控えて家で過ごせって言われてるのに、こんなに外に出ていたら後ろ指をさされそうだよ」


「……必要な外出だろ。これで馬鹿正直に部屋に居座って襲撃でもされたら、『逃げたらよかったのに』ってきっと手のひらを返されるさ」


 吐き捨てるような僕の言葉に、幼馴染がどこか安心したように表情をゆるませた。



 人にはそれぞれ事情がある。どんなに家に戻りたくても、戻れない人間だっている。例えば、今僕の目の前にいる幼馴染、みたいに。



僕は、つまらなそうにテレビを見ていた幼馴染の方を向いて声をかける。





テーブルに突っ伏してした幼馴染が首だけこちらに向けて目を細める。





 その言葉を聞いて、僕も目を細めて「明日が楽しみだな」と口を開いた。



 ストーカーたちは知らない。幼馴染が逃げてばかりではないことに。僕らがやられっぱなしではないことに。



 幼馴染は今日も家に戻れない。

 なぜなら、部屋の主が帰ってくればそれ以上ストーカーを泳がせることができないから。

 長い時間留守にすればするほど、ストーカーはきっとボロを出し、それだけ僕らの仕掛けたビデオや盗聴器に証拠を残してくれるだろうから。


 明日、自分の家に帰ってきた幼馴染は、ストーカーがいると気付いてから自らが仕掛けたビデオや盗聴器を調べて警察に突き出すのだろう。

 そうして幼馴染を脅かす存在は一人いなくなるのだ。またその内、第二第三のストーカーが現れるだろうが、それまでは平和に暮らすことができる。

 そんなつかの間の平和のために、僕と幼馴染が大学生活の最初行っていたバイト代で購入したビデオや盗聴器は活躍しているのだ。



 それからは何をするでもなく僕らは同じ部屋の中で過ごしていた。テレビを見て、ゲームをして、交代で風呂に入って、またゲームをして。

 そうして時間を消費していたら、十二時を過ぎたあたりで幼馴染は「おやすみ」といい眠ってしまった。

 後には僕一人だけが残される。安心したように眠る幼馴染の傍らに座り、ちゃんと眠っているか確認してから、僕は数分だけ幼馴染の平穏を祈っておいた。


 幼馴染が変な奴に好かれるのは、今に始まったことではない。

 おそらく幼馴染の顔には、そういう奴を惹きつける何かがあるのだろう。

 顔が理由だから自分たちでどうにかできるものでもないし、今更どうにかなるものでもない。だから、嘆くのではなく上手く付き合っていこうと、僕らは今日も逃げたふりをして相手を罠にはめようと画策しているのだ。



 でも、もし出来るならば、と僕はいるのかも分からない神様に願いを込める。



 ――出来るなら、ストーカーから逃げる際の避難所ではない状態で一緒にいれる未来を願って。



 それまで幼馴染がストーカーだらけの世界でもぐっすり眠れるといいなと、僕も目を閉じた。



 

 そして、幼馴染との一時的な避難所は役目を終えて朝が来る。



 冷蔵庫にあった卵を目玉焼きにして、ご飯を盛り付けてテーブルに出す。「美味しい」と幼馴染はもりもり食べていく。そんな幼馴染に「そろそろ家に帰って確認してみれば」と告げると「そうだね」と特に名残惜しそうでもない口調で返ってきた。


 窓の外では、近くに咲いているらしい桜の花びらが舞っている。


「じゃあ、またね」

 来た時と同じ荷物で、幼馴染は再び玄関口に立つ。


「次はもっといい知らせを持って来いよ」と僕は声をかける。



「でもきっと、またストーカーから逃げて助けを求めに来ちゃうんだろうな」と幼馴染は諦めたように笑ってドアを閉めた。




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